第31話 バール、ボルグルを殲滅する

 突然の俺の出現に戸惑ったのか、怯んで動きの止まったボルグル達を金梃で適当に殴り飛ばす。


「すごい数だな」

「はい、群れを見誤りました。大暴走スタンピードレベルですよ」


 モルクの答えに、うっかり笑ってしまう。

 こんな戦場の只中で笑ってはいけないと思いつつも、相変わらずの自己評価の低いモルクがなんだか懐かしくなってしまった。


「違げぇよ。お前が倒したボルグルの数だ。一人でこれだけ仕留めるなんて、やっぱりお前は腕っこきだな」


 『パルチザン』では常に最前線を担った俺だが、モルクとて目立たなかっただけで弱いわけではない。

 例えば、挟撃されたり囲まれた時。あるいは護衛依頼の時。

 モルクの治癒魔法や防御魔法を織り交ぜた粘り強く柔軟な戦い方は、背後を任せるに充分信頼できる堅牢さだった。

 そして、モルクの戦槌メイスは容赦なく、敵を叩き潰す。

 同じ鈍器使いとして、よく酒の席で語り合ったものだ。


 ……だいたい。


 この何百というボルグルの群れに単身で立ち向かい、救援が来るまで耐えきる?

 そんなことができるやつはAランクの冒険者にだってそうはいない。

 数という暴力は、考えている以上に厄介で狂暴だ。


 しかし、それができてしまうのが、元『パルチザン』のモルクという冒険者なのである。


「ここから先は俺達にまかせろ。教会まで下がって、休むといい」

「すみませんが、そうさせてもらいますよ。では、後をよろしく、バール。〝あなたの歩く道に幸福がありますように〟」


 息もきれぎれなのに、相変わらずの柔和な笑顔で<祝福ブレス>をよこすモルク。

 これは、モルクからの期待と受取ろう。

 ならば、仲間の期待には応えねばなるまい。


 さぁ、ボルグルども。

 俺の仲間の故郷に手を出したケジメをつけてもらうぞ……!


「ぐるぁァァッ!」


 咆哮と気当たりを放ち、周囲のボルグルを威嚇する。

 破れかぶれに飛びかかるボルグルを金梃で弾いて殺し、群れの中心部へ俺は突進していく。

 ときおり背後から飛びかかるボルグル達に矢が突き刺さり、絶命させる。

 ヴィジルの狙撃は相変わらずの正確さだ。


 群れの中央を、縦断するようにして進む。

 手当たり次第に、轢き潰し、叩き潰し、捻り潰す。

 一体どれだけいるんだ。

 こんなでかい群れは見たことがない。


 おそらく、頭のいいリーダーがいる。

 この巨大な群れを率いるだけの強さと知恵を持ったボルグルが、どこかにいるはずだ。


「ギャッギャ!」

「うるせぇ。いい加減腹が立ってきた……!」


 腕甲の爪でボルグルを引き裂いて、俺は周囲を見やる。

 すでに百近くはやったはずだが……。こういう時、魔法を使える奴がいればいいんだがな。

 ロニは後方の教会の守りに入ってもらったし、クライス達は別方面のボルグルを殲滅中だ。


 ……ん?

 なんだ、あいつ。


「グルル、ギャッギャ!」


 ボルグルにしてはでかい。

 俺と同じか、もう少し大きいか。

 姿かたちはボルグルに酷似しているが、異様にでかくて……強そうだ。


「おい、ヴィジル。あれなんだと思う?」

「ボルグルだろ。でかめの」

「でかいボルグルっているのか?」

「ベリーガー水路を占拠してたボルグルの中には、いたな。魔法を使ってくるぞ。賢いし、強い。おかげでオレらはクエストに失敗した」


 そりゃご愁傷様。

 まぁ、でも……あいつがリーダーなんだろ。

 強くて知恵があるものがトップ。わかりやすい組織図だ。


「ヴィジル、仕掛ける。援護を頼む」

「あいよ」


 こと遭遇戦が始まってしまえば、余計な作戦はいらない。

 俺のやることといえば『突っ込んで殴る』という極めてシンプルなことに集約される。

 難しいことは、殴った後で考えよう。


「オオォォッ!」


 『狂化』を少しばかり発動させて、体に力を込めた。

 『魔神バアル金梃バール』が俺の意思を読み取ったのか、ずしりと重みを増させる。

 まったく、この相棒はつくづく俺に向いた得物だ。


 沈み込み、膝に精一杯を作って、俺は跳び出した。

 次々とボルグルが俺に飛びかかるが、文字通りに轢死していく。


「おらぁッ!」


 でかいボルグルに、『魔神バアル金梃バール』を振り下ろす。

 ……が、ギリギリところで避けられてしまった。


 <幻影分身ブリンクシャドウ>の魔法か。

 だが、知っているぞ……その魔法、一回こっきりだろ?


「ギャッギャッギャ!」


 隙と見たか、大型ボルグルが突き出してきた槍の先を掴んで、引く。

 人間で戦闘慣れした奴ならここで槍を手放すところだろうが、所詮ボルグルはボルグル。

 直近に引き寄せた大型ボルグルの顔面に、頭突きをお見舞いする。


「ギャゥ!?」


 軽く陥没した大型ボルグルの頭を左手でつかみ上げ、力いっぱい地面にたたきつける。

 ピクピクと痙攣するそいつに、俺は金梃を思いっきり振り下ろした。


 * * *


「ありがとうございました。みなさん」


 ぼろぼろのモルクが、頭を下げる。

 タルザックの住民たちも同じく、俺達へ礼を述べている。


「モルクといったか。貴公の働き、誠に大儀であった」

「いいえ、伯爵閣下。私は、守ることしかできず、守ることも出来ませんでした」


 背後では、殺された者の首を抱えて泣く者の姿もある。

 家々は破壊され、家畜も随分殺されたようだ。

 命こそ助かったとはいえ、被害は大きい。


「復興については、また改めて使いをよこすとしよう。報酬についても、緊急依頼をワシの直契冒険者が始末してしまったので、気にしないでよい。今はただ、生き残ったことを誇るがよい」

「ありがたいお言葉です」


 ザガンが軽く手をあげて、馬車に去る。


「バールさん、ヴィジルさん。本当にありがとう。またあなた達のおかげで命拾いしましたね」

「間に合ってよかったぜ。まあ、お前さんなら籠城してるだろうと思ったが。……打って出てるとは予想外だったけどな」


 ヴィジルの言葉に、モルクがいつもの柔和な笑みを浮かべる。


「私らしくないとは思いますよ。しかし、まさかあなた達が来てくれるなんて。運がよかった……そう言えば、どうしてお二人はこちらに?」

「オレは色々あって、ザガン閣下の付き人みたいなもんをやってるんでな」

「俺は辺境都市で冒険者をやってるんだ」


 軽く経緯を説明して、ロニを紹介する。


「ごめんなさい。わたしのせいで冒険者をやめることになって……」

「お気になさらず。そのおかげで、私は今回故郷を失わずに済みました。きっと神の思し召しでしょう」


 敬虔な【僧侶】と生臭な【聖女】が、聖職者の礼を取る。


「ロニさん。バールさんをよろしくお願いします。いろいろと無茶をされる人なので」

「知ってる。でも、大丈夫。バールは、バールだから」

「左様でございますね」


 ロニと笑い合ったモルクが俺に手を差し出す。


「村が持ち直したら、パンを食べにいらしてください。ロニさんと一緒に」


 その手を握り返して、応える。


「ああ、今回のでタルザックが割と近いのもわかった。お前もよかったらトロアナまで遊びに来てくれ。歓迎するよ」

「ええ、必ず。では、また」


「ああ。〝巡り合わせがよかったら、いつかまた冒険しよう〟」


 俺の言葉に、モルクが困ったように笑った。

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