第43話 バール、現況を確認する

 提示された情報を見るに、状況は惨憺さんたんたる有様だった。

 まず、集落二つの壊滅、および生活圏の消滅。

 大小さまざまな魔物モンスターの増加、凶暴化。

 すでに、このフィニスの防壁にまで到達した魔物の群れもあるという。


「どう思う?」

「高ランクの依頼で片付いていないのが多いな。丘巨人ヒルジャイアントの討伐なんて、何で残してある? 知恵を持つ魔物モンスターを放置しているなんてありえないだろ」


 魔物モンスターの討伐にも優先順位というものがある。

 例えば梟熊アウルベア陸鮫ランドシャークといった魔物モンスターの場合、生息域や被害にもよるがそれほど優先順位は高くない。

 真に危険なのは、多少なりとも知恵を持ち、集団を形成する魔物モンスターだ。


 あれらは、放っておくと人間の生活圏に集落や巣を築いてしまうことが多い。

 ボルグルなどがよくある例だが、凶暴な巨人族もそれに当てはまる。

 魔物モンスターとして生まれながら、あれらは独自の文化や思考があるのだ。


 獣系の魔物モンスターと違い、あれらは積極的に人を殺すし、その為に知恵を使う。

 群れが大きくなれば討伐するのがさらに困難となる。


「ダッカス、何故だ?」

「リスクと冒険者信用度スコアと報酬が釣り合わなかった為ッス」


 クライスのやや責めるような質問に、『モルガン冒険社』のフィニス担当パーティのリーダーであるダッカスが、頭をかく。


「それ、よく見てくださいっす」

「……? 何だこれ……!」


 思わず目を疑った。

 『複数体の丘巨人ヒルジャイアントの討伐』と書かれた依頼書にはBランク依頼のスタンプが押してある。

 丘巨人ヒルジャイアント一体ならともかく、複数体の丘巨人ヒルジャイアントとなれば、Aランクの依頼だ。


「社の規定に従って、リスク査定をしたらとてもじゃないけど受けられなかったッス」

「ダッカス、他にもそういうのがあるのか?」


 クライスの鋭い質問に、何枚かの依頼書を抜き出すダッカス。


「ここらは、同じッスね。規定に満たない依頼ッス。理由は、ブルドアに聞いた方がいいッスよ」


 俺も含めて、端の席に座るギルド支部長ブルドアを睨みつけるようにして見る。

 小さく悲鳴あげたブルドアが、小さな声でぼそぼそと事情を説明し始めた。


 結果、わかったことと言えば、このギルド支部長ブルドアが極めて無能だという、わかりきった事実だった。


 こいつが支部長に就任してしばらく。

 フィニスからは次々と高位冒険者が去ってしまったので、ギルドにはハイランクな依頼が浮き始めた。

 他に任せようにも冒険者信用度スコアやランクが足りずに、依頼を受けることができない中堅や駆け出しの冒険者が多く、緊急性の高いクエストすら完了できずに溢れ始めたのだという。

 『モルガン冒険社』は独自の規定があり、依頼料が割高になりがちだし、条件が合わないと断られることもしばしば。


 そこで、このブルドアバカは「ふむ、ならば依頼を受けれるように工夫すればいいのでは?」と愚かなことを思いつき、危険度を低く見積もった依頼書を出すようになった。

 それを受けた実力を伴わない冒険者がどうなったかなど、聞かなくともわかる。


 結果について、本人は気付いていない。

 机の上で数字ばかりこねくり回して、貴族に尻尾を振っているだけの男に、それが理解できないのは仕方がないことかもしれない。


 加えて、俺にやったような直契の拒否をしたり、保身のために故意に問題を報告しなかったりしたという。

 ギルド職員は止めなかったのかと尋ねると、キャルを皮切りに次々とやめてしまったらしく、内部の自浄作用が働くことはなかったようだ。


「なぁ、バール……どうするべきだ?」

「周辺の魔物モンスターは対処できる冒険者にやってもらおう。これじゃあ情報が少なすぎる」

「ダッカス、ウチの情報はどうなってる」

「脱出検討用に作った大まかなリスク・マップならあるッス。でも南方面は大してチェックできてないッスね。そこまで手がまわらんス」


 準備よく広げた周辺地図には、いくつかの情報が書き込まれている。


「なぁ、クライス。これ、住民の避難誘導につかえる精度だな」

「そうだな。よし、ダッカス。今から警邏部隊にこのリスク・マップの写しを持っていけ。いざという時に役に立つ」

「タダで提供ッスか?」


 そりゃ、手間を割いて作った物をタダでというのは、ダッカスにとって腑に落ちないだろう。


「領主と国から金を巻き上げる。現実になったときに、混乱するのと避難にオレらの手が取られる方が危険だ。オレらはオレらで、自分の命を守らにゃならん」

「ウッス。了解っス」

「あと、これもってけ」


 クライスが腰の魔法の鞄マジックバッグから金貨をぞんざいに一掴みとって、ダッカスに握らせる。


駄賃ボーナスだ。お前はいい仕事をした」

「ありッス」


 走っていくダッカスの軽い返答の中に、信頼と尊敬が滲む。

 さすがクライスといったところか。

 豪快で細やかな気遣い。


「さて、どこから手をつけるか」

「クライス、まずはこれとこれ……それと、これの位置に斥候を出してくれ。まだ定位置にいるようなら仕掛けて討伐しよう。細かいのはともかく、Aランクの奴は仕留めておかないと大暴走スタンピードの時に対処できない」


 大暴走スタンピードという現象は、解明されていない点が多くある。

 まず、目的だ。普段は縄張りを出ない魔物モンスターや凶暴でないモノまでが襲ってくる。

 時に単種の場合もあるが、およその場合、周辺諸々の魔物モンスターを巻き込んで、一塊の大きな群れとなることもある。

 普段はお互いを食い合うような魔物モンスターでもこの時ばかりは、協力関係のように動く。


 ……人間を殺す、その一点の目的の為に。


 故に、大暴走スタンピードの兆候があるというなら、危険な魔物は先に排除しておきたい。

 いざ防衛となれば戦力を分散しなくてはならないし、必ず遭遇戦になる。

 今のうちに、準備万端で叩いておくのが俺達の安全にもつながるのだ。


丘巨人ヒルジャイアントと、青翼竜ブルードレイク、それに骸骨王スケルトンキング!? こんなのまで確認されてるのか!?」

「群れどころか軍を組織してる可能性がある。早急に確認しておきたい」

「……了解した」


 クライス・モルガンが緊張した面持ちで、俺に頷いた。

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