第51話 バール、告げる

「ん、様子が変ッスね」


 夕焼けが赤く照らすフィニスは少し騒がしかった。

 魔物モンスターの侵入を許しでもしたのだろうか?


「どうしたんスか?」

「勇者リードが来てくれたんだよ! これでフィニスも安心だ」


 ダッカスの軽い質問に、道行く者の一人が興奮した様子で答えてくれる。

 なるほど。〝勇者〟が到着したか。


「どうするッスか、バールさん。おれ達は社長に報告があるんでギルドに行くッスけど」

「俺とロニはここで降りて拠点に戻るとするわ。悪いけど、『冒険者信用度スコア』の加算申請だけキャルに頼んでおいてくれ」


 まだ体の奥では『狂化』の火がちろちろと燃えている。

 せっかく到着した勇者をうっかり即日墓場に送ってしまったりすると、歓迎ムードの住民の顰蹙ひんしゅくを買うかもしれないしな。


「了解ッス。今回の事、社長には?」

「俺から後で説明すると伝えてくれ。ギルドじゃ誰に聞かれるかわからない」

「ッス」


 短い返事のダッカスに軽く手を振って、走行中の馬車からロニを抱えて飛び降りる。


「さて、どうなるかね」

「考えるのは後にしよ?」

「そうだな。さあ、帰ろう帰ろう」


 徐々に夕闇が迫るフィニスを歩いていると、『夜のとばり』に飲まれた時のことを思い出す。

 魔王たる死者の王リッチ相手に、よくもまあ考えなしに殴ったものだといまさらながらに自嘲する。

 本来なら死者の王リッチとわかった時点で撤退するべきだった。

 ロニのためとはいえ、完全に作戦ミスだ。


「どうしたの?」

「反省してるんだ」

「え、バールが……?」


 その反応は些かひどくないだろうか。

 俺だって、反省もすれば落ち込みもする。


「あ、でも……帰ったらちょっとお説教だからね」

「ぐぬ」

「ダメって言ったのに、またあの力を使ったでしょ」


 すでにお説教モードになりかけているロニにくどくどと責められながら、『モルガン冒険社』の拠点を目指す。

 このお説教も、ロニが俺を心配してのことだと思えば甘んじて受けよう。

 死者の王リッチ相手に仕掛けて、五体満足で二人とも生きて帰れた。

 それが一番大きな成果だ。


「もう、聞いてるの? バール」

「聞いてるよ。ロニの声を聞いてる」

「もう、声じゃなくて話を聞いてよね……」


 むくれるロニをひょいと抱え上げる。


「ひゃぅ」

「もっと声を聞かせてくれ。ほら、説教していいぞ」

「ちょっと、バール恥ずかしい。まだ外だよ?」


 ロニの体温を感じながら、俺は少し歩調を早める。


「……だから部屋に急いでるんだよ」



 *  *  *



「どうだ?」


 深夜、ようやく帰ってきたクライスを拠点のリビングエリアで出迎える。

 盃に果実酒を注いで差し出すと、それを受け取ったクライスはどすりとソファに腰を下ろして、一気に杯をあおる。


「……めちゃくちゃだな、あいつら」


 でかいため息をついてから、俺をちらりと見るクライス。


「昔からだ。コントロールできそうか?」

「無理だな。直契を盾にしてオレらはオレらでやるしかない。連携はとてもじゃないが無理そうだ」


 お疲れ社長が机に依頼書の束をどさりと広げる。

 主にCランクからDランクの討伐依頼だ。


「ここからは〝勇者〟の仕事だから一般冒険者どもは雑魚退治をしてろとさ」

「あいつとて冒険者だろうに。ま、下手に邪魔されないだけマシか」

「前向きだな」


 俺の言葉に苦笑して、クライスが盃を差し出す。

 それに果実酒を注ぎながら、俺は「最初からアテにしちゃいない」と答えた。


「それで、騎士どもはどのくらい来たんだ?」

「ゲオルジュ子飼いの騎士どもが三百ってところだ。単純計算すれば対応人数は約二倍……」


 クライスが飲み込んだ言葉が、俺にはわかる。

 人数は倍になったが、騎士と冒険者は違う。

 特に貴族子飼いの騎士が、野生の魔物モンスターにどれほど対応できるかと考えれば、気分も暗くなるというものだ。


「クエストの消化状況は?」

丘巨人ヒルジャイアントは片付いたと連絡があった。んで、一番厄介な骸骨王スケルトンキングはお前が片付けてくれた。残りの青翼竜ブルードレイクはリードリオンの奴が来たんで出発できなかった。こっちも早急だな」

「前向きに考えよう。出来ることから手をつけるのは仕事の基本だ」


 何枚かの依頼書をつまみ上げる。


「オレより社長に向いてるんじゃないか、バール」

「馬鹿抜かせ」

「そういやロニちゃんは?」


 この酒の席にロニがいないのを不思議に思ったのだろう。

 〝聖女〟になっても相変わらずの生臭だからな。


「そうか……。ほどほどにな。それで? 何か話があるって聞いたんだが」

「あー……俺の素性について?」


 俺の煮え切らない言葉に、クライスが怪訝な顔をする。


「お前の素性?」

「ああ。サルヴァン師や国王が俺に手紙を送ってくる理由ってやつだ」

「不審には思ってるが、別に無理して吐かなくていいぞ?」


 クライスという男は、つくづく冒険者でリーダーだ。

 冒険者の素性など気にし始めたらきりがないし、誰しも秘しておきたいことの一つや二つある。

 それを理解しているからこそ、こんな言葉が出るのだろう。


「実は俺……〝勇者〟らしいんだ」

「へー、そりゃ……っはぁ!?」


 冷静沈着な男が、酒を吹きだしながら目を丸くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る