第39話 バール、帰還する
「帰りまで送ってもらって悪かったな」
「無理を言って連れてきたからには、帰りも送らねばなるまいて。また寄らせてもらうよ、バール殿」
「厄介事以外なら大歓迎だ」
「またね、ザガンさん」
ロニと並んで、馬車に乗り込むザガンを見送る。
馬車の窓から手を振るザガンに手を振り返し、馬車が見えなくなってから後ろを振り返った。
そこには、巨木で組み上げられた『辺境都市トロアナ』の壁。
なんだか懐かしい、俺の拠点都市だ。
「帰ってきたな」
「うん。結構長いことあけちゃったね」
入り口の門を顔パスで通り、久しぶりとなる大通りをロニと手をつないで歩く。
雑多な店の並び、少し埃っぽい空気、喧騒。
冒険者の街に帰ってきたという実感が、俺に活力をくれる。
しかし、こうなると、やはり王都は空気が合わなかったのだと確信するしかない。
徹底的に話が合わないやつと酒の席を同席するくらいの気まずさが、ずっと付きまとって……端的言うと居心地が悪かったのだ。
「あれ、バールさん帰ってきたのか!」
「おう。店じまいか?」
「んだ。また明日来てくれよ。バールさんの好物、仕入れとくからさ」
片付けをする野菜売りに軽く手をあげて、返事をする。
周囲はそろそろ暗くなり始める時間だ。
とはいえ、この辺りは夜中も冒険者たちが溢れて賑やかなままだが。
「ねぇ、バールの好物って?」
「ん? トマトだけど?」
「なんか、意外……」
なんでだよ。
うまいじゃないか、トマト。
「よく考えたら、わたしってあんまりバールのこと知らないかも」
「そうか?」
「だって、服の好みだって少し前に知ったところだし、好物だって知らなかったし……わたし、苦手なもの出したりしてないよね?」
「……」
思わず、黙る。
ロニがサラダに時々入れるセロリ……じつはかなり不得意な食べ物だ。
食べないという選択肢はないが。
「何で黙るの。え、わたし何かしちゃってた?」
「セロリだけ、抜いてくれると嬉しい……」
「え、いいよ? 何で黙ってたの!?」
驚いた顔で、つないだままの俺の手をぶんぶんと振るロニ。
「せっかく出してくれてるから、悪いなと思って」
「いいよ、そのくらい。何でも食べてるから好き嫌いないのかもって思ってた。他は? もうない?」
「好きなものなら……」
話しながら歩くと、久方ぶりの
「教えて」
「そりゃあ、一番はロニだろ」
ロニを抱きあげて頬を寄せる。
さらさらと揺れる金の髪が、くすぐったい。
「もう、バールったら」
「一番の好物だからな、ちゃんと知っておいてもらわないと」
クスクスと笑うロニを抱きかかえたまま、小屋敷へと入る。
簡素な家具が並ぶダイニングキッチンは、やっぱり落ち着く。
「おかえり、ロニ」
「ただいま、バール」
「ただいま、ロニ」
「おかえり、バール」
小さく口づけを交わし、額を合わせる。
「そろそろ下ろしてよ、バール」
「このまま部屋に行こうかと思ったんだが……」
困ったように照れ笑いするロニが、廊下の先を指さす。
「それも魅力的だけど、まずはお風呂。あと、ご飯。」
「そういえば、腹が減ったな」
昼はザガンと一緒に豪華な弁当を食べたが、少しばかり量が足りなかった。
「ベーコンあるし、乾燥野菜もあるからスープにしちゃおう」
「パンもあるしな」
帰りに立ち寄ったタルザックで、俺達はモルクと再会した。
村はいくぶん復興していて、無事だった窯を使ってモルクが大きなパンを焼いてくれたのだ。一つはその場で食べて、一つは持って帰ってきている。
そう言えば、領主のザガンは次の村長をモルクにさせるつもりだといっていた。
村長の家系の幼馴染とはいい仲っぽかったし、モルクならいい村長になるだろうと思う。
「何か手伝うか?」
「いいよ、大丈夫。座ってて」
ちょいと椅子を指さされたので、おとなしくしておくことにする。
座ってしばらくすると、ロニが湯気のたつお茶を出してくれた。
「お疲れ様、バール」
「おう、ありがとう。こうやってここで茶を飲むのも二ヵ月ぶりか……」
「季節が変わっちゃうね。もうすぐ秋だよ」
このスレクト地方一帯は、曖昧ながらも四季がある。
あと一月もすれば秋の風が吹き始めるだろう。
「冬になる前に仕事をこなしておかないとな」
「そうだねー……二、三日休んだら、冒険者ギルドに行ってみよっか」
「ああ、それがいい」
茶を喉に流しながら、ふと考える。
……〝勇者〟か。
ガラではないが、ロニが〝聖女〟としての運命を背負うなら、俺もつき合おう。
〝勇者〟などではなく、ロニが信じる俺として。
どうせ、難しいことなどできやしないのだ。ただ、シンプルに叩き潰して前に進むしかない。
「バール、スープできたよー皿だしてー」
「おう」
そう、こんな小さなやり取りを、守るためにも。
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