第38話 バール、遭遇する

 真実を知った俺の歓迎パーティから数日が過ぎた。

 その間、俺はというと、ザガンの屋敷でだらだらと過ごしたり、ロニと名所めぐりをしたり、時々黙って抜け出しては本場王都の冒険者ギルドで簡単な依頼をコツコツとこなしたりした。


「バール殿。問題なく終わったぞい」


 ある朝、朝食を共にするザガンがそんな風に言った。


「終わった?」

「ああ、そうとも。リードリオンを〝勇者〟に据えることが正式に決まった」

「そうか。これで厄介な話とはおさらばだな」


 ザガンが俺に苦笑を漏らす。


「本当に君は〝勇者〟に興味がないんだの」

「昔は俺だって憧れていた。だが、マーガナスが介入してきて、『パルチザン』がおかしくなってから思ったんだよ……」


 俺用に分厚く切り落とされたハムを一口齧って続ける。


「──これは、俺向きじゃないなって。国の代表だとか、名誉がどうとかってピンとこねぇよ。冒険者は自由じゃなきゃいけないのに、そんなしがらみは必要ない」

「違いない」


 満足げにザガンが笑う。


「サルヴァンもうまく動いてくれたようじゃ。ロニ殿の〝聖女〟認定はもう解除されておるはず」

「そうなの? 次の〝聖女〟は誰がやるのかな?」

「どこぞの貴族がごり押しで娘をねじ込んできたからその娘にしたらしいぞい」


 そんな適当な話があっていいんだろうか。

 国と教会の癒着甚だしいな。


「これで、とりあえずは一段落かの」

「ああ。片付いたなら早々に俺達はトロアナに戻るとするよ」

「何じゃ、もうちっと王都におればよいではないか。冒険者ギルドがあるのだし、ここでも冒険稼業はできよう?」

「トロアナには俺達の家があるんだ。静かでちょっと埃っぽいけど、居心地のいい家がさ」


 それに王都ここは小奇麗で整然とし過ぎている。

 道行く人々はどこかお互いに無関心で、大通りにいてもどこか孤独感を感じさせる。

 つまり、俺の居場所じゃないんだろう、ここは。


「まぁ、帰るにしても少し待ってはどうかの?」

「まだ何かあるのか?」

「じきに〝勇者〟の式典がある。見届けてから帰ってはどうかと思っての」


 〝勇者〟リードリオンの誕生か。

 正直、今でもぶっ殺してやりたいと思うが……けじめとして見届けてもいいかもしれないな。


「どうする? ロニ」

「わたしは、いいと思う。それに、お土産もかいたいし」

「そうだな、もうしばらく厄介になるとするよ」


 ザガンにそう告げて、俺達は勇者の式典まで王都を楽しむことに決めた。


 ──そして、一週間後。


 予定通り午前中に行われたに〝勇者〟リードリオンの宣誓式典を遠目に観覧した俺達は、人混みを避けて昼過ぎになってから王都の大通りへと繰り出していた。

 式典については、特になんの感慨も浮かばなかった。

 強いて言えば、リードの隣に立つやけに飾りつけされたボリューミーな女が新しい〝聖女〟らしいと聞いて、少しばかり同情したくらいだ。


 大盛況のうちに終わった勇者の宣誓式典の影響で、通りにはまだ多くの屋台が並んでおり、商売っ気を出した店が、『勇者セール特価』なんて看板を掲げている店も多い。


「お土産は何にしようか?」

「俺にはわからん……ロニ、何か適当に選んでくれ」


 せっかくの王都なので、なにかトロアナでは手に入りにくいものでも……と大通りをうろうろしているものの、なかなか適当なものが見つからない。


「わたしはもう、いろいろ買っちゃったからなー。服とか、帽子とか、アクセサリーとか。バールが欲しいものを買えばいいと思うよ?」

「そうはいってもなぁ……武具、はボッグさんがいるし、ああ、そうだ。魔法薬ポーションとか魔法道具アーティファクトが売ってる店がいいな」


 一瞬ロニが、怪訝な顔をする。

 俺の無駄遣いを咎める気だろうか……?


「何が買いたいの?」

「ほら、『送風機』とか勝手に水が溜まる貯水タンクとかあるだろ? ああいうのはトロナじゃなかなか出回らないからな」

「確かに、いいかも!」


 ロニが少し考えて、花のように笑った。

 帰ったら、またロニと二人の冒険者生活が始まると思うと俺も思わず笑顔になる。


「そういうのは、多分こっちだと思う」


 手を引かれ、大通りを行く。

 つながれたロニの、柔らかな手の感触をふにふにと握って確かめる。


「なーに?」

「いや、ロニだなぁと思って」

「なにそれ、変なの。あ、そういえば……」

「ん?」

「教主様に、『結婚式はいつですか』って聞かれたよ。自分が取り仕切るって張り切ってた」

「いつにするかなぁ……。いつがいい?」


 俺の質問に、ロニが蕩けたような、甘くやわらかい表情をして俺を見上げる。

 これは、誘導されたか……?

 しまった、ちゃんとしたプロポーズは帰ってからと決めていたのに!


「んふふー。バールったら──……」

「バァールッ!」


 聞こえた声にびくりと肩を震わせたロニを、背中にかばう。

 相変わらず空気の読めないやつ。


「リード……!」


 怒りに顔をゆがめたリードが、こちらに向かって歩いてくる。

 朝方に式典で見たが、どうしてこんなところにいるんだ。


「どうしてなんだ……」


 俺を睨んだまま、リードが自問するかのようにぼそりと呟く。


「僕は勇者になった」

「そりゃ、おめでとうよ。なら、もうに関わらないでくれ。勝手に〝勇者〟をやってろ」


 少しばかり殺気を撒きながら、リードを睨み返す。


「ロニ、どうしてそいつなんだ! あんなに愛し合ったのに!」

「冗談でも気持ちの悪いこと言わないで! わたしが愛してるのは、バールだけだよ」


 言い争いに周囲がざわつく。


「また、バールか……ッ! バール、なんでお前なんだ。お前なんて、僕よりずっと劣ったジョブしかない、底辺じゃないか。ロニは、僕にしか幸せにできない!」

「今度こそ死にたいのか? 失せろ。勇者叙勲の祝いに、今日は見逃してやる」


 俺の言葉が終わるや否や、激昂したリードが妙にきらびやかな剣を抜いて突進してくる。


「お前さえいなければ!」

「俺がいなくてもお前はクズのままだッ!」


 振り下ろされた剣を金梃で叩き折り、怯んだリードの腹を蹴り上げる。

 周囲の建物の屋根の高さほどまで飛び上がったリードが、放射線を描いて十数メートル先に落下した。


「約束だからな、今回は見逃してやる。──次は、ない」


 呻く勇者リードをその場に残して、俺達はざわつく大通りを後にした。

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