第52話 バール、胃が痛む

 翌日、同じベッドで相当ゆっくりと起きた俺とロニは、昼前になって冒険者ギルドへと向かった。

 クライスに今後の方針を確認するためだ。


「……バールさん、ロニさん」

「キャル?」


 冒険者ギルドに入ろうとしたところで、隠れていたらしいキャルに呼び止められた。


「いま、行かない方がいいですよ」

「そうなのか?」

「リードさん達が来てます」


 もう昼前だぞ?

 まだ青翼竜ブルードレイクの討伐に出ていないのか?

 そう考えていると、当のリードがマーガナスを伴って冒険者ギルドから出てきた。


「話にならない」


 という言葉が聞こえてきたが……。

 まあ、いなくなったなら好都合。

 姿が見えなくなるのを三人で物陰から確認し、冒険者ギルドへ入った。


「どうした、クライス」

「どうしたもこうしたもねぇよ」


 頭を抱えたクライスが、事の次第を話し始める。

 曰く、ギルドで『モルガン冒険社』の社員に仕事を割り振っていたところに、リードが現れて、「青翼竜ブルードレイクの討伐を手伝わせてやろう」と言って来たというのだ。


「頭がおかしいのか、あいつは?」


 おかしいんだ、多分。

 自分で横やりを入れておきながら、『モルガン冒険社』に上からの救援要請など、常人なら恥ずかしくできやしない。

 さすが〝勇者〟さまは豪胆だ。


「連携がうまくいかない、と断ったら王命がどうの勅旨がどうのと、難しい言葉を覚えたガキみたいな事を言い出したよ」

「権力に飲まれてやがる。完全に自分が正しいと思ってるな……」


 リードにはそういうところがある。

 思い込みの激しさからくる狭量な正義。

 そして、その狭量な正義を、誰もが当然になすべきだと思っている。


 俺が『パルチザン』いたころは、トラブルになった場合「【パラディン】の特性なので……」で乗り切っていたが〝勇者〟にもなれば悪化するのは当たり前だ。


「こっちも社員の命を預かる身だ。できねぇと断ったが後方支援をよこせだの、何だのうるさくてかなわん」

「放っておくしかないな。それより、今日の仕事をこなそう。どうする?」

「そうだな……時間も時間だ、奪還したタントミー集落周辺の調査を頼む」

「了解した。あと適当に二人で回れそうなものをチョイスしてくれ」


 クライスがすでに準備していたらしい依頼書の束を俺に差し出す。


「周辺の、目についた、いけそうなヤツを、手あたり次第……だ」


 疲れた様子で、クライスがうなだれる。


「……はいよ。じゃあ、いくか」

「うん。食べられそうなのがいるといいね」


 フィニスは、現状食糧がつきかけている。

 小麦や野菜などはマヌエラが最低限の流通を確保してくれているが、肉は魔物か動物の肉を取ってきた方が早くて新鮮だ。


「よし、今日も張り切っていこう」



 *  *  *



 夕方前、タントニー集落とその周辺をざっと見て回った俺達は、日がまだあるうちにフィニスの門をくぐり、冒険者ギルドへ向かった。


「どうした、社長さんよ」

「厄介なことになってな」


 朝から会議室に籠っていたらしいクライスが、朝以上に難しい顔で頭を抱えている。

 それだけでリードが何かやらかしたとわかるのが、胃の痛いところだ。


「奴さん、半壊して戻ってきやがった」

「半……壊?」


 三百人の騎士を引き連れて?

 青翼竜ブルードレイク二体と言えば、確かに手強い。

 しかし、Aランクのパーティが注意深く準備して挑めば、イレギュラーでもない限りそう大きな被害は出ないはず。

 なんだって半壊なんてことになる。


「しかも、だ。仕留めたのは雌の青翼竜ブルードレイクのみなんだ」

「……まずいな」

「ああ、青翼竜ブルードレイクは報復する魔物モンスターだ。ここまでくるかもしれない。早急な討伐が必要だ」


 溜息しか出ない。

 同様に大きなため息をついたクライスがこちらをちらりと見る。


「ロニちゃん慰めて」


 ぶっ殺すぞ、クライス・モルガン。


「ごめんね、わたしバールのだから。キャルに頼む?」

「キャルちゃんでもいい」

「でもとはなんですか、でも、とは」


 湯気のあがるお茶とクッキーが山盛りになった皿を持ったキャルが、いつの間にか会議室の入り口に立っていた。

 この状況下では、甘味は貴重だ。


「クライスさん、差し入れですよ。お二人もどうぞ」

「いただきます」


 うわばみのくせに甘いものも好きなロニが、最初の一つをつまみ上げる。


「連中、失敗したのは『モルガン冒険社オレら』のせいだと言い出した。リードはともかく、【賢者】も賢そうなのはジョブだけと見える」

「キャル、いま青翼竜ブルードレイクの依頼はどうなっている。俺たちで受注可能なのか?」


 優秀なキャルが、一枚の羊皮紙を俺に差し出す。


「すでに失敗扱いになっていたものを私が回収して再依頼の形で出しています。ギルド公認調査官からの直契扱いなので今度は横やりを入れさせませんよ」

「キャル様!」


 疲れでテンションがおかしくなったらしいクライスがキャルに抱き着く。


「クライス社長、セクハラで逮捕しますよ」

「すみませんでした」


 謝罪して離れたクライスがクッキーをつまむ。


「甘味が効く……。よし、キャルちゃん、明日もこれを頼むよ」

「明日もですか?」

「ああ、ピクニックに行くからバスケットに詰めてくれ」


 そう言ってクライスが青翼竜ブルードレイクの討伐依頼書にサインをした。

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