第29話 バール、仲間の危機を知る

 ザガンとの約束の日。

 黒塗りの大きくて豪華な馬車を小屋敷の前まで乗りつけられた俺は、やや顔を引きつらせながら、丁寧にザガンに挨拶をした。


「おはよござ、います、ザガン……さん?」

「無理しないでいいぞ、バール君。おはよう……それ、いい鎧だの」


 少し目をか輝かせた様子で、ザガンが俺の鎧を見て、馬車の中から俺達に乗るように促す。


「バール、何でフル装備なんだ……」

「冒険者のオシャレは鎧からだろ?」


 俺のジョークにヴィジルが噴き出した。

 相変わらず笑いのハードルが低い。


「違いねぇ。でも、ロニさんはいいのか?」


 いかつい格好の俺に対して、ロニはレースがあしらわれた白のミドルドレスを着ている。

 この開拓村じみた辺境都市でまともな服を探すのはなかなか骨が折れたが、何件か回って、俺が似合うと思ったものを何着かプレゼントした。

 今日は、その内の一着を我が儘を言って着てもらっている。


「バカめ、ロニは可愛らしくしているのが今日の仕事だ」

「お前、性格変わったよな……女房ができると変わる奴はいるが、こうも変わるとは」


 女房と言われたのがお気に召したのか、はにかむような笑顔のロニを馬車にエスコートし、俺も乗り込む。


「これが……貴族御用達か……!」


 床には起毛した絨毯が隙間なく敷かれ、備えられた椅子は革張りで、クッションがこれでもかと置かれており、中央に固定されたテーブルの上には果物と焼き菓子、冷やされた果実酒が乗っている。


「これで全員だね。出発してくれ」


 冒険者ギルドでキャルを拾った高級馬車が、辺境都市を走り抜けていく。

 驚いた……。乗合馬車などとは全く違う。

 椅子のクッションがいいせいもあるだろうが、揺れ自体も少ない。


 全国を舞踏会だのなんだと移動する貴族どもは、長時間馬車に乗って尻が割れないのだろうかと思っていたが、なるほど……納得した。

 これなら何時間乗っていても大丈夫そうだ。


「護衛と合流します」


 辺境都市を少し出たところで一旦停止た馬車に、馬の蹄の音と馬車の音が集まってくる。


「騎士はあまり連れてきていなくてな。『モルガン冒険社』に依頼を通した」

「クライスが来るのか?」

「クライス・モルガンを知っているのか。なかなかのやり手だな、彼は」


 ザガンの視線につられて外を見ると、『モルガン冒険社』の紋章が入った馬車が二台、それに数人の騎士が見えた。

 ……何やら揉めているようだが。


「失礼いたします。」


 騎士の一人がノックと共に、馬車の扉を開ける。


「どうしたね」

「冒険者ギルドからの情報です。ルート上にある集落が魔物モンスターの襲撃を受けているようで……安全の為、出発を遅らるかルートを変更した方がよいかと」

「……どこの集落か?」


 ザガンの言葉に、騎士が答える。


「東のタルザックとのことです」

「タルザックだって?」


 思わず、声が出てしまった。


「どうした、バール」

「ヴィジル、覚えてないのか? タルザックはモルクの故郷だよ!」


 『パルチザン』の元メンバー、【僧侶】のモルク。

 俺と同じ日に『パルチザン』を放逐キックされ、確か故郷に戻ると言っていた。


「どこかで聞いたと思った。君、魔物モンスターの規模と種類は? 対応はどうなってる?」

「現在、状況を載せた緊急依頼が『伝書鳥メールバード』で届いたところだと。魔物モンスターはボルグルとのことで、規模は不明です」


 ボルグルは毛むくじゃらの猿のような姿をした小型の魔物モンスターで、集団で積極的に人里を襲ったりする危険な魔物だ。

 個々の強さはそれほどでもないが、棍棒を振り回す程度の知恵はあり、性格は残忍で狡猾。

 大きな群れになると百以上の数で集落を襲い、人や家畜を餌にする。


「緊急依頼を飛ばすくらいの規模だ。多いに違いない」

「ザガン様、討伐されるまで出発を後らせた方が賢明です」


 騎士が事務口調で告げる。


「貴公は馬鹿か? すぐに馬車を出せ。無辜の領民が魔物に襲われとるというのに、蹂躙され尽くすのを待って出発しようなどと、よくも言えたものだな」

「しかし、ザガン様……!」

「しかしも案山子もあるか。護衛部隊はそのまま討伐部隊に変更。直契だと伝えよ」


 指示を飛ばして、こちらに向き直る。


「閣下、良いのですか?」

「お前までその様な……領主は領民を守るものだ。お前にも働いてもらうぞ、ヴィジル。お前はタダ働きだ」

「そんな無体な……」


 そうは言いつつも、ヴィジルもやる気のようだ。

 モルクは俺達にとって大切な仲間だった。治癒魔法や祝福ブレスで命を拾ったことも、一度や二度ではない。

 きっと、今頃は武器を手に戦ってるはずだ。


「バール君、客として迎えた君に頼むのは心苦しいんだが、手を貸してくれんか」

「俺の仲間のためでもある。任せてくれ。すまん、ロニ。付き合ってくれるか?」

「バールの仲間なんだよね? じゃあ、わたしにとっても仲間だよ。いこう、わたしにも手伝えることはある」


 頷くロニの手を握る。


「領主様、いいんですかい?」


 騎士の後ろからクライスが顔を出す。


「護衛と討伐の二重払いだ。働けよ、クライス」

「承り。ヴィジルおまえに加えてバールもいるなら、ボルグルなんざ目じゃねぇぜ」


 馬車の俺達にちらりと視線をやってから、クライスが離れる。

 間もなくして、クライス率いる『アルバトロス』と『モルガン冒険社』が先行していくのが見えた。

 主君を守る騎士としては、ここがぎりぎりの譲歩だったのだろう。


「馬車を出せ、ワシらも行くぞ!」


 御者に鋭く指示を飛ばすザガンに応えて、この高級馬車が揺れるほどの速度で走り出す。


「間に合うといいがの……」

「現場には経験豊かな元Aランク冒険者がいる。そいつが緊急依頼ってのは、かなり緊急だろうが、判断ミスを犯すとも思えない。ちゃんと救援が間に合うように『伝書鳥メールバード』を飛ばしてるはずだ」


 モルクとて、修羅場をくぐった元『パルチザン』の冒険者だ。

 駆け出しの様に、たかがボルグルと侮ったりはしない。

 先行隊の規模や、栄養状態を見ればボルグルの群れの規模はほぼ把握できるし、モルクはそういった魔物モンスターの知識にも造詣がある。


 時間との勝負にはなるが、絶対に間に合うはずだ。


「モルクの奴なら耐えきるさ。アイツ、籠城戦ではめっぽう強いからな」

「ああ、文字通りパーティの生命線だった。今回も奇跡を起こすさ」


 俺達のモルクに対する評価は高い。だが、その評価は適性だ。

 いつだって柔和な笑顔を絶やさないあいつは、いつだって最後まで俺達の無茶に付き合ってくれた。

 ……そんな粘り強い男なのだ、あいつは。

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