第58話 バール、決戦に備える

 〝鉄拳〟ガッツ……!

 『モルガン冒険社』と活動拠点を別にする冒険者結社『ファルコン』の主。

 それに加え、本殿警護と神敵のみに戦闘が許される教会守護兵団テンプルガードだと?


 どうなってるんだ。


「オレ様は手勢五百を連れてきた。これで足りるか、マヌエラ」

「足りないよ。もう三倍は連れてきな」

「急かしておいて無茶言うな。足が遅くなっちまう」

「生意気だよ!」


 〝鉄拳〟ガッツの額を煙管でつつくマヌエラ。

 その横では、教会守護兵団テンプルガードのマルファナがロニに深々と頭を下げている。


「マルファナさん!」

「ロニ様。遅れましたこと、申し訳なく」

「ううん。嬉しい」

「此度の事、神敵と承認されますのに少しお時間をいただきました。取り急ぎ伺いましたので数はそういませんが、治癒と防衛戦に慣れた者たちです。ご安心くださいませ」


 その後ろで、ちらりと目が合った。

 サングインといったか……装備からしてどこかの正式な【騎士】だろう。


「私は故あって名乗れません。敵ではないとだけ」

「いや、助けてくれるなら十分だ」

「はい。我が主の名のもとに」


 クライスが机の上に今まで並べることもなかった味方の駒をいくつも立てる。

 地図の上にそれを並べて、唸った。


「総勢で六千強。ひっくりかえせる数字だな」

「相手の強さは未知数です。ですが……少なくとも防衛基準としては達していますね」


 クライスの言葉にキャルが頷く。


「じゃあ、キャル。君は避難を開始してくれ」

「ダメです。人数が増えた分、ギルドの機能は必要です。冒険者が命を懸けるのにギルドが撤退したのでは話になりません」


 クライスに対して強硬なキャル。


「諦めろ、クライス。頑固になった女は絶対に譲ってくれんぞ」


「む」

「む」


 ロニとキャルが二人して俺をジト目で見る。

 ダブルでお説教はやめてくれよ。


「でもよ、バール」

「シンプルに行こう。全部叩いて……守りきればいい。簡単だろ?」

「違いない」


 拳を打ち合わせ、うなずき合う。

 地図に視線を戻したクライスがダッカスを見て尋ねる。


「南門の防衛陣はどうなっている?」

「完成済みっす。ドワーフさん方の手伝いで大型弩弓バリスタの準備も完了ッス」

「わかった。じゃあ、今のうちに教会守護兵団テンプルガードの皆さんを野戦診療所に案内してくれ。その間にオレは防衛作戦の計画を練り直す」


 吹っ切れた様子のクライスが活き活きと指示を飛ばし始めた。

 キャルはそんなクライスを苦笑しながらも、柔らかな視線で見ている。

 俺の知らない何かが二人をこうしたのだろう。


「バール。お前はどうする」


 指示を飛ばし続けていたクライスが、急に俺の方を向く。


「当初の予定通り、先行で打って出る。俺の能力は、ちょっとばかり……周りに迷惑だからな」


 俺の咆哮にせよ、抑えきれない殺気にせよ影響を与えるのは敵だけではない。

 理性を媒介に力を増すという特性上、フルで使えば味方にまで被害を及ぼしかねない可能性がある。


「わたしも……」

「ダメだ。ロニは、救護所に詰めていてくれ。怪我人の治癒と防衛結界の維持は、人数が多い方がいい」


 本当は避難してほしいが。

 これが〝聖女〟としての使命であれば、それはできないだろう。


「……わかった。でも、無茶しないで。絶対帰ってきて」

「俺が今までお前のところに帰ってこなかったことがあったかよ」

「なかった」

「だろ?」


 ロニの頭を撫でて軽く抱き寄せる。


「いつも通りに、叩き潰して終いだ」

「バールはいつもそれだね」


 ぐりぐりと頭を押し付けるロニをあやすように抱きかかえる。

 周囲の視線が注がれているが……許せよ。

 そして教会守護兵団テンプルガードのマルファナ、こっちをそんな目で見るな。

 お前はお父さんか何かか? 殺気が漏れてるぞ。


 キャル、お前もだ。

 そわそわしてないでクライスに抱き着けばいいだろうに。

 見てるこっちがそわそわする。


「バール、あれを使うの?」

「……使う。いざとなればな」


 腕の中のロニが俺に小さく尋ねたので、はっきりと答える。


「これが〝勇者おれ〟の戦いなら、俺のために用意されたこれの力を使って戦えってことだろう。そうでなくてはいけない理由があるはずだ」

「わかってる。でも、あれは……バールをバールじゃなくしちゃう」


 ロニの心配はわかる。

 『魔神バアル金梃バール』本来の力は、俺の人間性をトレードオフにして発揮される。

 どうしてそういう仕様になっているのかわからないが、何か理由があるんだろう。

 もしかしたら、ないかもしれないが。


 とにかく、あの力を使うのは……必要に迫られた時だけだ。


「俺じゃなくなったらロニに頼むよ。うまいことやってくれ」

「もう、バールはそればっかり」


 むくれるロニを離して、深呼吸する。


「クライス、配置図を見せてくれ」

「あいよ。覚悟、決まったかよ」

「最初からだ。んでもって、方針も最初から変わってない」


 金梃をポンポンと叩いて見せる。


「いいだろう。新配置はこうなってる」


 クライスの説明を聞きながら、『敵』が何であるか考える。


 ロニが言っていた無邪気な脅威……。

 そして、今回の急に明確となった気配。


 サリエリ湖に向かった『パルチザン』。

 どうにも、関連性を否定しきれない。


 あいつらに何かが起こったか、何かをやらかしたか、あるいは……何かをやらかそうとしているのか。

 いずれにせよ、やることは一つだ。


 ──決戦が、迫っている。

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