第56話 バール、作戦会議に出る

「……来た……!」


 リードたちがフィニスを発ってから三日後の夜。

 そろそろ床に就こうかというそのとき、ヤギのホットミルクを飲んでいたロニが窓を見やった。


「どうした?」

「今度は、はっきり感じる……! バール、どうしよう。が来ちゃう」

「落ち着け、ロニ」


 震えるロニの肩を抱いて、頭を撫でる。


「よし、まずはクライスとキャルに知らせよう」


 二人は俺達の事情を知っているし、現状この街にいる組織のトップにいる。

 どう対応するか協議するにしても、まずは二人に話をしなくてはならない。

 それでもって、マヌエラだ。現在残る商人の全てを統括する彼女にも意見を聞かねばならないだろう。


「説明、できるか?」

「完全には無理、かも」


 ロニと共に『モルガン冒険社』の拠点を駆けて、クライスの部屋を叩く。

 すでに寝ていたのか、しばしして上物を軽く羽織っただけのクライスが顔を出した。


「どうした。血相を変えて……いや、そう言う事態か」


 ロニの顔を見たクライスが、そばにあった小型の鐘を振り鳴らした。

 緊急事態を知らせる鐘だ。

 その音に、すぐさま近くの部屋からダッカスが飛び出してくる。


「ダッカス、各パーティのリーダーをギルドの会議室に集めさせろ」

「はいッス」


 疑問もはさむことなく、ダッカスが鐘を振りながら駆けて行く。


「しまった、キャルがどこの宿に居るか教えてもらってなかった」

「問題ない。先に冒険者ギルドへ行ってくれ」

「そうなのか?」

「ああ、から任せてくれ」


 まあ、クライスはキャルとの連携も密接だったし宿くらい知っているのだろう。


「わかった。まだ残っているかわからないが、商業ギルドに寄ってから向かうよ。マヌエラにも意見を聞かないとな」

「そうだな。オレもすぐに向かう。冒険者ギルドで落ち合おう」


 クライスに頷いて、すでに日の落ちたフィニスの街を馬で駆ける。

 幸い、仕事熱心な商業ギルドからはまだ灯りが漏れていたし、近づけば指示を飛ばすマヌエラのよく通る声が外まで響いていた。


「マヌエラ! 緊急事態になりそうだ」

「バール。どうしたんだい?」

「ロニが『淘汰』を感知した。じきに大きな危機がくる」

「何が来るっていうんだい?」

「……わからん」


 その具体的な内容がわからないので気をつけようもないし、対策も出来ない。

 それでも、備えねばならないのが俺達だ。


「けったいな話だけど、その目は本気だね……。そこの! あたしは出る。後を任せた」


 声を掛けた商会員が、威勢のいい返事をしたのを確認したマヌエラが、俺達を顎でしゃくる。

 それに頷いて再び馬に乗った俺達は、冒険者ギルドへと急いだ。

 そろそろ、『モルガン冒険社』もキャルもギルドに到着している頃合いだろう。


 冒険者ギルドの一階には、物々しい雰囲気にやや緊張した冒険者たち。

 こんな状況にあっても、まだフィニスで踏ん張ってくれている。

 彼らの為にも早いところ、状況確認と方針の決定が必要だ。


「来たか」

「ああ、待たせた」


 ギルドの大会議室は『モルガン冒険社』とフィニスで活動する主だったパーティのリーダーたち、そして街の警邏部隊の隊長が一堂に会していた。


大暴走スタンピードがくる」


 そう俺は切り出した。


「それは本当か?」

「なぜわかる?」

「Aランクは片付いたんじゃなかったのか」

「〝勇者〟が止めに行ったんだろ?」


 事情を知らない者が、一斉に声を上げる。

 それはそうだろう。予想がつかないから大暴走スタンピードは恐れられているのだ。


「俺のバディが、教主様から特殊な魔法を教わっていてな。その感知に引っかかった」


 ……ということにしておく。

 俺達の素性を広く知らせるわけにはいかないし、ここで素性を明かしたところで混乱を招くだけだ。

 サルヴァン師の名前を使ったが……ま、怒られやしないだろう。


「よくない者がくる。わたし達は選択しなくちゃいけない。戦うか、逃げるか」


 ロニの言葉に、息を飲む面々。

 昔からだが、こう言う時……ロニの言葉は疑念を持たせない。

 きっと、すでに〝聖女〟としての資質がそうさせるのだろう。


「俺は居残りだ。諸事情あって、それと絶対にやりあうことになってる」

「オレらは国の直契だ。フィニスを守らにゃならん。……が、命あっての物種だ。今すぐ逃げたい奴は『モルガン冒険社』を辞めて逃げてもいいぞ。あ、『アルバトロス』はダメだぞ。死ぬまでオレに付き合え」


 クライスの言葉に、小さな苦笑が漏れる。


「何が起こるかわからねぇし、死ぬ可能性だって高い。無理強いもしない。キャル、ギルドはどうする」


 俺の問いかけにキャルが咳ばらいを一つする。


「職員全員を現時点をもって緊急避難対象となり、住民と共に、準備されたリスク・マップに従って隣領を目指します」

「それに関しちゃ商会員も同じ指示を飛ばしておいたよ。あるだけの馬車を準備したから女子供と年寄りは馬車に乗せな」


 遅れて入ってきたマヌエラが、煙管をふかす。

 それに頷いて、キャルが部屋を見渡す。


「ここで脱出する冒険者の皆さんは、警邏部隊と連携して避難住民の警護に当たっていただきたいです。私の権限で緊急クエストを発令するので申し出てください」


 迷った様子のどよめきが会議室に広がる。

 それはそうだろう。

 だが、迷う時間があるというのはまだ幸運だ。普通、大暴走スタンピードってのはいきなり来るからな。


「決断は早めに頼む」

「アレは、南……サリエリ湖からくる。おそらく一週間は待たないと思う」


 ロニの言葉が、どよめいていた会議室に静寂をもたらす。


「アタシは残るよ。備蓄がなくっちゃお前たちが腹を空かせるからね」

「私も残ります。ギルドをギリギリまで機能させます」

「キャル、ダメだ」


 口から漏れだそうとした俺の言葉を、誰かが奪う。

 誰かと思えば、普段見せない情けない表情をしたクライス・モルガンがそこにいた。

 余裕が消えてやがる。


「……はい、それでは解散。避難住民の事もあります、各パーティは明日中にギルドへ方向性を知らせに来てください。警邏の皆さんは住民への周知をお願いします」


 クライスの言葉を困った笑顔でスルーしたキャルが、会議を静かに締めた。

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