第46話 バール、次の目標を定める

フィニスに到着してから三日。

 クライスが放った斥候から、続々と情報がもたらされていた。


 その間、俺はと言うと、周辺の状況確認をロニと二人で行い、時には魔物モンスターを殲滅して回った。

 特に魔物モンスターに襲撃されて放棄されたタントミー集落は前線基地となるかもしれないので、念入りに追い払っておく。

 ちなみに、この廃村を根城にしていたのは、またしても上位種に率いられたボルグルだった。


「状況はどうだ?」


 俺の問いに、クライスが地図を差し出す。

 フィニスの『モルガン冒険社』支社長、ダッカス率いる斥候部隊は、迅速に正確な情報を揃えてくれた。


丘巨人ヒルジャイアントは最初の目撃地点で簡易集落を形成。数は十二体」

「増えたな」

「最初からこの規模だったのかもしれないけどな」


 今となってはどの情報が正しかったかなど、些細なことではある。

 クライスが次の地点をペンでつつく。


青翼竜ブルードレイクは崩壊した『サザルー牧場』につがいで巣を作っている。かなり気が立っていて危なかったそうだ」

「……骸骨王スケルトンキングは?」

「そいつが問題だ。南西の『ブラムベリー農園』周辺で『国』を築いているらしい」


 遅かった。始まってしまっていたか。

 この高位のアンデッドは、その名を通り骸骨スケルトンの王であり、周辺の死者死骸を骸骨スケルトンにして使役下に置く能力がある。

 当初、依頼書によると青翼竜ブルードレイクはブラムベリー農園で目撃されていた。

 それが、サザルー牧場に居場所を移したということは、その場の営巣に問題が発生したということだ。

 つまり、青翼竜ブルードレイクが対応不可能な不死者の軍団が形成され、追い出されたのだと推測される。


 何せ、青翼竜ブルードレイクという魔物モンスターは、営巣の際に縄張りと決めた周りの生物を人間も魔物モンスターも関係なくすべて殺してしまう。

 そこに骸骨王スケルトンキングなどいれば……あっという間にその死体を使って軍を編成してしまうだろう。


 特に『ブラムベリー農園』は犯罪奴隷の運用を試験的に導入した大規模農園だ。

 そこにいたのは十、二十といった数ではない。

 少なくとも千人ほどがそこで働いていたはずで、それが全て骸骨王スケルトンキングの手によってアンデッド化されたなら、今すぐに大暴走スタンピードが起こってもおかしくない状態だ。


「どんな様子だったかわかるか?」

「緊急性から確認に行ったのはダッカスだ。報告書が上がってる」


 羊皮紙にまとめられた記録に目を通す。

 昼間に活動しているのは、そう多くないようだ。

 徘徊する敵性の多くは人型。ただ、大型の魔獣の骸骨スケルトンもいくつか確認できたと記載されている。

 夜間は『骨の玉座』が発生したので撤退した、と書いてあり……これが一番の問題だ。


「これが一番まずい案件だな」


 丘巨人ヒルジャイアント青翼竜ブルードレイクも脅威だが、今すぐフィニスがどうこうというものではない。

 だが、千を超える骸骨スケルトンを率いた『戴冠』済みの骸骨王スケルトンキングに夜襲を受けでもしたら、フィニスはあっという間に陥落する可能性がある。

 それに、コイツがいる限り、周辺の魔物を迂闊に討伐することも出来ない。

 今しがた終わらせてきたボルグルの死体はこれを見越して、火葬した後、ロニの力で清めてきたが、全てにこの対応を取るのは難しいだろう。


骸骨王スケルトンキングの討伐が最優先クエストになるな」

「ああ。クライス、【司祭】か【僧侶】がいる『モルガン冒険社』のAランク相当パーティを二つほど貸してくれないか。打って出る」

「たったそれだけで? しかも『アルバトロス』じゃなくていいのか?」

「お前には別の……そうだな、青翼竜ブルードレイクの方に行ってもらいたい。それに、こっちにはロニがいる」


 話を横で聞いていたロニがうんうんと頷く。


「ロニの使う『ターンアンデッド』は強力だ。骸骨王スケルトンキングに通用するかはともかく、軍勢を根こそぎ削ってやることはできると思う。ただ、手数は多い方がいいし、それをサポートするメンバーも必要になる」


 『ターンアンデッド』中の術者は無防備だ。

 さすがに俺とロニだけではさばききれない。いや、頑張ったらできるかもしれないが、危ない橋は渡りたくない。


「わかった。早急に手配しよう」

「じゃあ、俺とロニは準備にでる」


 教会とマヌエラのところに行って可能な限りの聖水を集める必要がある。

 骸骨王スケルトンキングなので骸骨スケルトンばかりだとは思うが、他のアンデッドがしている可能性も捨てきれない。

 その事態となったとき、俺のような魔法能力を持たない者にとって、聖水は有効打を加える手段となる。


「どのくらいかかる?」

「明朝には。アンデッドに強いのがいる。そいつらを編成に回す」


 クライスの言葉に頷く。


「助かる。じゃあ、また拠点で」

「ああ」


 そうは言うものの、クライスはこのギルド会議室に詰めっぱなしの日もある。

 そのくらい自体は切迫していて、そのくらいブルドアは無能だった。


 クライスに指揮された斥候部隊が持ち帰る情報は、ギルドの依頼ボードを依頼票だらけにしていき、『モルガン冒険社』のメンバーがそれを消化していくというマッチポンプ。

 当然、フィニスに残った冒険者たちも奮闘しているが、圧倒的に手が足りないのだ。


「クライスさん、大丈夫かな?」

「引き際は心得ているはずだ、あいつなら問題ない。それよりもロニ、いけるか?」

「大丈夫。アンデッドならロニちゃんの独壇場です」


 ややボリューム不足の胸を叩いて、ロニが頷く。

 まぁ、あの小屋敷を手に入れた時の光景を見ているので、疑っちゃいない。


「でも、ちょっとおかしいよ」

「確かに。一年もたたずにこうも大規模に魔物が発生してるってのは……妙だ」


 遺跡や遺構や魔力マナが汚染された沼などでは、魔物が発生しやすい。

 原理や原因、理由は不明だが、そういうものなのだ。


 そして、この国の南東と北西の端……未踏破地域が存在する場所は特にそれが多い。

 それ故に冒険都市や辺境都市が築かれて、遺跡や遺構を攻略する者が増えるというわけだ。


 しかし、この増え方は異常だ。

 間引く冒険者が減ったから、という理由だけでは説明がつかない。

 そういう異常事態だというのは、この三日間の間に常に肌で感じていた。


 これが、世界の終りの足音なのだろうか。


 この速度で魔物モンスターが増え続け、それが最大値で大暴走スタンピードとなったとき……おそらく人間になすすべはない。

 このフィニスから南、間に合わずに崩壊した村々……その姿が王国全土に広がることとなる。


「一つ一つ片付けていくしかないか」

「そうだね。でも、大丈夫だよ。問題なしっ!」

「大きく出たな」


 小さく笑ってロニが答える。


「だって、世界を救うのは〝勇者〟バールなんだもの」

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