第42話 バール、拳骨を落とす

 翌日の早朝。

 クライス達『モルガン冒険社』の移動馬車に同乗して、俺達は一路『冒険都市フィニス』へ。

 完全に計算され尽くした移動行程は、二週間たたずして俺をかつてのホームタウンへと連れ戻した。


「ああ、これはひどいな……」

「まさかこれほどとは思わなかったぜ」


 俺がここを出る前はあんなにあふれていた冒険者たちが、今は大通りを歩いても数えるほどしかすれ違わない。

 現在が昼過ぎで数が少ない時間帯だとしても、さすがに少なすぎる。


「お待ちしておりました、バールさん」


 クライス達と共に冒険者ギルドに入った俺を、聞いた声が迎えた。


「キャル……! こんなところで会うなんて」


 前回、ザガンに王都に連れていかれた際に同乗していた、元『パルチザン』担当のキャル。

 現在はギルド公認調査官をやっていると聞いていたが。


「……ギルド本部から、あなたの監視役として派遣されてきました」

「監視とは物々しいな」

「というのは、建前の話です。陛下とギルド本部長、サルヴァン教主様よりバールさんとロニさんをサポートするように仰せつかってきました。つまり、担当みたいなものです」


 小さく舌を出してキャルが笑う。


「しかし、今回の要請といいどうして王様が……」

「陛下も事情をご存じだということですよ。私もですけど。ですが、『モルガン冒険社』さんと一緒とは」

「そちらと一緒さ。事情はよく分からないが、バールを使うのに最低限の風除けはいるだろ?」


 キャルが、然りといった風に小さくうなずく。


「バールさん、二階にはいかない方がいいです。ブルドア支部長がいますからね」

「丁度いい。挨拶ついでにぶん殴ってこよう。ケツはクライスがもってくれるらしいし」

「おいおい、バール。せめて挑発されてからにしろよ。出会いがしらは流石にかばってやれんぞ」


 どちらにしろ、連携の面では冒険者ギルドを中心に立ちまわらざるを得ないのだ。

 後でごちゃごちゃと言われるなら、先に顔見せをしておいた方がいい。


「『パルチザン』はどうなっているんだ?」

「私が王都を出た時は、まだ編成中とのことでした。騎士団を率いてくるようです」


 なるほど……。

 冒険者としてではなく、国の選んだ〝勇者〟としてここへ来るという算段か。

 悪くない選択だ。

 使えない奴が数人来るのと、統制の取れた騎士が防衛に駆けつけてくれるのとでは、動きの幅が違う。

 あのクソッタレどもにしては使えるじゃないか。


「さて、顔見せだけはしておこう。筋は通しておかないと、後で面倒になる」

「ほんと、そういうところ律儀だよね。バールは」


 ロニに笑われながらも、クライス達と二階への階段を上がる。

 見慣れた景色だ。以前とは少しばかり様子が違っているが。


「『モルガン冒険社』だ。緊急国選依頼ミッションで来た。情報提示と条件提示を頼む」

「は、はい! 承りました」


 かつてオドオドしながら俺の依頼票をブルドアへもっていった受付嬢が、同じくオドオドした様子で奥に消える。

 しばしして、別の扉からブルドアが現れた。


「『モルガン冒険社』の諸君、よく来てくれた」

「挨拶はいい。危機管理情報と現状の説明をしてくれ。守るのか攻めるのか、原因が何なのかもわかる範囲で全部だ」


 クライスの言葉に、ブルドアが小さく舌打ちする。

 それ、聞こえてないと思ってるかもしれないが、聞こえてるからな。


「数週間前、南にあるサリエリ湖周辺から魔物モンスターの増加が確認され、現在はタントミー集落までが危険地域になっている」

「おいおい、タントミー集落って目の鼻の先じゃないか。住民は無事なのか?」


 思わず声に出してしまった。

 タントミー集落は開拓して薬草園を営む農家が多い新興集落だ。

 依頼が南の方面となれば、冒険者の中継地点ともなる場所。

 そこがすでに落とされてるなんて、状況は相当にまずい。


「……バールだと? どうしてここにいる?」

「オレのパーティメンバーだ。何か文句あるか?」


 眉をしかめるブルドアにクライスが圧をかける。


「ま、まあ、いいとしよう。今は猫の手も借りたい事態だ。『パルチザン』を放逐キックされたFランクの田舎【戦士】でもいないよりはマシっ──」


 次の瞬間、ブルドアがギルドの床にへこみを作りながらバウンドした。

 まぁ、俺が拳骨を落としたんだが。


「あが……ッ」


 這いつくばるブルドアを見下ろす。


「それを手引きしたのはお前だろ? 忘れたのか? ちょっと考えて喋ったほうがいいぞ?」

「バール……こ、こんな事をして、ただで済むと……」

「脅しか? 今すぐ殺そうか? もしかして勘違いしてるかもしれないから、伝えておくが……お前の事を許したわけでも忘れたわけでもないんだぞ?」


 俺の漏らす殺気に中てられてか、もともと閑散としていた冒険者ギルドがさらに静かになる。

 俺の肩を掴んで、クライスが一歩前に出る。

 わかっている、とどめは刺さないとも。後が面倒だしな。


「バール、よくやった」

「は? クライス・モルガン……何を言って?」


 這いつくばったままのブルドアが、驚きの声を上げてクライスを見る。

 というか、俺もここで褒められるとは予想外だ。


「支部長さんよ……『モルガン冒険社』なめんなよ。別にこちとら仕事に困ってるわけじゃねぇんだ。国選依頼ミッションだろうがなんだろうが、仲間に敬意を払えない依頼主を信用するわけにはいかん。わかるか?」


 しゃがみこんだクライスが、いまだ立ち上がれないブルドアを覗き込む。


「オレらはな、命……賭けてんだよ」


 背後の俺には見えないが、うすら寒い冷えた殺気がクライスから放たれているのはわかる。

 【テラーナイト】のスキルだろうか。

 俺よりも、ずっと研ぎ澄まされた殺気は、きっと鈍いブルドアにもしっかりと認知できるはずだ。


「ひッ……」

「その上で、尋ねるけどよ……バールが、なんだって?」

「な、なんでも……なんでもない!」


 立ち上がったクライスが、ブルドアの手を掴み上げて無理やり立たせる。

 鼻血と顔面裂傷によって血に汚れたブルドアが、小鹿のように足を揺らしながらこちらを見る。


「それじゃあ、仕事の話だ。情報を持ってこい。仕事ができないお前の代わりに、ここは『モルガン冒険社』がしきる!」


 高らかに宣言したクライスがにやりと不敵に笑った。

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