第45話 バール、女傑と会う

 ドワーフの鍛冶屋を後にして、そのままかつてここを旅立った時のように商業ギルドへ足を向ける。

 違うのは、今度は一人ではないということだ。

 その道連れが、俺の裾をつまんで見上げる。


「ねぇ、バール」

「なんだ?」

「わたしは、最後までバールのとなりにいるよ?」

「わかってる。だが、保険は必要だろ?」


 世の中に絶対はない。

 俺は絶対ロニの隣にいるが。


 それでも、ロニを守るための保険は必要だ。

 警戒するにこしたことはない。

 特に今回は、魔物モンスター以上に、味方の顔をした連中がここをひっかきまわすだろう。

 クライスの手腕がどれほど優れていようが、国の看板を背負った役立たずどもが状況を悪化させる可能性はある。


 で、あれば備えは必要だ。


「使わないに越したことはないけど、覚えておいてほしくて。それと、いまの俺達の事を報告しようと思ってさ……。バレてたけど」

「バレてたねー。なんか、恥ずかしい」


 二人で笑いつつ、目的を目指す。


「ああ、やっぱりか……」


 そして到着して少し頭を抱えた。

 すでに商人たちの多くがフィニスを離れるか、離れようとしていた。

 商業ギルド前に大量に停まっていた馬車は、数えるほどしかない。


 見ていると、荷物を満載した荷馬車が今まさに北門へ向かって走り去っていった。

 そりゃ、こんなリスクのある場所にいられないだろう。

 命あっての物種だ。


「邪魔するよ」


 久々となるフィニス商業ギルドへ足を踏み入れる。

 ピカピカに磨かれていたエントランスは、いまや足跡を消す余裕もないらしく、少し汚れている。


「あれ、バールじゃあないか。何の用だい?」


 入り口のカウンターの上に、大柄な女性が座っている。


「支部長! よかった、まだいた」


 商業ギルドの支部長マニエラは、女だてらに爵位をもつ正真正銘の男爵であり、自身もやりての商人である。

 このフィニスの商品と物資は彼女がいなくてはリンゴ一つ動かせないといわれている。


「ブルドアの奴に言われてきたんなら帰りな。お前らにくれてやる麦は一粒もないってね」

「は? なんで俺がブルドアに使われなきゃいけないんだ」


 思わず素で殺気を出してしまった。

 それを意に介さずに、マヌエラが煙管を傾ける。


「なんだ違うのかい。それにしても、あんた。戻って来たんだね」

「諸事情あってな。……引き払うのか?」

「あたりまえさね。ここはもう駄目さ。命に見合った金のありどころじゃあないよ」


 この女傑マヌエラがそこまで言うんだ。

 相当に危険な状態なのだろう。


「町の防衛に居残る連中に物資を分けてほしい」

「金はあるのかい?」

「逃げやすいように荷馬車を軽くしてやるよ。代わりに金貨を積んでいくといい」


 俺の言葉にマヌエラの眉がピクリとあがる。


「商人でもないのにいっぱしの口を利くようになったね、バール坊やは。例の〝聖女〟まで連れて……。あんた、この男でほんとにいいのかい?」


 急に話を振られたロニが、びくりとして俺を見る。

 ロニにとっては、少し苦手なタイプだったかもしれない。


「……わたしは、バールのものだから」

「あらやだ。ごちそうさま。それで、何するつもりだい? あたしに逃げるなんて言葉を使った以上、半端な話じゃ許さないよ」


 しくじった。

 マヌエラに「逃げる」は禁句だった。


「『モルガン冒険社』が大暴走スタンピードを食い止める。最低二ヵ月分の食料と、水、酒。砥石……まぁ、この街で揃う冒険者に必要なものをまとめて百人分頼む。商人あんたらがいなくなれば、モノが動かなくなるからな」


 商人が町から避難しているということは、食糧も物資も今後は補給がないということだ。

 そうなれば、コンディションの悪い状態でクエストにあたることになる。

 衣食住のどれかが欠ければ、人間は容易にバランスを崩すのだ。


 特に『食』に関しては、この先絶対に問題が出てくる。


「……そういえば『モルガン冒険社』の連中が来てたね。この状況、回避できるのかい?」

「さぁな。だが、そうするために来た」

「フン、生意気だね。まぁ、いいさ……おい、そこの!」


 作業中の商会員を何人か呼び止めて、鋭く指示を飛ばすマヌエラ。

 どうやら、物資を確保してくれるようだ。


「命、張るんだね?」

「冒険者はいつだってそうさ。それが自由でいるための条件だからな」


 俺の言葉に鼻で嗤う仕草を見せたマヌエラが、カウンターから降りる。


「いいだろう。あたしだって元武装商人だ。あんたたちの補給線、このマヌエラと『ハーレクイン商会』が請け負ったよ。『モルガン冒険社』との直契だ、いいね?」

「支部長……!」

「マヌエラさんと呼びな。商売をするからには対等だが、お前にはちょっと年上に対する敬意が足りないね」


 杖でこつんと頭を叩かれる。


「物資に関しては目録を作ってきな。小麦粉と酒はまだ倉庫にある。かさばるからね。水は王都で仕入れた最新の魔法道具アーティファクトで作る。肉は外で狩ってきな」

「了解した。クライスに伝えておくよ」


 軽く頭を下げる。


「しかし、あんたが〝勇者〟とはねぇ。世も末だよ……いや末だからお前でちょうどいいのかね?」

「なん……ッ」

「なんでそれを、かい? あたしとサルヴァンの奴は昔いい仲だったこともあるのさ」


 あの生臭教主め!

 何でもありか!


「あんたらの事も、一応は聞いたさ。ここでこうして顔合わせちまったのも、サルヴァンの差し金かね……。ああ、やだやだ、昔の男に振り回されるなんて。あたしらしくもない」


 そう言いつつも、マヌエラの紅を差した口元が艶やかに弧を描く。


「まかせたよ。なんだかんだでサルヴァンって男は読みを外さないんだ。この勝負……あんた達に全賭けフルベッドだ」


 力強く嗤うマヌエラに圧倒されながらも、俺はそれに応じて頷いた。

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