第40話 バール、危機を知る
辺境都市に戻って一ヵ月。
ロニと二人でゆっくりした冒険者生活を送る俺だったが、今晩はクライスに馴染みの酒場へと呼び出されていた。
ロニも誘ったが「たまには男だけで飲んでくるといいよ」なんて気を遣って俺を送り出してくれたので、気兼ねなく飲むことにする。
「どうした、クライス? 何かあったのか」
クライス・モルガン。
Aランクパーティー『アルバトロス』のリーダーにして、『モルガン冒険社』の社長。
友人でもあるし、時には冒険稼業のパートナーとなることもあるので、こうして酒の席を設けることは珍しいことではない。
「相談というか、依頼だな。ちょっと助けてほしいんだ」
「助ける? 何があった?」
クライスには『パルチザン』とやりあった時の借りがある。
本人は気にするなと言っているが、借りは借りだ。生きてるうちに返しておきたい。
「明日からオレたちは遠征に出る」
「またか? 急だな。今度はどこだ」
「……フィニスだ」
少しばかり、体が反応する。
『パルチザン』を
「それに、ついてきてほしいんだ」
「国の反対側だぞ? どうしてトロアナの『アルバトロス』にフィニスの依頼が来るんだ?」
「フィニスにも『モルガン冒険社』の支社はある。そこを経由して緊急の『
国を横断して緊急依頼とは穏やかじゃないな。
「内容は?」
「
「フィニスでか……?」
緊張のあまり、少しぬるくなった
このスレクト地方と違って、フィニス周辺は比較的安定した地域だ。
かつてはあの辺りも未踏破地域が広がり、
「まずいだろ。あのあたりは冒険者関連以外の入植も定着してる。
「そうだ。それで国からの直契って形で『クライス冒険社』に依頼が来ているんだ。だが、ことがことだ……あの周辺に慣れてて、かつ動ける冒険者が欲しい。オレだってフィニスにいたこともあるが、そう長い期間じゃない」
クライスは一時期こそフィニスにいたものの、王国全土をカバーする『モルガン冒険社』の社長だ。
その最前線を支える『アルバトロス』のリーダーでもあるため、ここトロアナに拠点を構えるまでは、全国をあっちこっちへと放浪していたらしい。
それでちゃんと冒険者稼業ができるというのが、クライスの有能さではあるが。
「いや、俺でなくてもフィニスには有能な冒険者がいっぱいいるだろ。天下の冒険都市フィニスだぞ?」
「それがな……そうでもないんだよ」
クライスが苦笑して俺を見る。
曰く、今のフィニスは冒険者が相当に減っているらしい。
そして、その発端というのが俺の
あの日、俺が冒険者ギルドでやったフィニス冒険者ギルドの
『直契をかすめ取られるらしい。実際に耳にしたんだ』
『裏取りなしに
『バールがAからFランクにまで『
『〝勇者〟と貴族に媚を打ってギルド長になったらしいぜ、ブルドアの奴』
……といった風に噂というより真実が中心に広がり、急速な冒険者離れを引き起こしたらしい。
まず、高ランク冒険者が自衛のためにフィニスを離れた。
彼等にとって、フィニスは利便性があって、『
そして、次にそれを横目で見ていた中堅冒険者が離れた。冒険者にとって情報は命だ。上位冒険者が離れたという事実は噂の信憑性を補完し、彼等の行動を急かした。
低ランクの冒険者か駆け出しばかりが目立つようになったフィニスは、依頼の回転速度が落ちていく。上位依頼を受ける者がいないので依頼が滞り、危険をチャンスと勘違いしたものが手ひどい失敗したり、帰らぬ人となって、さらに状況を悪くしていく。
──悪循環だ。
「……ああ、それでまたトロアナの冒険者人口が増えたのか」
「だろうよ。いまのフィニスには、
「それで『モルガン冒険社』にお鉢が廻ってきたってことか」
まあ、理解はした。
あのブルドアがギルド支部長などであれば、信用ならないという気持ちはよくわかる。
俺が『メルクリウス運送』の直契をギルドに持っていったときのやり取りを聞いていたのは少なからずいるし、冒険者ギルドには常に情報屋が一人二人は潜んでいる。
隠していたわけでもないので、俺のことに関して情報を集めれば、いくらでも証拠は集まったに違いない。
「うーむ。個人的には、申し出を受けたいが……」
フィニスには、世話になった人たちも多い。
だが……。
「国の依頼ってことは、アイツが来るんだろうな」
「〝勇者〟リードリオンか……」
「ああ。特に『パルチザン』はフィニス発祥のパーティだ。外聞的にも絶対に出張ってくる」
いまや〝勇者〟となったリードリオン率いるパーティだ。
おそらく、いい人材を継ぎはぎした強力なパーティになっているに違いない。
そして、
「だから、すまんが今回は……」
「みなまで言うな。オレの配慮不足だったよ」
ここでクライスを手伝えないのは心苦しい。
「あ、いた。バール」
落ち込み始めていると、後ろからロニの声がした。
「あれ、ロニちゃん。どうした? やっぱ飲む?」
「ううん。今日はいい。それより、バール……これ」
息を切らせて走ってきたらしいロニが、小さくたたまれた紙を俺に渡してくる。
高級な防水紙の手触り。
「今さっき『
「ありがとう、ロニ」
「なんて書いてあるの?」
小さくたたまれた紙を、破らないように丁寧に開いていく。
「これは……!」
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