第36話 バール、選ばれる

「どういうこと? 教主様」

「そのままの意味ですよ、ロニ。あなたは『〝勇者〟を選ぶ力』があるのです」

「わたし、そんなの知らない……!」


 混乱するロニに、小さく手を差し出して落ち着くように促すサルヴァン。


「当然です。知られてはいけなかったのです。誰にも、お前にもね」

「ならどうして、今話してるんだ?」


 俺の質問に、サルヴァン教主がご機嫌に笑う。


「ロニが、あなたを連れてきたからですよ」

「俺……?」

「シンボルではない真の〝勇者〟の選定は、ロニが自然に行わなくては意味がありません。さまざまな先入観やしがらみなく、【聖女】としての力に任せ心のままに選ぶ必要がありました」


 しかし、ロニは『パルチザン』に行くように誘導されていたはずだ。

 あのリードのくそ野郎の隣に立たせるために。


「言いたいことはわかる。ワシら貴族の意図が介入しておることだろう?」

「ああ」

「あのリードリオンという若者は、貴族たちに丁度良く映ったのよ。神の加護を受けた【パラディン】というジョブ、特別なスキルの『神聖変異』、ルックスや冒険者としての実績もな。きっと彼に違いない、と誰もが先入観を持った」


 ザガンの説明を客観的に聞けば、なるほどという気もしないでもない。

 希少性や話題性という点で、リードは他より一歩抜きんでた存在だった。


「わたし達教会は反発しました。しかし、一応、ロニに聞いてみることにしたんですよ」

「たしかに、わたし……オーケーした」

「ええ。王国サイドも、教会サイドもそれですっかり勘違いしてしまったんです。リードリオンがきっと〝勇者〟なのだと」


 教主が俺を見る。


「ですが、違いました。ロニが、【聖女】が選んだのは、バールさん……あなただった」


 あれ、何かまずい気がする。

 風向きがおかしい。


 その期待のこもった目はなんだ。


「ロニが何もかも投げ出してもあなたに、というのは……そういうことなのでしょう。教会は歓迎しますよ。──〝勇者〟バール」


 部屋が沈黙に包まれる。

 今なんて言った?

 『〝勇者〟バール』って言ったのか?


「待て、どうしてそうなる」

「運命なんてそんなものですよ。さぁ、頑張りましょうね、〝勇者〟バール」


 にっこりと笑いながら、教主が圧をかけてくる。


「俺はロニが好きだし、守りたいってのはマジだ。だからと言って俺が〝勇者〟とはならんだろう!」

「歴代の〝勇者〟はみんな代々の【聖女】といい仲でした。他に〝勇者〟がいたらロニがとられてしまうかもしれませんよ?」

「そんな〝勇者〟すり潰してやる……!」


 思わず殺気を撒き散らしてしまう。


「だいたいあなた、ロニを抱いたんでしょう? 責任をとってもらわないと……」


 おどけるような教主にため息を吐きながら、俺はロニに向き直る。


「……って話だけど、どうなんだ?」

「わかんないよ、そんなの。せいぜいちょっと強力な【司祭】ジョブだと思ってたし」


 二人で顔を見合わせて悩む。


「わたしが、その……バールに恋したのは、【聖女】になる前だから。だから、【聖女】だからバールを好きになったわけじゃない」

「この際、白状する。同じくだ」

「ほんとに?」

「ああ」


 ロニが軽い抱擁をして来たので、それに応じる。

 温かくて柔らかい、かわいい生き物。

 ずっと前から両想いだったなんて、なんて奇跡だろう。


「おっと、二人の世界はもう少し後で頼みますよ。それで、決心はつきましたか?」


 ずずいと迫る教主の鼻先に、人差し指を立てる


「まぁ、〝勇者〟だなんだはともかく、俺は冒険者だ。世界の危機か何か知らないが、ギルドに依頼を送るか、俺に直契を出してくれれば金と『冒険者信用度スコア』の為に働くさ」


 俺の返答に、教主とザガンが顔を見合わせて笑いだす。


「ザガン、ザガン。聞きましたか? 今代の〝勇者〟はとてもユニークな人のようだ」

「いいや、これが正しいのだよ、サルヴァン。名誉でも栄光でも地位でもない。地に足をつけた『人』の言葉だとも」


 ひとしきり笑った後、サルヴァンが俺に向き直って笑顔のまま問う。


「それで? いくら払ったらいいんですか? 〝勇者〟バール」

「〝勇者〟っていうな。ま、成功報酬で考えてくれりゃいいよ。何が相手かわかったもんじゃないしな」

「手付金で、ロニを差し上げましょう」

「悪がそれはもう俺のもんだ。別のモンにしてくれ」


 俺の腕に収まったままのロニが、ちらりと教主を見て得意げな顔をする。

 そして、教主はそれにまるで親のような柔らかな笑みを浮かべた。


 ああ、そうか。

 きっと、孤児だったロニにとって、このサルヴァンという人物は親のようなものなんだろう。

 そして、きって教主にとっても。

 長いのか短いのかよくわからない三年間。俺と離れていた三年間に、きっとこの二人にしかわからない時間の共有があったに違いない。


「まぁ、報酬はおいおい考えるとして……。あとはこれをどう認めさせるかです」

「そうだの。リードリオンを起用してゲオルジュの面子を立てたい連中は、認めないだろうしの」

「ですが、ロニが選んだ以上、バールさんが〝勇者〟なのは間違いないですよ?」


 俺達をほったらかして喧々囂々と議論する二人。

 貴族というのは面倒くさいんだな。

 ……そうだ、ただの面子の問題なのであれば。


「なぁ、称号だけくれてやるわけにはいかないのか? さっき自分たちで言ってたじゃないか。シンボルの〝勇者〟と〝聖女〟を立ててたって」


 議論していた二人が、こちらにくるりと視線を向けた。


「それだ! いや、いいのか? バール殿は……」

「〝勇者〟の称号なんていらねぇよ……。俺は冒険者のバールでいいよ」

「わたしも。〝聖女〟は別にいいかな。バールと一緒にいるには、むしろ邪魔だしね」


 俺達の意見に、ふむ……と考える二人の悪い大人。


「よし、ではこうするとしよう……」

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