第55話 リード、願う
※リード視点です
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
結局、フィニスに来てから大して活躍も出来ないままだ。
〝勇者〟となったからには、もっと華々しい功績をあげてもっと名誉と栄光を集めるべきなのに。
マーガナス曰く、建国王は元〝勇者〟であったらしい。
そしてその〝勇者〟は、国を亡ぼした
つまり、そういった大きな功績があれば、名誉爵などという一代限りのとってつけたような貴族ではなく……そう、王にすらなれるはずだ。
そして、僕が〝勇者〟になったタイミングで起こった今回の
間違いない。
天は僕を新たな英雄として求めている。
これは運命だ。
……だというのに、『モルガン冒険社』についてきたらしいバールが、またしても僕の邪魔をした。
どんなインチキを使ったか知らないが、初代王の功績となった
ふん、馬鹿々々しいことだ。
僕が佩く聖剣なしに魔王が討てるものか。
でっち上げに違いない。
「リード、何か問題でも?」
僕がいら立っていることに気が付いたらしいマーガナスが声をかけてくる。
「地味すぎる。何だ? 調査って……こんなもの、冒険者どもにやらせておけばいいじゃないか」
「騎士にまで被害を出して
なるほどな。
サリエリ湖か……前に言った時はなんの変哲もない湖だったはずだが。
「なあ、マーガナス。ロニの件はどうなっている」
「現在、手を回していますよ。〝聖女〟でないというなら逆に何とでもできます。孤児出身のただの冒険者であれば、多少強引に連れてくることも出来ますし……またバールを使って説得したっていいでしょう」
そうだ、バールだ。
どんな手を使ったか知らないが、ロニはバールに騙されている。
いっそのこと、バールを捕縛拘束して、僕とロニの営みを見せつけよう。
あの恥知らずの田舎者に、僕とロニがいかほどに深く結ばれているか思い知らせれば、自分がロニに愛されているなんて勘違いはやめるに違いない。
そして、ロニだって僕がきちんと説得して愛してあげれば、正気に戻るはずだ。
それが、正常なことなのだから。
「そういえば、リード。ロニ・マーニーの事はともかく、オターリア嬢とはどうなのですか」
「あの女の話はやめてくれ。〝聖女〟だというだけで恋人面をされては迷惑だ」
オターリアは〝聖女〟となったメルビン伯爵令嬢の事だ。
【司祭】とはいえ、温室育ちで戦闘など務まるはずもなく、一応『パルチザン』のメンバーとして登録してあるものの、この遠征には連れてきていない。
おかげで少し気が楽ではある。
「またそのようなことを。歴代の〝勇者〟は〝聖女〟を娶っています。慣習に従うのも、また重要なことですよ」
「マーガナス、さすがにアレはない。僕の伴侶はロニただ一人だ」
僕の言葉に、大げさにため息をつくマーガナス。
「それよりも、そろそろか?」
「その様ですね……」
フィニスを発ってから三日。
ようやく目的地に到着だ。
馬車の中から見る景色も見慣れたもので些か飽きてきたし、調査とやらは少しばかり真面目にやろう。
「日が落ちるぞ! 完全に夜になる前に野営の準備を! 調査チームはこちらに整列!」
新しく『パルチザン』に加入した【騎士】が素早く指示を飛ばす。
堅苦しい奴だが、こういうのを任せるにはちょうどいい。
「コラック、周辺哨戒と初期調査の段取りは任せた」
「了解しました」
【騎士】コラックに声をかけ、マーガナスと共に湖に近づく。
波打ち際には、生き物の影もなく確かに妙な雰囲気だ。
ふと空を見上げたその時、一陣の風が吹き抜けていき……世界が変わった。
「……!」
「どうしました? リード」
「お前には見えないのか? マーガナス」
まだ出ていないはずの月が、水面に映っている。
血の様に紅い月が、僕を呼んでいる……!
瞬間、湖面の紅い月だけが揺らめいて、すべてが灰色に停止した。
隣にいるマーガナスも何かを口にしようとした体勢のまま固まっている。
『リードリオン……』
「誰だ……!?」
『私はズヴェン。聖剣に封じられしもの』
聖剣の精霊のようなものか?
高度な
聖剣ならばあり得ることだ。
「その聖剣の精霊が、何故こんな所にいる!」
『あなたが私を解放してくれたから……』
……どういう意味だ。
『あなたが偽りの聖剣を破壊してくれたから……私は私を取り戻した。私は全てを思い出し、私の躰があるここへ……来たのです』
揺らめく赤い月が湖面からゆっくりと浮かび上がる。
紅い輝きを放つ、水晶玉のような物。
『私はズヴェン。彼方より訪れ、祈りを聞く者。万人の願いを叶える者』
ふわりと、それが鼻先にまで浮遊してくる。
紅い球体に歪んで映る僕の姿。
『さぁ、リードリオン。あなたの願いは?』
「僕は……」
脳裏にちらつくのは、あの日、王都で見たロニとバールの姿。
ロニの隣にいるのは、僕じゃないとダメなのに。
あんなの、間違ってる。
『その少女が、望みですか?』
「ロニは僕のものだ! バールなどが触れていい女ではない!」
『では、その男の死が望みですか?』
「全部だ! 全部だよ! ズヴェン。この世界は何もかも間違っている」
そうだ、僕は〝勇者〟だぞ?
王になるべき器だ……!
それなのに、クライス・モルガンは僕の指示に従わない!
フィニスの住民だもだってそうだ。何が「物資がない」だ。それを準備して〝
そして、バールだ……!
僕の手柄を横取りして、ロニをこれ見よがしに侍らせやがって!
その女は、太陽の娘は……王たる僕にこそふさわしいのに!
『王に、なりたいのですね?』
「……」
そうだ。王になろう。
そうすれば、全て思い通りに行く。
顎一つ動かしてバールを処刑し、不敬な冒険者どもを跪かせ、ロニを抱く。
そうとも、それが正しい。
この間違った世界を、正しくする─……王となるのだ。
『承りました、リードリオン。あなたの願いを……叶えましょう』
ズヴェンから放たれる真紅の光が、一帯を飲み込む。
その光は僕に徐々に吸い込まれて行って、僕の何もかもを作り変えていく。
そうだ、この僕こそが……。
──新世界の王だ。
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