第50話 バール、ぶっこ抜く

 『魔神バアル金梃バール』から放たれた凶暴な死の波動が、死者の王リッチを捉える。

 かつて硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームを屠ったときのような、鼓動も血流も熱も感じない。

 だが、俺は『楔』を感じ取ることができた。


 この世ならざる死の存在、不死者……その王たる死者の王リッチがここに存在を証明するための楔だ。

 言うなれば、命。

 死したモノの命とは……などと哲学的で難しいことを考えるつもりはない。


 やることは一つだ。


「──ぶっこ抜くッ!」


 死者の王リッチとなって、深々とこの世界に刺さった楔を、“てこの原理”で強引に引き抜く。


「ふんッ!」

「…… ……! ──……」


 表情のないしゃれこうべが声ならぬ声を上げ、音もなく崩れ去っていく。

 まるで最初から存在しなかったかのように。

 そして、それは周囲の骸骨スケルトン達も同じだ。


 すべて崩れてチリになり、風に舞って消えた。

 それと同時に空が晴れた。


「ふぅー……」


 ゆっくりと大きく息を吐きだし、自分を取り戻していく。

 やはりあの能力を使おうと思えば、自分の多くを『魔神バアル金梃バール』に委ねばならない。

 あのバカげた凶悪な能力は『魔神バアル金梃バール』が内包する力で、それを使うためには『装置としての俺』となる必要があるのだろう。


 ちりちりと身体の奥底で残り火のようにちらつく『狂化』の残渣を抑え込みながら、俺はその場に倒れ込む。青空が目に痛い。

 今回は暴走しなかった……及第点だな。

 しかし、ひどく疲れた。


 帰ってロニを抱きたい。

 きっとその前に説教だろうけど……。


 ──とりあえずは、終わった。



「バール。起きた? 大丈夫?」


 一瞬だけ、まばたきの様に目を閉じただけのつもりだったが、気がつくと周囲は夕日に照らされていた。


「あれ、俺……」

「バールさん、ぶっ倒れたんスよ」

「くそ、マジか」


 ガタガタと揺れる馬車の上、大変寝心地のいいロニの膝枕から体を起こす。


「もう、無理リちゃダメって、約束したでしょ」

「今回はうまくいったと思ったんだがな」


 そう言い訳をしつつ、立てかけられた金梃を見る。

 やはり、紋様はもう消えていて、ただの金梃にしか見えない。


「しかし、【戦士】バール。死者の王リッチを討伐してしまうなんてのう。最初は金梃など振り回す奇怪な奴と思ったが、なかなかどうして英雄じゃの」

「よしてくれ。あいつがロニを狙ってたんで頭に来ちまっただけだ。みんなを危険にさらしてすまなかった」


 頭を下げる。

 それに、全員が苦笑した。


「あんときバールさんがいなかったら、みんなきっと死んでたッス」

「然り。儂らは皆助けられたというわけじゃ」


 双子司祭も騎士たちも俺に頷いて応える。


「かっこ/よかった」

「む、ダメです。これはわたしのです」


 双子姉妹に舌を出すロニを抱き寄せて、頭に顎を乗せる。


「あー、ロニだ……」

「もう、バール。あんまり心配させないで?」

「すまない。いろいろ考えてたらさ……面倒だから死者の王リッチを殺すのが速いと思って」

「おかげで、みんなにアレの事がばれちゃってるよ」


 しくじった。


「そうな。この金梃……一体何なのじゃ? それにバールよ、お主【戦士】と言うには様相が違い過ぎるのう」

「ここだけの話にしてくれるか?」


 俺の言葉に頷いて応える五人。


「クライスには話してるが、それちょっと変わった魔法道具アーティファクトでな。ちゃんとした武器なんだ」

「ま、武器として使ってはいたッスね」

「んで、あれ使ってたら、ジョブ変異したんだ。今の俺のジョブは【狂戦士】だ」


 俺の言葉に、ピクリとデクスローが反応した。


「……と、いうことはバール。お主が今代の〝勇者〟ということかの」


 思わず、毛が粟立つ。

 たったこれだけの情報で、この【魔法使い】はどうしてそこにたどり着けたのか。


「ああ、すまぬ……年寄りの戯言じゃ。かつて、儂の友が言っておってな。曰く〝勇者〟は役割にすぎぬ、と。その役割に相応しい力を持った聖剣が、相応しい者に、相応しい生き方ジョブを示すだろう……などと言っておったのだ」


 なんだか、そんなことを言いそうな奴を一人知ってるぞ。


「今では教主などという偉そうなことをしておるバカじゃがな」

「くそ、やっぱりサルヴァン師か……!」


 俺のぼやきに、デクスローが矍鑠かくしゃくと笑う。

 あの生臭教主の知り合いと言ったら、みんなどうしてこう濃い面々なんだ……。


「でも、バール。それは正しいのかもしれない」


 ロニが、金梃を取って俺に手渡す。


「これは特別だもの。バールにしか使えないし、バールだから使える。きっと、鈍器が好きな〝勇者〟バールに、聖剣が合わせてくれたんじゃないかな」

「それにしては、禍々しすぎるだろ」

「バールに合わせたんじゃない?」


 クスクスと笑うロニ。

 それにつられてか、周囲も笑顔に染まる。


「悪いけど、これの事は他言無用に頼む。そもそも俺が〝勇者〟なんて誰も思わないだろうけど」

「そうッスか? おれはバールさんの背中に〝勇者〟感じましたけどね?」

「おだてたって俺のポーチから金貨は出ないぞ、ダッカス」


 そんなやり取りをしつつ、俺達はフィニスへと戻った。

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