第41話 バール、依頼を受ける

「こりゃまた大御所が名前を連ねてるな……」


 口をあんぐりと明けたクライスが、驚いた声を上げる。

 手紙の差出人に署名があるのはザガン・バーグナー伯爵とサルヴァン教主、それに……あろうことか、ヴィルヘルム国王。

 貴族からの手紙というのは、迂遠で意味不明な挨拶から始まるのが常だが、この書簡には短く用件だけが書かれている。

 ──内容は『直接契約だ。フィニスへ向かってくれ』とだけ。


「ロニ、どう思う?」

「わかんない。でも、なんだか行かなきゃいけない気がする」


 世界の危機を感知して現れる【聖女】がそう言うのであれば、おそらく何かある。

 神託を受けて世界の危機を知る【教主】サルヴァン師が、わざわざ国王と連名で緊急の依頼をよこすくらいだ。

 きっと『例の話』と関連があるに違いない。


「ロニ、おそらくフィニスには『パルチザン』も来る。だから、家で待っていてくれ」

「わたしも行くよ。バールを一人に出来ないし、わたし達、バディでしょ?」


 俺の手を握り、決意した目で俺を見る。

 ああ、これは説得するの無理か……頑固なんだよな。こういう時は特に。


「わかった。だが、俺のそばを離れるなよ。そんで、何かあったらすぐ言ってくれよ?」

「うん」


 短く小さい返事だが、ロニからの信頼は握られた手から充分に伝わった。


「クライス、一回断っておいてアレなんだが……」

「それもみなまで言うな。一緒にフィニスへ向かうとしよう。……ついでに、『モルガン冒険社』のメンバーとして仮登録しておくがいいか」

「頼もうと思っていた、頼む」


 個人的にはあまり好みな手法ではないが、長い物に巻かれるというのは有効な手段だ。

 国から直接契約を持ち込まれた『モルガン冒険社』は、今回の緊急依頼の軸にもなる大型戦力だと推測される。

 そこに仮でも登録しておくことで、個人では対応するのも面倒な様々な悪意から、ある程度は身を守れるというわけだ。


 さすがに何かあるたびに国王のサインが入ったコレを見せるわけにもいかない。

 別の厄介事になるに決まっている。

 あまり露出すれば、俺とロニの秘密が露見するだろう。


 だからと言って、何もしないでも面倒は必ず起こる。


 特に、今回は『パルチザン』と俺を追いやったブルドアが揃い踏みするのだ。

 何も起こらないというわけにはいかないだろうことは、少し考えればわかる。

 俺一人ならともかく、ロニも行くというならば、ここは素直にクライスという長い物に巻かれておくのがベターだろう。


「出発は明朝だ。高速馬車で最短距離を行くから約二週間でフィニスにつく。かなりの強行軍になるぞ」

「了解した。ま、事情があって遠征用の荷物は常に詰めてある。今すぐにでも出発できるくらいだ」


 例の話があってから、いつ何が起こるかと考えながら、常に準備はしていた。

 トラヴィの森の奥かもしれないし、北方山脈かもしれない。

 まったく別の未踏破地域に例の『淘汰』の兆しが出現する可能性だってある。


 ただ、どこであってもロニのために戦い、叩き潰すと決めていた。


 【聖女ロニ】が俺を選んだということは、そういうことだと理解していたし、〝勇者〟がどうのこうのというのは性に合わないが、ロニのしろ示す運命さだめに俺がいるというのは、悪くない。

 そして、それが今なのかもしれない……とも思う。


 なんにせよ、ロニがフィニスに行かねばならないと考えているなら直接行って、問題を叩いて壊し、ここに帰ってくるだけだ。

 極めて簡単シンプルな話。


「じゃあ、今日は戻る。明日の朝会おう」


 クライスが軽くうなずいて応える。


「南門で待て。……頼りにさせてもらうぜ、バール」

「Cランク冒険者に過剰な期待をするんじゃねぇよ」


 笑って返して、ロニと二人で酒場を出る。

 二人で歩くが、とぼとぼとロニの歩みが遅くなっていく。


「ごめんね、バール」

「ん?」

「わたしが巻き込んじゃったから」


 しゅんとするロニの腰を引き寄せる。


「なぁ、ロニ。教主サルヴァン師は、運命だといった。……俺の嫌いな言葉だ」


 ロニがびくりとするのがわかった。

 少し驚かせたかもしれない。


運命ソイツはすぐに人を不幸にするし、諦めさせようとしてくるし、簡単に命も奪う。だが……」

「……?」


 ロニを抱いてくるりくるりと往来で回る。


「はわわ……!」

「その運命ってのが、俺とロニをこうして引き合わせてくれたというなら……それに付き合ってみるのもいい」


 ロニを地面に下ろして、笑って見せる。


「ロニが〝聖女〟だってなら、俺はロニだけの〝勇者〟になる。『世界の危機』だ『淘汰』だなんて胡散臭いもんが、俺達の邪魔をするってなら、丸ごと叩き潰して……全部平らにしてここに戻ってくればいいんだ」

「いいの? バール」

「俺がお前のお願いを断ったことあったかよ?」

「いっぱいある」


 そこは「ない」って答えろよ。

 締まらないだろ。


「でも、信じてる。バール、お願い……!」

「おう。まかせろ」


 返事をした、その瞬間──ふわりとした何かが俺達の間に繋がった気がした。

 あたたかくて、安らぐものに思えるそれが、胸の奥で鼓動と重なっていく。

 ロニと向かえる朝や何気ない一時に感じるそれを似た……感覚。


「……?」

「バールも、感じた?」

「ああ。不思議に落ち着く……。まるでロニが俺に入ってきたみたいだ」

「わたしも。バールをすごく近くに感じる。なんだろう?」


 【聖女】のスキルか何かだろうか。


「ま、いいか。気分いいし」

「あはは。バールって、そんなのだよね」


 褒められてるのか貶されているのか。

 いや、この笑顔は褒められているのだろう。


「さて、フィニスに何があるかはわからないが、慎重にいこう」

「うん。きっと、わたしの感じるこの不安は……世界の危機に通じてると思う。教主様が、そう言ってた」


 不安げなロニの手を取って、小屋敷への道を行く。


「なに、大丈夫だ。だいたい、俺達に何とかできんようなら、クライスを使えばいい。何とかなるさ、これまで通りにな」

「……うん。がんばろう」


 小屋敷に帰った俺達は、二人で同じベッドに潜り込んで眠った。

 愛する人の温もりの中で眠り、温もりの中で目覚める。

 そんな些細な幸せこそが、俺達にとって最も大切なものなのだと、確認するために。

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