第57話 バール、援軍を得る

「確認してきたッス!」


 会議があってから二日後。

 ダッカスが、数人の斥候担当を連れてギルド会議室へ飛び込んできた。


「どうだった?」

「得体が知れないッス……あれが何なのか、見当もつかないッス」

「私の意見としても同じです。初めて見る魔物モンスターでした」

「同じくです。鑑定に反応しない以上、全くの新しい魔物モンスターかと思います」


 ダッカスに随伴していた学者と司祭が、クライスの質問に困った顔で答える。

 【学者】の『叡智鑑定』でも、【司祭】の『神眼鑑定』でも鑑定できないとなると、相当にハイランクで抵抗力の高い生物ということになるか。


「見た目と数は? 対処はわかりそうか?」


 ダッカスが羊皮紙を机に広げる。

 詳細な絵とメモが随所に書き込まれている。

 王都で見た『写真』と遜色ない出来栄えだ……ダッカスは【絵師】としてもやっていけそうだな。


 絵には人型の何者かが描かれている。

 どれも均一、均等な様子でまるで軍隊の更新の様に整列している。


「全身白いッス。陶器みたいな光沢があって……そうッスね、ダンジョンでたまに稼働してるマネキンやゴーレムみたいな印象を受けたッス」

「それとは違うのか?」

「動きが滑らかすぎるッス。生物に染料を塗りたくったっていう方がまだ現実味がある感じッスね」


 ダッカスが、報告書を指さす。


「数はざっと確認したところで八千くらいッス。それが一定速度でフィニスに向かって進行してるっス」

「八千……ッ!」

「んで、多分もっと増えるッス」


 ダッカスの言葉に、一同息を飲む。


「どういうことだ?」

「他の生き物を、眷属に変えてるッス。この辺にいた魔物モンスター、急に見なくなったッスよね」


 確かに、ロニが危機を感知してから周辺にいた魔物モンスターの姿をほとんど見なくなった。

 大暴走スタンピードの前触れかと思ったが……。


「この魔物モンスターにずっと触れられると、この魔物モンスターになるみたいッス」

「アンデッドじゃないのか?」


 ダッカスが俺に首を振る。


突撃羊チャージシープが生きたまま変質するのをこの目で見たッス。でろッとなって……それがコレになる感じッス」

「捕まればアウトか。各員、マスク以外は茸人間ファンガスと同様の対応でいこう」


 茸人間ファンガスは人間に寄生する菌類の魔物モンスターだ。

 これは人から人へ伝染うつる。

 ある村ではこの茸人間ファンガスにやられて、住民が丸ごと苗床になっていたなんてことがあるくらいだ。

 対処は、胞子を防ぐマスクと、直接肌に触れさせないこと。それと接触された際にサポートする人員を配置すること。

 多少触れられても、すぐに引きはがせば侵蝕を防げる。

 いざ侵蝕が始まったら手足を切り落としたり……最悪、新たな茸人間ファンガスの発生を抑制するために首を落とす。


 そのためのサポート人員だ。


「猶予はどのくらいありそうだ?」

「あと一日……明日の昼までにフィニスに接敵ってところッスね。逃げるなら今ッス」


 ダッカスが地図の一点を指す。

 タントニー集落から少し先といったところか。


「くそ、思ったより早いな。……今回は逃げてもいいぞ、ダッカス」

「逃げ足は速い方なんで、ギリギリまでいるッスよ」


 飄々としたダッカスが、ニカッと笑う。

 毎度毎度、「逃げるッス」と言いつつも、逃げずに踏ん張るのだこの男は。

 状況が悪くなって、冒険者が次々と去っていったフィニスに留まっているくらい、ダッカスは逃げない。


「〝勇者〟どもは全滅したのか?」

「不明ッス。というか、あの白い集団の材料になってる可能性のが高いッスね」

「あいつらめ、最後まで役に立たない……!」


 クライスが歯噛みするが、あいつらを気にかけている余裕はない。


「住民の避難は?」

「朝に第一陣が出発しました。全てがフィニスを出るまで一日はかかります」


 キャルが書類をめくりながら答える。

 この様子だと、結局彼女は最後まで居残るつもりのようだ。


「間に合わないか……!」

「予定通り南門前で迎え撃てばいい。魔物を中に入れなければ脱出の時間は稼げる」

魔物モンスター八千に対してオレらは三百だ。負け戦になる」


 だろうな。

 撤退戦に切り替えようにも、殿がいなくては追いつかれるだろう。


「おいおい、辛気くせぇツラしてんな」


 沈黙の会議室に、見慣れた男が入ってきた。


「ヴィジル!」

「おうよ、おれだ。援軍を連れてきたぜ。王都から騎士を千。冒険者を千。ついでに元Aランクの籠城戦エキスパートもな」


 見ると、ヴィジルの後ろではモルクがいつもの笑顔でこちらを見ている。


「いいタイミングだ。よくやったヴィジル坊や」

「姐さん、うちの親父を強請るのはこれっきりにしてくださいよ」

「ハンッ! 一度でもアタシを抱いておいてタダで済むわけないだろう? アタシの扱う商品で一番高いのはアタシさ。まだツケが残ってるって伝えておきな」


 ヴィジルに煙草の煙を吹きかけてマヌエラがにやりと笑う。


「失礼する」


 続いてまたも誰かが会議室に現れた。

 今度は知らない顔が三人だ。


 頭が禿げ上がった強面の大男と、ロニの司祭服に似たサーコートを纏った髭面、そして見目麗しい騎士。


「武装商人同盟の盟約により参上した。『ファルコン』のガッツだ」

教会守護兵団テンプルガードのマルファナと申す。サルヴァン師の特命により参った」

「【騎士】サングインです。さる方の名代として千騎と共に参りました」


 それぞれが、名乗り……俺達を見やった。

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