第59話 バール、戦場に立つ

「見えたッス」

「ああ、俺も確認した」


 城壁の上から迫る白色の人型魔物モンスターの群れを確認する。

 数を相当に増しているな……二万近くいそうだ。

 こいつらが何者かは結局わからないので、俺達の間では『白い者アルビノ』と呼ばれることとなった。


「多いッスねぇ」

「なんだ、逃げないのか?」

「城壁の上は安全ッスから」


 ダッカスの答えに思わず笑ってしまう。

 なんだかんだで、この男は仲間「逃げろ」というだけで自分は逃げないのだ。

 最初こそ、逃げ癖でもあるのかと思ていたが……クライスがフィニスを任せるだけのことはある。


「さぁ、俺は行く」

「もうっッスか?」

「俺の戦場は最前線よりも前よりなんだ」

「……死なないでくださいッス」


 笑みを消したダッカスが、そうこぼす。


「死ぬか。でも、やばい時は頼むぜ」

「まかせてくださいッス」


 軽く体に『狂化』を宿して、城壁から飛び降りる。

 こんな芸当も出来る程度には、【狂戦士】であることに慣れた。


 着地と同時に、俺は土煙をあげながら白い集団に向かって駆けていく。

 ぐんぐんと速度を上げ、城壁が少し小さくなったところで……俺は『白い者アルビノ』達と邂逅した。


 ダッカスの言う通り、無機物の様に均一なのに、どこか生々しさのある不気味な気配だ。


 同じ鎧を着て、同じ長さの槍を携え、同じ形の剣を佩いている。

 顔も同じ。背丈も同じ。横幅も同じ。

 表情はなく、まるでお揃いのデスマスクをつけているように見える。


 やはり、ゴレームや自動人形マネキンの類にしか見えない。


 俺の出現で歩みを止めたそれらが、俺を見ている。

 眼窩の部分には目の形しかないのに……確かに見られている。

 そして、最前列の数体が前触れもなく一斉に襲い掛かってきた。


「不気味な奴らめッ!」


 金梃とは別に持ってきた大型の戦斧バトルアックスを、思いっきり投擲する。

 襲い掛かってきた数体とその背後を巻き込んで、『白い者アルビノ』たちが吹き飛ぶ。

 はぜる血は、赤い。やはり、生物ではあるのか。


「かかって来い……ッ!」


 俺の言葉に反応したのかどうかはわからないが、一斉に『白い者アルビノ』が走りだした。

 俺に向かうものもいるが、無視してフィニスに向かうものもいる。

 足止めと蹂躙……大暴走スタンピードにしては統制が取れすぎていやしないだろうか。


「フンッ!」


 金梃を振り、拳で殴りつけ、右腕の爪で引き裂き、戦斧を拾っては投げる。

 こう数が多いと長柄の武器ポールウェポンの方がよかったかとも思うが、扱いなれた物の方が失敗がなくていい。


 乱戦の中、掴みかかる『白い者アルビノ』もいた。

 ゾワリとした感触が掴まれた場所に広がるのを感じ、すぐさま引きはがして首を捻じ切ってやった。

 なるほど……あのまま掴まれていたら、俺もこいつらの仲間入りってわけか。

 俺なら容易に引きはがすこともできるが、腕力がちょっとばかり足りない者は、やはり茸人間ファンガスと同じに引きはがしてくれるサポートが必要かもしれない。

 クライスの采配は正しかったようだ。


 戦う内に、徐々に周りの『白い者アルビノ』が減ってくる。

 そして、その中に……他の『白い者アルビノ』と違うモノ達が見えた。


「……ッ!」


 全身白いのは変わらないが、馬に乗ってやけに目立つ豪奢な姿の『白い者アルビノ』は、リードの顔をしていた。

 となりに控えるのはマーガナスの顔をしている。


「控えなさい、野蛮なるバールよ。この方こそ、世界を刷新し、永劫に統べる王──リードリオン陛下です」


 周囲の『白い者アルビノ』の動きが止まり、左右に割れる。

 馬に乗ったリード顔の『白い者アルビノ』が、俺を見下ろしている。


「リード……ッ! お前、何やってんだ!」

「バール。僕はね、王になったんだ。君のような汚れたものをこの世からなくすためにね」


 視線を俺から空へ向けて、まさに世迷い事を口にするリード顔の『白い者アルビノ』。


「何言ってんだ! お前、〝勇者〟だろうが……ッ! 世界を滅ぼしてどうすんだよ」

「滅ぼすのではないよ、バール。頭が、悪いんだね。置き換えて、塗りつぶすのさ。美しいものはそのままに、汚いものは全て除けば……世界は救われるだろう?」


 狂ってやがる。

 いや、もはや人間ですらないのだから人間性を求めるだけ無駄か。


「……陛下、この者に慈悲は必要ないかと。ここはわたしにお任せください」

「そうだな、マーガナス。ここはお前にまかせた。僕は花嫁を迎えに行くよ。未来の王妃をね」


 目だけが爛々と赤い真っ白な馬の鼻先をフィニスに向けて、悠々と歩かせ始めるリード。

 ロニのところに行くつもりか?

 こんなモノになってまだ、その執着があるのかよ……!


「させるかよッ!」


 金梃を投擲するが、壁となった『白い者アルビノ』によって阻まれる。

 その直後、背中への衝撃。


「ぐぅッ」


 振り向くと、マーガナスの周りにいくつもの<魔法の矢エネルギーボルト>が漂っている。

 さらに、周囲の『白い者アルビノ』が槍を構えて牽制を始めた。


「マーガナス……ッ! 貴様もか」

「もう以前の私ではありませんよ……バール」


 <魔法の矢エネルギーボルト>に混じって<火球ファイアボール>も織り交ぜてきやがる。


「くそがッ!」


 槍を突き出して来た『白い者アルビノ』をひっつかんでマーガナスへと投げつける。


「愚かな」


 <火球ファイアボール>が投げた『白い者アルビノ』に直撃して爆発を起こす。


「じゃあテメェは迂闊だな」


 爆風の炎に巻かれながらも、俺は全力で金梃を投擲する。

 フルスイングを手放すように、だ。

 高い風切り音と共に飛んでいったそれは、射線上にいた『白い者アルビノ』二体を吹き飛ばして、さらにマーガナスを打ちつけた。


「オボゥ……」

「その体でも、痛みがあるのかよ?」


 近寄り、血を吐き出す『白い者アルビノ』のマーガナスをぶん殴る。


「私に、私になんてことをするんです! 私は──」


 手元に引き寄せた金梃に『狂化』を込めて、それを唐竹割に振り下ろす。

 鈍い感触と共に、魔物モンスターとなり果てたマーガナスが潰れて地面に赤い花を咲かせた。


「──知ってるよ、俺の敵だろ?」

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