第54話 バール、トラブる

 青翼竜ブルードレイクを討伐した帰り、俺達を待っていたのはまたしても横暴を働く〝勇者〟リードだった。


「あるだろう? 出したまえ」

「これは『モルガン冒険社』様との直契のお荷物ですので……」

「商人風情が僕たちに逆らういのか!?」


 そんな声が冒険者ギルド前に到着した俺たちの耳に入ってきたのだ。

 イラりときて出ようとする俺を片手で押し留め、クライスが馬車から出ていく。

 しかたない、しばらくは様子を見よう。


「どうした?」

「モルガン様! あの、リードリオン様がそちらに納品予定のお荷物を提供しろとおっしゃられまして……」

「……こんな時にすまんな。いつものところに置いておいてくれ。後で取りに行かせる」


 クライスが納品書にさらさらとサインして、商人に渡す。


「は、はい。失礼します」


 納品書を受け取った商人は、小走りで荷物が満載された馬車を引いて拠点方向へ走っていった。


「どういうことだ、リードリオン」

「様をつけろよ、クライス・モルガン。民衆が〝勇者〟たる僕等を支援しないのは罪だろう?」

「契約通りに仕事をこなす商人に何の罪があるというんだ……」


 馬車の中にまで、クライスのため息が聞こえてくる。

 その内、心労で倒れるんじゃないだろうか。


「このフィニスの危機にわざわざ駆け付けた私達に、何の支援もないというのは些か問題でしょう?」

「住民が転居避難している都市に補給線も張らずに来るなんて本当に【賢者】なのか? 賢さはどこへやった? 【賢者】マーガナス・ゲオルジュ」

「それは……っ」


 数々の魔法を使いこなすのはきっと賢いんだろう。

 勉強もたくさんしたはずだ。

 ただ、こいつは世間を知らないぼんぼんだ。

 自分たちの生活を誰が支えているかなんて考えもしないし、待っていれば自動でそれが目の前に準備されると思っている節すらある。


「その補給線を維持するのが、お前らであり、民衆どもだろう! 僕は〝勇者〟だぞ? その僕に対して準備できない、あまつさえ冒険者風情と契約があるから渡せないなどと……王命に逆らっているも同じだぞ!」

「お前は王ではないだろ」

「黙れ!」


 何人かが剣を抜いた音が聞こえたので、馬車から飛び出す。


「クライス!」


 金梃はまだ抜かずに、クライスの前に陣取る。


「バール、またお前か!」


 こっちの台詞だ、くそリードめ。


「抜いたヤツ、剣を収めろや。今ならシャレで許してやるぞ」

「なにを……!」


 剣を抜いた騎士らしい男たちが数人、俺たちを取り囲む。


「バール、あなたもいい加減にしてくれますか。いつまでも私達の周りをうろちょろして……『パルチザン』に未練があるのは同情しますが、邪魔をするのはやめなさい」

「なんだ、マーナガス。もう一回血反吐を撒き散らしたいのか?」

「……っ」


 蒼くなった顔で一歩後退るマーガナス。

 そこで前に出られないところがお前の器だよ。日和見主義者の根性なしめ。


「ゲオルジュ様になんてことを!」


 一人斬りかかってきたので、左腕を振って盾撃シールドバッシュよろしく裏拳を振り抜く。

 高い音を立てて剣が折れて、そいつの鼻も折れた。


「おいおい、殺し合いか? クライス、コイツ斬りかかってきたぞ?」

「ああ、斬りかかってきたな。これは身を守らないと、いけねぇな……」


 俺達の殺気に反応して、ついさきほどまでおとなしくしていた『モルガン冒険社』のメンバーが馬車から降りてくる。

 誰もが青翼竜ブルードレイクを相手に出来る歴戦の冒険者だ。

 こうも並ぶと圧が違う。


「バール、怪我は?」

「大丈夫だ、頑丈な方で弾いたからな」


 あの程度の長剣ならどこに当たっていても折れたかもしれないが。


「ロニ……! ロニも来てたんだね!」

「当たり前でしょ。バールのバディなんだから」

「……ッ!」


 ロニのはっきりした物言いに、リードが少し息を飲む。


「さぁ、どうすんだ」

「こ、こんなところで言い争いをしている余裕はないはずです」

「喧嘩売ってるのはお前らだろ。ここでオレらとやりあうのかよ、『パルチザン』。いいよな……冒険者らしいじゃねぇか、ギルド前でガチるなんてよ。ここのところ社長が板につきすぎて忘れてたぜ」


 軽い笑いに包まれる中、クライスが丸刃斧タバールを抜いて、くるりと回す。


「ま、待ちなさい……!」

「斬りかかっといて、今更だろ?」


 俺も金梃を引き抜く。


「ストォーーップです!」


 いよいよ始まろうかという時に、ギルドからキャルが飛び出して来た。


「もう、何してるんですかクライスさん。報告待ちなんですよ。帰ってきたならすぐに報告にくる!」

「え、あ、ああ」


 くるりとこちらを向いて、眉を吊り上げるキャル。

 

「バールさんとロニさんにはまだ頼むお仕事が残ってます。油を売っていないで会議室へ来てください」

「お、おう」


 仁王立ちしたキャルがぐるりと見渡す。


「ギルド長のブルドアが消えました。多分ここを捨てたんでしょう」

「なんだって?」


 おとなしくしていると思ったら……あの野郎。


「ここからはギルド公認調査官の私が、代理でギルドの指揮を執ります。『パルチザン』と騎士隊の皆さんはサリエリ湖の調査クエストです」

「何を勝手に……!」


 リードが憤った声を上げるが、すぐにキャルに気圧される。


「現在一番重要な案件です。〝勇者〟リードさん一行に国選依頼ミッションという形で発令します。この危機の中核があそこにあるはずですから、調査して可能なら解決してください」


 なるほど、ギルド公認調査官な上、ギルド長代理であれば緊急性から国選依頼ミッションも発令できるか。


「いいでしょう。国選依頼ミッションであれば〝勇者〟に相応しい」

「マーガナス、勝手に話を進めるな」


 がなるリードを手で制して、こちらを向くマーガナス。


「ですが、物資と人員が足りません。特に回復手が足りないので『モルガン冒険社』よりの人員融通を提案します。特にロニ・マーニー、あなたは『パルチザン』メンバーのはずです。同行してくれま──……」


 にやりと笑うマーガナスに金梃を振りかぶる。

 俺が投擲した金梃は、若干マーガナスをかすめてギルドの壁に突き刺さった。


「悪い、手が滑っちまった。で? なんだって?」


 独りでに回転しながら俺の手元に戻ってくる金梃を受け止めて、マーガナスを見る。

 足を震わせて目を見開いたマーガナスから、返答はない。


「次は殺すぞ」


 本気だと告げるために、金梃から殺気を撒き散らす。


「いくぞ、ロニ。キャルが待ってる」

「うん」


 ロニの手を引いて、冒険者ギルドへ入る。

 後ろからリードが何かを言ってる声が聞こえたが、聞こえないふりをしておいた。

 俺達の後にクライスも続き、会議室へと向かう。


「それでキャル、仕事って?」

「私とお茶を飲むことですよ。あんまり軽々しく殺さないでください。あんな人達でも人員を減らすと、皆さんの仕事が増えてしまいますからね」


 やれやれ、キャルの方が、俺たちより一枚上手だったらしい。

 おとなしくお茶に呼ばれるとしよう。

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