第28話 バール、歌になる

「うーむ……」


 新しく買った革製のトランクを開いたまま俺は唸る。

 着替えなど必要そうなものを諸々詰めてみたが、まだ隙間が多い。

 この隙間がが、どうにも俺を落ち着かなくさせている。


「なぁ、ロニ。王都って何があるんだ?」

「何でもあるよ? なんでも高いけど」


 王都である『シェラタン』は、この辺境都市から街道を東に約二週間ほどのところにある。

 田舎者である俺は一度も行ったことがないが、〝聖女〟であるロニは教会本部があることもあって、一年ほど滞在したこともあるそうだ。


「何を持っていけばいいかわからない……。クエストじゃない旅がこんなに頭を使うなんて考えたこともなかった……」

「ザガンさん、貴族様みたいだし、全部準備してくれると思うよ?」

「それはそれで落ち着かないな」


 俺は依頼クエストに行くとき、一つ一つ必要そうなものを吟味して準備する。

 準備不足で引き起こされるリスクは自己責任だ。

 その準備を丸ごと誰かに投げるというのは、どうしようもなくモヤモヤろしてしまう。


「……よし、決めた。これは王都への護衛依頼だと考えよう」

「わたし達はむしろ護衛される側だと思うけど?」

「それはそうだが、落ち着かないくらいなら準備した方がいいだろ?」


 最後に自分の身を守るのは自分だ。

 それに、今の俺には自分以外にも大事な人がいるのだ。

 おんぶに抱っこで丸腰というのは俺の性には合わない。


「バールがそういうなら、わたしも。準備しに『冒険者通り』に行こっか」

「そうしよう。おやつも買おう」

「銅貨三枚までだよ?」


 さっと上着を羽織って、ロニと二人で小屋敷を出る。

 腰には、買っておいた安物の剣を一本提げておいた。

 『魔神バアル金梃バール』でもいいのだが、あれで人を殴るとうっかり殺してしまう可能性が高い。

 いざとなれば、呼べば飛んでくるし……とりあえずアレはお留守番だ。


「あ、そうだ。市場に行く前にボッグさんの工房に行ってもいいか?」

「完成したの? 鎧」

「ああ。後は細かい調整だけだって言ってたからな」


 件のドワーフ工房は、冒険者ギルドに近い。

 冒険者通りに行くならその道すがらに寄ったほうが楽だし、あまり遅くなると酒を飲んで寝てしまうしな。


 ロニと手を繋いで歩いていると、すれ違う者がたまに軽い挨拶をしてくる。

 こちらも軽く応えるのだが……俺達はこの辺境都市で妙に有名になってしまった。

 『ホテル・フェナンシェ』の大立ち回りを見た野次馬から人伝いに広がり、俺が顔の知らない者まで俺の顔と名前を知っている始末だ。


「ふふふ。バールは人気者だね」

「お前もだろ……。悪いことじゃないが、どうも落ち着かないな」


 ぼやきながらしばらく歩くと、ボッグの店が見えてくる。

 ぱっと見は、粘土壁の小さな店に見えるそこが、この町一番の鍛冶工房だと気付く者は少ない。

 地下に広がる大工房は、一見の価値ありなのだが。


「ボッグさん、来たぜ」

「おう、色男。ようやく来やがったな? 調整したから着けて見ろ」


 煙管きせるを片手にすでに酒瓶を片手に座るドワーフが、カウンターの上にある鎧一式を顎をしゃくって示した。

 フルオーダーなのでなかなか高くついたが、前衛は鎧が命に直結する。

 硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームなんぞが潜む森に出かけるのであれば、相応の装備が必要だ。


「おお、かっこいいね」

「同感だ。デザインはよくわからんが、しっくりくる」


 鎧を装着した俺を見て、ロニがうんうんと頷いている。


「各部の装甲は硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの背の部分を使ってる。裏地は梟熊アウルベアの腹の毛皮だ。柔軟性と耐衝撃性に優れてる。おめーは盾を使うタマじゃなさそうなんで、左の腕甲は盾代わりに使えるように、硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの尾の大鱗を重ねて分厚くしておいた」


 確かに、右に比べると左の腕甲は分厚い印象。

 硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの尾鱗なんて鋼鉄の盾よりも頑丈な代物だ。これで防げなきゃ、盾を持っていても無意味だろう。


「右腕には重量バランスを取るために硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの牙を加工した爪が仕込んである。そこの……そうそれだ。前に動かしてみろ」


 右の腕甲の一部をスライドさせると、カチリと音がしてナイフのような鋭さを備えた四本爪が飛び出た。


「武器がない時や、取っ組み合いになったときにサブの武器として使える。こういうの、好きだろ?」


 ニヤリとボッグが笑う。


「ああ、すごいな。それに軽くて動きやすい……!」

「軽いのは素材の性能だな。付与を引きだしたら『硬化』と『魔法抵抗』が発現した」

「二つも?」


 俺の言葉に気を良くしたのか、ボッグは酒瓶をぐいっとあおって笑う。


「兄ちゃんにも負けてねぇだろ?」

「ああ。こんないい鎧は初めてだ。礼を言うよ、ボッグさん」

「兄ちゃんの紹介状もった奴に、いい加減な仕事はできねぇからな。オレとしても今回は気の張るいい仕事だったぜ」


 代金の金貨を受け取りながら、ボッグが俺に向き直る。


「お前さん、コイツを取りに来たってことは冒険稼業を再開すんのか?」

「いや、野暮用で王都に行くことになってな。それで一張羅を受け取りに来たってわけさ」

「また急な話だな。ま、その鎧ならどこに着ていったって恥ずかしくねぇ。Aランクモンスターの一級素材を使って、このオレが作った鎧だからな!」


 ガンガンと鎧を叩くボッグ。

 確かに最高の仕上がりだ。見る者が見れば、この鎧の価値はすぐにわかることだろう。


「気を付けて行ってこい。傷んだらすぐに持って来いよ、鎧は生きもんだからな」


 ボッグに見送られ、工房を出る。

 昼をやや過ぎて、冒険者通りはそろそろ空き始める時間だが……噴水の広場に何やら人だかりができている。


「何だろ? 楽器の音?」

「歌も聞こえる。【吟遊詩人】が来ているんじゃないか?」


 ロニと二人、冒険者通りに行くついでと覗き込む。


「ああ~囚われし~太陽の聖女~♪ 英雄の胸に~♪ 飛び込んでぇ~♪」


 ……ッ!?


「おお、本人様方の登場だ!」

「バール、お前らの詩だってよ、聞いていけ!」

「~~♪」


 俺達の登場にわく観客たちと、テンションが上がったのか楽器を派手にかき鳴らす吟遊詩人。


「……勘弁してくれ!」


 ロニの手を取り、さっと抱え上げて走る。

 思わず、すっかり買い物の事を忘れて小屋敷まで戻ってきてしまった。


「あはははは! びっくりしたね!」

「笑い事じゃないぞ。まったく……」


 そうぼやきつつも、思わずロニと笑い合う。

 自分が詩人に歌われるなんて、思ってもみなかった。


「わたしは聞きたかったなー……今度ゆっくり聞きに行こ?」

「一人で頼むよ、恥ずかしくて仕方がない」

「そう? でも、きっともっと恥ずかしいことになるんじゃないかな……」


 ロニの不穏な言葉を不思議に思いつつも、俺は怖いので詳細を聞くのをやめた。

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