第35話 バール、教主の話を聞く

「サルヴァン、来おったか」

「呼んだのはあなたでしょう、ザガン」


 初老の男二人が、拳を打ち合わせる。


「サルヴァンです。教主などという役を仰せつかっています」


 握手を求められ、思わず握り返す。


「君がバールさんですね。ロニからよく話を聞いていましたよ」

「ちょっと、教主様……」

「いいじゃないですか。あなたの冒険譚にいつも出てくる彼が目の前にいる。私の気分も盛り上がるというものです」


 柔和に笑いながら、ロニの頭に手を置くサルヴァン。


「〝聖女〟ロニ・マーニー。私は、事実と真実と虚実とを耳にせねばなりません。あなたに、告げるべき事実を告げずに送り出したことを、許してください」

「教主様?」


 サルヴァンが目配せすると、ザガンが周囲を見回して小さくうなずいた。

 どうにも、ややこしいことが起りそうな雰囲気だ。


「バール殿、ロニ殿。こちらへ」


 会場を後にして、ザガンとサルヴァン教主と共に屋敷の奥へと進んでいく。

 貴族の屋敷というのは広い。


「どこに?」

「聞き耳を立てられんところだの」


 先頭を歩くザガンが、ある一室の扉を開ける。


「何かまずい話か?」

「受け取る者次第といったところでしょうか」


 俺達を中に促しつつ、サルヴァン教主も部屋へと入り、最後に入って来たザガンが扉を施錠した。


「この部屋なら声が漏れることはない。サルヴァン、よいぞ」

「迷惑をかけるね」


 対面に座る俺達に、柔和な笑みを浮かべた教主は「さて」と切り出した。


「まずは現状の確認からです、ロニ」

「はい」


 妙にしおらしいロニが、素直にうなずく。


「あなたは、指示された『パルチザン』への加入を反故にしましたね?」

「はい、しました」

「ちょっと待ってくれ、ロニは……」


 弁護しようとする俺を、片手で留めるサルヴァン。


「責めているわけではありません。ただの事実確認です。では、真実の確認へ参りましょう。なぜ、『パルチザン』に加入しなかったのですか?」

「バールに、ついて行くためです」

「彼に、ついて行くのは教会の仕事よりも大事なことでしょうか?」


 サルヴァンの言葉に、ロニは正面からうなずいた。


「バールと一緒にいるのがダメっていうなら、わたしは教会もやめます」

「早とちりはよくないですね、ロニ。あなたにとっての『真実』を確認したいのです」


 同行したものの、俺は問答を聞いているしかない。

 しかし、教会の最高指導者が一体何だってここまでロニにこだわる?

 〝聖女〟ってのはそこまで重要な存在なのか?


「バールと一緒にいたいから、わたしはバールについて行ったんです」

「もう一度聞きますよ、ロニ。それは、教会の仕事や〝勇者〟と共に在ることより重要なことなのですか?」

「バールと一緒にいること以上に、重要なことはありません」


 ハッキリしたロニの物言いに、サルヴァンは柔和に頷く。


「界隈で耳にする、誘拐や脅迫といったことではないのですね? ロニ」

「わたしは、わたしの意思でバールと共に生きることを選びました」


 ロニが、隣にいる俺をちらりと不安げに見上げたので、それに頷き、手を握る。

 大丈夫だ。どうなったって、俺が一緒にいる。


「では、バールさん。次はあなたに問いましょう」

「俺もか? いいとも、何でも聞いてくれ」

「ロニをどう思いますか?」


 これが直接的な意味を指すのか、概念的な意味を指すのかよくわからない。

 だから、俺は正直に答えた。


「大事なひとと思っている」

「どのくらい? 命をかけられますか?」

「容易いな」


 間髪入れない俺の言葉に、一瞬詰まるサルヴァンとザガン。


「どのくらい、と言ったな?」


 チリチリとした俺の殺気が部屋を満たしていく。


「……『全部、殺せるくらい』だ。ロニを傷つける全てを丸ごと叩き潰す、死ぬまで殺す」

「結構。ロニ、あなたの恋人は少し狂暴ですね。ベッドの上では優しくしてもらいなさい」


 俺の殺気に眉一つ動かさず笑うサルヴァンに、ロニが顔を赤くする。

 どこまでばれてるんだ……?


「ほらみろ、サルヴァン。ワシの目は確かだろう」

「何を自分の功績みたいに言ってるんです」


 ため息を一つついたサルヴァンが佇まいを直す。


「ロニ、バールさん。これから話すことを、心して聞いてください」


 柔和な教主が、キリリとした表情でこちらを見て、すこし間をおいて口を開いた。


「二人とも、〝勇者〟が何かを知っていますか?」

「称号だろ? 国が選ぶ」

「それはある意味正しい。国王が、宣言し叙任する〝勇者〟。ですが、正確には違うのです」


 ロニと二人、顔を見合わせる。


「違う?」

「はい。〝勇者〟と〝聖女〟が一組のように謂われるのは、旧い伝承において、そのように記されているから……そして、この二つが一揃いなのには理由があります」


 教主は語る。


「時に、この世界は人を淘汰せんとする波を起こします。それは自然災害であったり、外世界からの侵略であったり、大きな戦争であったりします。そして、それに対する対抗策カウンターとして〝勇者〟が世界に選ばれます」

「それは、国王様が選ぶんじゃないのか?」

「平時は、それでいいのです。シンボルとしての〝勇者〟称号だけのお飾り。そして、その隣に並ぶのも、また〝聖女〟の称号を持ったただの【僧侶】や【司祭】でいい」


 少し間を置いて、教主がロニを見る。


「……しかし、神託が下ってしまった。ロニ、お前の事ですよ。お前のジョブは【聖女】。真なる〝聖女〟のみがこのジョブとなります」

「たしかに、【司祭】からいつの間にか【聖女】になってたけど……」

「シンボルの〝聖女〟ではなく、ジョブとしての【聖女】が現れたということは、近いうちに〝勇者〟を必要とする大きな何かが起きるということです」


 俺たち二人を見て、教主が柔和に笑う。


「……もうわかりましたね? 〝勇者〟を選定するのが、【聖女】の役割でもあるのです」

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