第37話 リード、勇者になる

 ※リード視点です



「──よって、【パラディン】リードリオンを今代の〝勇者〟に叙勲し、『メンティラ』の家名を与える。今後はリードリオン・メンティラ名誉爵を名乗り、〝勇者〟として国と民に尽くせ。聖剣をここに」


 王から、〝勇者〟の証である『聖剣』を下賜され、僕は跪いて首を垂れたままそれを受け取る。


「はッ。ありがたきしあわせ」


 付け焼刃ではあるが、マーガナスに教わった通りに出来ているはずだ。

 いくつかの決まった儀式を、教えられたとおりに僕はこなしていく。


「では、〝勇者〟リードリオン。明日、国民へのお披露目の式典があります。準備があるのでこちらへ」


 ひと段落着いたところでマーガナスに促され、僕は王の間を一礼して退出した。

 着なれない〝勇者〟用の儀礼服を纏ったまま、一切の汚れがない王城の長い廊下を歩く。

 すれ違う使用人や兵たちが、立ち止まっては頭を下げるのは気分がいい。


「今日はこのまま王城に泊まることになります。明日の朝のスピーチは頭に入っていますか?」

「当然だ。しかし、どうして急に〝勇者〟の選定が終わったんだ? 僕が〝勇者〟になるのは当然だが、複数の候補者がいたんだろ?」


 先日はバールに油断から後れを取ったが、僕以上に相応しい候補者なんているわけがない。

 そもそもあれだって、バールがロニを人質にしていたから本気を出せなかっただけの話だ。

 僕があのバカで粗暴なバールに劣っているわけではない。


「今まで首を縦に振らなかった者達が、あなたを〝勇者〟になることを急に認めたようです。おそらく、他の候補者がぱっとしなかったんでしょう」


 上機嫌な様子のマーガナスが眼鏡をくいっとあげる。

 〝勇者〟を見出した【賢者】として、こいつも評価されたらしい。


「ああ、まだおられましたね。よかった」


 廊下を歩く僕たちを、後ろから誰かが呼び止めた。


「サルヴァン教主。どうされたのですか?」


 教会の最高指導者、サルヴァン師は僕を〝勇者〟とすることに、今回賛成してくれた一人だと聞いている。

 教会最高指導者も、やはり僕を認めているのだ。


「明日の式典の事なのですが、〝聖女〟も同席します。よろしくお願いしますね。よい、お披露目となればいいですね」


 それだけ告げると、サルヴァン師はすぐに廊下を引き返していった。


「聞いたか、マーガナス。ロニが来てくれる。やはり僕が〝勇者〟となったから、思い直してくれたんだ」


 怪訝そうな顔をしていたマーガナスの肩をゆする。


「ついに僕が……〝勇者〟として民衆に祝福されるんだ。そういえば、『パルチザン』はどうなるんだ? 恥知らずのヴィジルが抜けて、ダールモンは助からなかったが」


 口に出すと、沸々と怒りがわいてきた。

 あのヴィジルという恩知らずは、『パルチザン』に置いておいてやっていたのに、言うに事欠いて「バールと冒険したいんでな」などと抜かして、パーティを脱退した。

 そして、ダールモンはあのバールがふるった凶器によって、帰らぬ人となった。


 バールというやつは本当に、僕の邪魔しかしない。


「そうですね、〝勇者〟パーティとして新しく人員を募集しましょう。すでに、〝勇者〟パーティに入りたいという打診もいくつかきていますよ」

「ああ、メンバーについてはお前に任せるよ」

「承りました。〝勇者〟リードリオン」



 *  *  *



「どういうことなんだ! マーガナス!」


 勇者の宣誓式典を終え、メンティラ名誉爵の仮の拠点として準備された屋敷に戻ってきた僕は、怒り心頭だった。

 式典当日の今日、サルヴァン師が〝聖女〟として連れてきたのは、ロニと似ても似つかない女だったからだ。


 分厚い化粧をして香水の匂いをプンプンさせる、不健康に白く肥えた女。

 そいつが僕に粘着質に笑いかけた時は、吐くかと思った。


 なんとか拒否したかったが、教会が〝聖女〟として〝勇者〟の式典に連れてきた以上、断ることは難しかった。

 しかも、マーガナスによると、その女は僕を〝勇者〟に推した有力貴族の娘であるらしい。

 時間的にも現れたのが式典開始ギリギリだったこともあり、僕は何ともできずにその自称〝聖女〟と共に壇上に立ち、暗記した〝勇者〟の宣誓を口上する羽目になってしまった。


「〝聖女〟はロニだろう?」

「いいえ、確認しましたが……教会による選定ミスがあったと報告がありました。つまり、ロニ・マーニーは〝聖女〟ではないということです」

「そんなバカなことがあるか!」


 おかしいだろう。

 〝聖女〟がロニじゃないなんて、そんなことあるはずがない。


「教会の要請と王命により、すでに〝聖女〟であるメルビン伯爵令嬢の『パルチザン』加入は決定しています」

「あんな白豚が何の役に立つ!」

「口を慎みなさい、リードリオン。どこで誰が聞いているか……。あなたは〝勇者〟であり、名誉爵を受けた貴族でもあるのです。これからはただの冒険者の様にはいかないんですよ?」

「わかっている!」


 苛々が収まらない。

 〝勇者〟になったのに、どうして何も思い通りにならないんだ。

 今日という日を待ち望んでいたはずなのに。


「なんにせよ、しばらくは式典や祭儀、面通しがあります。〝勇者〟としてのあなたの今後に関わりますから、言動には気を付けてくださいね」

「ああ、わかった……」

「その際はメルビン伯爵令嬢も〝聖女〟として同席します。教会への配慮も、メルビン伯爵様への配慮も必要ですから、できるだけ打ち解けておいてください」


 あの、香水臭い白豚女と?

 冗談もほどほどにしてほしい。


「早速この後、メルビン伯爵令嬢からお忍びでの王都散策のお誘いが来ています」

「勘弁してくれ。どうして僕があの女の相手をしなくちゃいけない」

「〝勇者〟としての仕事ですよ、リード。あなたを〝勇者〟に推した方々の顔を立てねばなりません。しっかりとエスコートしてくださいね」

「……ッチ。わかったよ」


 そう返事した途端に、屋敷の玄関がノックされた。


 * * *


「リード様ぁ? これはどうかしらぁ?」

「いいんじゃないでしょうか」


 重い気持ちのまま、歩くのすら鈍重なこの自称〝聖女〟と王都の大通りを散策する。

 なんだって僕がこんなのとお忍びで王都散策をせねばならないのか。

 隙あらばべたべたと身体に触れようとする香水臭い豚女をいなしながら、きらびやかな王都の街を見回す。


 この美しい街並みをロニと歩ければ、どんなによかっただろう。

 ……そう考えた瞬間、遠目に黄金の髪がちらついた。


「ロニ……?」


 ウィンドウの宝石に食い入る白豚を置き去りにして、僕はその黄金を追いかける。

 間違いない、絶対にロニだ。


「ロニ、ロニ……!」


 追いついた僕の最愛の恋人は、僕が最も憎い男と手を繋いで、僕に向けたことのない笑顔を浮かべていた。

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