第44話 バール、親父と再会する

 作戦本部となったギルドの会議室を抜けて、階段をくだる。

 隣には、当然ロニ。


「どこいくの?」

「まずはザッグ工房の親父さんところに。次に情報屋。ラストは商業ギルドだ」

「む、なかなかの忙しさだね」


 予定を聞いたロニが、ふんすと気合を入れる。


「そういえば、バール」

「ん?」

「さっき、カッコよかったよ。バールって感じだった」

「そうか?」


 首をひねる俺に、ロニが笑顔で頷く。

 自分としては少し口出ししすぎたと反省しているところだ。

 クライスには一応謝っておいたが、「オブザーバーとして呼んだんだ、どんどん意見をくれ。ていうか、実質の司令官はお前だからな」などと言われてしまった。

 『モルガン冒険社』みたいなでかい一党アライアンスを率いれるものか。


「『パルチザン』にいたころの……わたしが好きになったバールだった。思いだしちゃった」


 ふふふ、とご機嫌に太陽の娘が笑う。


「あんな感じだったっけ……」

「できる人にできるだけの仕事を任せて、自分がどう活躍するか考えてるでしょ?」

「む……」


 そう指摘されれば、そんな気がする。

 確かに、クライスの率いる『アルバトロス』と『モルガン冒険社』がこの緊急クエストの主軸になると言いながらも、俺は自分が主戦力として使える場面を探していた。

 俺という人材をもっとも効率よく使う方法を、だ。


 それが、活躍する自分を想像していないかというと……想像しているな。

 上手く戦い、勝利し、依頼を達成する俺をイメージしている。


「かっこわりぃ……」

「違うよ、かっこいいんだよ。でも、バールはいつもそうやって、一番危ないところに自分を連れて行こうとするよね? それがちょっと心配なの」

「俺は勝てる戦いしかしないぞ?」


 ジトっとした視線が、俺に向けられる。


硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの時のこと、忘れてないよね?」

「はい、すみませんでした」


 素直に頭を下げておく。

 大通りでロニの説教を受けるわけにはいかない。


「ま、コイツのおかげで人より動ける。あれ以来使っちゃいないが、やばめの特殊能力ギミックもあるから多少の無茶も利くしな」


 腰に提げた『魔神バアル金梃バール』をポンと叩いて見せる。


「もう、あの力だって、危ないものかもしれないんだから。過信したらダメだよ?」

「わかってるさ」


 あのとき溢れ出た圧倒的な虚無の気配が、人の手に余るモノなのはわかっている。

 だが、道具は道具だ。人の使う物は、人が使い方を決める。

 それに、コイツは俺の再起から付き合ってくれた相棒だ。きっと、力を貸してくれる。


「親父さん元気かな?」

「あと百年はここで鉄を打ってる、なんて言ってたがな」


 人通りが目に見えて少なくなった冒険都市フィニスの大通りを歩き、鍛冶場辻へと向かう。

 ここも、少し店が減ったか。

 工房を閉鎖するほどに人が減ったか、あるいは危険を感じてよそへ避難したのかもしれない。


「親父さん、いる?」

「なんでぇ、バール。思ったよりも早かったな。もう三十年は待つかと思ったが」

「ちょっと野暮用でね」


 鍛冶屋の主人である親父──ザッグ──が、軽く視線をこっちにやって少し目を丸くする。


「『ちび金』じゃねぇか。フィニスに戻ったのか?」

「もう、親父さん。その呼び方禁止だって」


 親父の背はロニよりも低いが、やはりロニは小さく見えるらしい……それでついたあだ名が『ちび金』。

 ロニはからかわれていると怒ったりもするが、ドワーフを知れば怒る気をなくすだろう。

 なにせ、ドワーフにとって『金』は最も尊ぶ金属だ。

 真銀ミスリルだの神鋼オリハルコンだのの武器を鍛える彼等は、『金』の武器は作らない。


 それは血に濡らしてはならない、神聖な『価値あるモノ』だからだ。


 それ故、彼らは金を好み、金を集め、金を纏う。

 そんなドワーフである鍛冶屋の親父が、ロニを『金』の名で呼ぶということは、相当に気に入っている証拠なのである。


「それでどうした。結婚式の招待か? いい酒を出せ」

「な……っ? いや、そうじゃなくて。いや、何で?」

「バッカおめぇ、昔から二人して好き合ってる奴らがいっぺんに来たら、そうかと思うじゃねぇか」


 含み笑いを上げるドワーフに、思わず苦笑する。

 さて、昔の俺達はどう映っていたのやら。


「……そうじゃなくて、避難について聞きにきたんだ。現状、把握してるんだろ?」

「おぅ、わかってらい。だが、オレ様はこの工房を離れん」

「わかった」


 俺は頷く。方向性がわかればそれでいい。


「ちょっと、バール。ザッグさんに避難してもらうんじゃなかったの?」

「いいや? というか、ロニ……最終的にここが一番安全な場所になる。覚えておいてくれ」

「え、どういうこと?」


 ちらりと親父を見ると、ギロリと俺を睨みつけながら小さくうなずいた。

 万が一の時……俺はともかく、『ちび金』なんて呼ばれているロニなら、きっと助けてくれる。


「『ちび金』。オメェの下に、何があるか知ってるか?」

「床?」

「相変わらず【司祭】のくせに頭悪ぃな。この下にはよ、オレ様の仕事場……工房がある」


 ドワーフの工房は、極めて頑丈だ。

 時に地下深くにまで達し、秘密を守るための扉や罠、隠された通路が配置されている。

 もはや一種のダンジョンだといっても過言ではない。

 そして、そもそも入り口はドワーフの怪力でないと持ち上がらないほどに重い鋼鉄の扉だ。


「もし、大暴走スタンピードがどうしようもなくなって、逃げ場がなくなったらここに来い。バール、てめえもだ。定員は弟子どもとお前らまでだ……口外するなよ」


 親父の言葉に頷いてから、しっかりと腰を折って礼をする。

 これで、ロニを守る算段が付いた。何かあっても、多少の無茶ができるだろう。

 次は、情報屋と商業ギルドだな。

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