第34話 バール、パーティーに出席する

 現在、ザガン・バーグナー伯爵邸では盛大にパーティが行なわれている。


 ……こんな規模だとは聞いていないぞ!

 と、心の中で愚痴をこぼしながら、俺はカチンコチンになって、錆びた滑車の様に会場でたたずむ。


「バール、大丈夫?」

「大丈夫くない」


 俺の様子にクスクスと笑うロニは、少し変わった司祭服を着ている。

 普通の司祭服よりも軽やかで、どこか女性らしさを感じさせる工夫が施されたデザイン。

 右腕には、ヴィジルから送られた俺と同じ腕輪が光っている。


「バール、ただの立食パーティーだ。緊張しないで酒でも飲んでろ」

「そうはいっても、周りがキラキラしすぎて落ち着かない!」


 並ぶ料理も見たことがないものが多く、一体どうやって食えばいいのか……むしろ食っていいのかすら俺にはわからない。


「おお、バール殿。似合っているじゃあないか」

「ザガン、聞いてないぞ。ちょっとしたって言ってたじゃないか」

「ちょっとしたものさ。踊りもないし、立食だし、主催者挨拶もない。ホームパーティーさね」


 これが、貴族って奴か……!


「やぁ、伯爵。客人を紹介してくれないか」


 肩を掴んで揺さぶってやろうかと思っていたら、ナイスミドルな人物が近づいてきて、ザガンに挨拶した。


「や、ラザール卿。よく来てくれた。彼が主賓のバール殿だ」

「バ、バールです」


 急に紹介され、なんとか丁寧口調で返事をする。

 ケツのあたりがむずりとするが。


「私はベルモント・ラザールという。東の方でワインを作っている貧乏伯爵さ」

「ラザールワインの……」

「冒険者のバール殿にも知ってもらえてるってことは、私の事業も進んだってことだね」


 今まで上流階級だけの飲み物だった『高貴なる血ワイン』を、大量生産で安価に流通させたものが、ラザールワインだ。手ごろな価格で、結構うまい。

 市民の間でワインといえばラザールワインの事を指すほどだ。


 当然、俺も好んでよく飲むし、ロニなど瓶ごとラッパで飲んでいる時すらある。 

 〝聖女〟にあるまじき姿だとは思うが、逆にロニだと思えばそれも納得だ。


「そちらのお嬢さんが〝聖女〟ロニさんだね?」

「ロニ・マーニーです。伯爵閣下」

「かしこまらないでくれよ。しかし、なるほど……うん、いいね」


 ラザール伯爵が俺たち二人を見る。


「なにか?」

「いいや、君たちがとても自然だったから。毎日のように木々を見る私のような人間はね、ちょっとした不自然さがとても目に付くのさ」

「と、いうと?」

「君たちがお似合いだってことさ」


 軽く会釈したラザール伯爵が会場のいずこかへと去っていく。

 貴族のわりにフランクの人だった。

 おかげで少し、緊張がほどけたような気がする。


「あら、バーグナー伯爵様。そちらが噂の……」


 一人去ったかと思ったら、また一人とひっきりなしに俺達の前には貴族たちが来た。

 貴族はいけ好かないものと決めつけて気を張っていたが、意外にも好意的な彼らと少しだけ話すことができた。

 彼らが田舎者で粗忽者の俺に気を遣って話題や言葉を選んでくれているのは、話していればわかる。

 中には、今度は自分の屋敷に遊びに来いと誘ってくれる者もいた。


「おっと、バール。ここからは少し気を張れ」

「ん……?」

「『敵』だよ」


 ヴィジルのささやきに、こちらへ歩いてくる男を見る。

 痩せぎすで長身、神経質な目。

 どこかで見たような雰囲気の男だ。


「お招きいただきありがとう、バーグナー伯爵」

「お越しいただき恐縮です、ゲオルジュ侯爵様」


 ザガンにしても、緊張感が他の貴族と全く違う。


 粗探しをするような不躾な視線がこちらに注がれたのを見て、小さく会釈する。

 侯爵ともなれば膝をついて礼をするべきなのかもしれないが、あいにく俺は金と『冒険者信用度スコア』に傅く冒険者だ。

 必要以上にへりくだることはしない。特にマーガナスと同じ家名を持つ者にはな。


「君が噂の冒険者か」

「ああ、噂は知らないが、俺が冒険者のバールだ」


 俺の返答に、眉をひそめるゲオルジュ侯爵。

 お前の息子には散々煮え湯を飲まされてるんだ。

 俺に気遣いを求めるなよ?


「礼儀を知らん奴だ」

魔物モンスターと戦うには必要ないんでな」

「その冒険者風情が、今日は良い服を着ているな?」

「ああ、んだ」


 会場が一瞬、ざわりとどよめいた。

 さて、服を褒められたらこう答えろと言われていたが。


「……失礼をする」


 何やら不機嫌になってしまったゲオルジュ侯爵を見送って、妙にニヤニヤとしたザガンを見る。


「不敬だったか?」

「不敬ではあるが、そこではなかろうて。くっくっく。バール殿はエンターテイメントを心得ているの」


 ザガンがいやらし気に笑う。


「なんだってあんなに不機嫌になったんだ?」


 俺の言葉に、ザガンが人差し指を振って説明を始める。


「貴族社会で想い人にドレスを送る男は多いが、服を想い人に選んでもらえる男というのはそうおらん」

「そうなのか?」

「そうとも。貴族社会で女が服を男に選ぶのは、成人前の自分の子供と夫……そして、婚約者だけよ」


 ここで、ザガンが言わんとすることがわかって、思わずロニと二人顔を見合わせて赤くなる。

 つまり、ロニが俺の礼服を選ぶというのは、周囲にだとアピールするということに他ならない。

 そして、図らずも俺達はそれを公衆の面前で大っぴらにしてしまったのだ。


 くそ、そう言えば呉服屋の店主も妙に生暖かい目で見ていたと思った!


「いや、バール。今のはなかなか必殺クリティカルだったな」

「ヴィジル、俺にわかるように説明してくれ……」


 これ以上、恥ずかしいのはごめんだ。


「さっきの男はマーガナスの父親で、リードを〝勇者〟に据えたい急先鋒なんだよ。自分の息子が〝勇者〟を見出し、導いたとなれば、内部での発言力が上がるからな」

「よくわからんな。俺がロニに服を買ってもらうことと、あいつが不機嫌になることが、どうやったら結びつくんだ?」


「では、それを説明しましょうか。バールさん」


 声をかけられ振り向くと、そこには司祭服をきた初老の男。

 どこかモルクにも通じる柔和な笑みを浮かべた男は、こちらにゆっくりと近づいてきた。

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