第27話 バール、謹慎する

 事件から一週間後。

 俺とロニは、小屋敷に戻って朝のお茶を楽しんでいた。


「なかなか冒険者稼業を再開できないね」

「まあ、金はまだある。今はしばらくロニとゆっくりしたい」

「賛成。でも、ひまだー」


 そうぼやくロニに苦笑しながら、先日の事を思い出す。

 あの後は、なかなか大変だった。


 警邏隊が目にした現場は、壮絶の一言だったと思う。

 ホテルにできた大穴、血を吐いて瀕死で気絶する高位貴族の国選冒険者、大変凄惨な状態で転がる本人確認が困難な状態の【魔法戦士】だったモノ。


 高級ホテルの整えられた石畳はほうぼうひび割れて血で汚れ、周囲を埋め尽くす興奮した野次馬……駆け付けた警邏の者達は、カオス過ぎてついていけなかったに違いない。


 当然、俺はその場でまた拘束され、また取り調べを受けることになったが……裏から手を回してくれたヴィジルや、いつの間にかギルド公認調査官となっていたキャルの手助けで、なんとか事なきを得た。

 ただ、やはり貴族階級の死人(ダールモンのことだ)も出ているという事件の大きさから無罪放免というわけにもいかず、俺達は条件付きで自宅待機となっている。


 ちなみに、『パルチザン』は現在活動を休止中だ。

 ロニ本人の証言に加え、メンディと内部にいたヴィジルの証言、それに加え現場を見ていた野次馬たちの口から語られる状況から、〝聖女〟を不当に拘束したのはむしろ『パルチザン』の方だという見方が強くなり、現在調査している最中なのだという。


 リードやマーガナスを仕留めそこなったのは心残りだが、それについてはヴィジルから諫められた。

 マーガナスは王国でも指折りの貴族の家の子息で、上流階級にも顔の利く国選冒険者だ。

 どんな理由であっても、それを手にかけてしまえばかなり面倒なことになる……それこそ、ロニと二人で冒険者稼業を続けるなんてことも言ってられなくなる可能性が高いと言われた。


 リードリオンについても同じだ。

 国に選ばれた〝勇者〟候補を、公衆の面前で叩きのめしたのは、実は相当まずかったらしい。

 そりゃ、国を挙げて〝勇者〟だ何だと公に祭り上げようって人間を、Dランクのいち冒険者が殴り飛ばせば、えらい人の顔に泥もはねるか。


 まあ、知ったことではない。

 もっとまともなヤツを選べばよかったのだ。


 茶も飲み終わろうかという時に、小屋敷の扉を誰かがノックした。


「へいへい、誰だい?」

「オレだ」


 扉を開けると、ヴィジルとキャル、それに髭が立派な見知らぬ男が立っていた。


「経過報告によらせてもらった。今いいか?」

「ああ、茶くらいしか出せないがな」


 三人を招き入れて、椅子を促すと、エプロンをつけたロニがタイミングよく茶を出してくれた。


「ほう、〝聖女〟様に茶を淹れてもらうなど、この屋敷は聖域か何かかね?」


 なんだか四角い印象の、がっしりとした男が冗談めかしてそんなことを言う。

 昨日もべろべろに酔っぱらっていた、まったくもって生臭な【聖女】が、男の言葉に「どーも」と微笑んで応えた。


「ええっと、アンタは?」

「ワシか? ザガンという。今回の件で当事者に話を聞きに来た」

「国のお偉いさんか。どこまで聞いてるんだ?」


 ヴィジルとキャルが、何とも焦ったような顔をしたが、何か問題があっただろうか?

 貴族か何かかもしれないが、学のない俺にかしこまれというのは無理な話だ。


「今回の件でな、何故お主が〝聖女〟を連れだしたかということで、揉めておってな」

「バールが連れだしたんじゃなくて、わたしがついて行ったの」


 俺が答えるより先に、ロニがザガンの質問に答える。


「君は、国選パーティの加入に同意したのではなかったのかな?」

「その国選パーティが『パルチザン』だったから」

「では、何故それを反故にして彼について行ったのかね?」


 ザガンの目が細められる。


「反故になんかしてない。わたしにとって『パルチザン』は、このバールというひとの事だから」


 ロニの返答に、ザガンの目が点になる。

 そして、ヴィジルにその目を向ける。


「彼は『パルチザン』の元メンバー……とだけ報告を受けているが?」

「閣下、ロニ・マーニーの言っていることは正しい」


 ヴィジルが質問に応じて口を開く。


「『パルチザン』はこの男が作り、この男が育て、あの恥知らずのマーガナスがかすめ取ったパーティです。かくいうオレも、この男によって『パルチザン』へと誘われたのです」


 ヴィジルのややかしこまった口調。

 やはりコノザガンとかいうのは偉い人なのだろうか?


「では、やはり今回の事はゲオルジュの小倅マーガナスの失態だと?」

「オレはそう思いますけどね」


 ザガンは「ふむ」と頷くと、茶を一杯すすった。


「バール君といったか。この件で、もう少し君たちの身柄と時間をもらって構わないかね?」

「拒否権ないんだろ?」

「ほっほ。もう少し物分かりが悪いと聞いていたが、助かる。なに、悪いようにはしない。ただ、今回の件は国と教会両方が関わっている事業の一つだ。若者の青春でした……などと報告をあげるわけにもいかんのでな」


 ザガンの言葉に、思わずロニと二人顔を赤くする。


「おお、初い初い。こちらまで恥ずかしくなるわ」

「からかうのはよしてくれ」


 笑い顔のまま、ザガンが俺達に切り出す。


「お主が〝聖女〟とこうして仲睦まじいことも、実際に顔を合わせてみなくては正確に伝わるまい。いまだに中央では貴族のゲオルジュの小倅マーガナスに賛同する声も多い」


 ごついわりに、人好きのする笑顔でザガンが続ける。


「ロニ嬢、君はバール君と一緒になるにせよ、話は教会にしておいた方がいいんじゃないかね? ベルガモットが心配していたよ。それに、あいつは今回のことで何か伝えたいこともあるようだしの」

「ザガンさん、教主様と知り合いなの?」

「あの生臭司祭とは今も開けた酒瓶の数を競う仲だとも。抱いた女の数は巻き返しが図れないほど負けてしまったがね」


 教会のトップも、生臭司祭であるらしい。どうなってるんだ、この国の聖職者は。

 しかし、教主と知り合いって、このザガンっておっさん……本当に何者だ?

 うーん……今から敬語とか使うべきか?

 いや無理だな。ボロが出てきっとひどいことにしかならない。

 不敬は今に始まったことじゃないし、諦めよう。


「……と、言うことで。近々、二人には中央に来てもらいたいのだよ」

「バール。この申し出は今後の為にも受けておいた方がいいと思うぜ」


 事情通らしいヴィジルがそういうなら、それがベターな選択なのだろう。

 『パルチザン』にいた時も、ヴィジルの指摘はいつも正しかったしな。


「わかった。ロニ、それでいいか?」

「バールがいくなら、わたしもいくよ。」


 それを聞いたザガンが「ぱん」と拍手かしわでを打つ。


「よーし、決まりだの。ワシらも準備もある、一週間後に出発するとしよう。荷物は少なくていいぞ? ワシの名において、快適な旅を保証しよう」

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