第25話 バール、ロニを取り戻す

 朝の活気でにぎわう大通りを目的地に向かって真っすぐと歩く。

 肩にバールを担いだ俺が異様に映るかもしれないが、トロアナは開拓中の辺境都市だ。

 多少おかしな格好の奴がうろついていても、気に留める者は少ない。


 中心部から東方面に少し行ったところに、目的地の『ホテル・マドレーヌ』はある。

 菓子の名前なんかついてて、ふざけてるのかと思うが、この開拓都市に唯一ある貴族御用達ホテルだ。


 四階建ての、ちょっとした城にも見える豪奢な佇まいのそこに、一直線に向かっていく。

 白塗りの高い壁に囲まれており、そこに備えられた唯一の門には槍を携えた警備兵が近づく俺を目ざとく見つけた。


「……止まれ!」


 さすが貴族御用達。

 警備体制もさすがに厳重であるらしい。


「何者だ」

「名乗ってもわからないだろ。『パルチザン』の奴らに伝えろ。バールが来たとな」


 ああ、こんな風に自分が作ったパーティの名前を言うことになるなんて、想いもしなかった……最悪の気分だ。

 殺気を撒き散らす俺に一瞬たじろいだ警備兵だったが、すぐに笛を取り出して、吹き鳴らした。

 まだ何もしていないだろうに。


「去れ! ここからは先は通さん」

「呼べと言っただけだ。押し通るのは、その後だ」


 これでも、気を遣っている。

 邪魔者は全て叩き殺せというささやきを、必死に無視しているんだがな。


 そうこうするうちに、警備兵がわらわらと集まってくる。

 騒ぎを聞きつけてか、周囲のやじ馬もだ。


「もう一度、言う。『パルチザン』の奴らをここに呼んで来い。バールが来たと伝えればわかる」

「そのような要求がのめるか! ここがどこだと思っている!」


 槍を構えて俺を取り囲む警備兵たち。

 予想された事態だ。全員をそこらにぶちまけて、フロントで聞くとしよう。

 そう考えて、金梃を持つ手に力を込めたところで小さな声が聞こえた。


「──……バール!」


 声の方を見やると、褐色の肌が透けそうな白く薄い服のロニが、城のようなホテルの最上階にある窓から身を乗り出していた。


「ロニ!」


 ホテルに近づく俺に、一斉に槍がつきだされる。

 そのいくつかが、俺に深々と突き刺さり血を流させた。


「……ッ」


 痛みはある。

 だが、痛み以上の渇望と怒りが、俺を満たした。

 一息に、体に火がともる。


「邪魔を……するなァーッ!!」


 咆哮が、衝撃波となって警備兵たちを弾き飛ばす。

 刺さった槍を引き抜きながら、一歩、また一歩と俺はホテルに近づいていく。


「止めろ! 殺せ!」

「お前が死ね」


 殺せと命じたヤツに、金梃を横薙ぎに軽く振る。

 ボールみたいに数メートル空を舞ったそいつが地面と派手にキスをしたのを見て、警備兵たちが顔を見合わせて道を開けた。

 賢明な判断だ。ロニの姿を見つけて、いま俺は気分がいい。

 運が良ければ、命を失わずに済むだろう。


「バール! バール!」


 泣き顔のロニが俺の名を呼ぶ。

 太陽の様に笑っていてほしいのに、俺のせいで泣かせてしまった。

 迎えに行くのも遅れちまったし、これはまた説教コースだな。


 最上階に向かって、声を張り上げる。


「ロニ、迎えに来た。家に帰ろう!」

「うん!」


 頷いたロニが、窓からさらに身を乗り出した。


「バール、受け止めて!」

「おう」


 窓の真下まで歩き、両手を広げる。

 その瞬間、ロニが躊躇なく窓から飛んだ。


「よっと」


 軽いロニを受け止めて、抱きしめる。


「……すまん、ロニ。遅くなった」

「ううん。バールが無事で……よかったよぉ……」


 ぐずるロニの額にキスをして、頬ずりする。

 野次馬どもの拍手喝采を浴びながら、ロニを抱きかかえたままホテルの外へと向かう。

 しかし、それを押し留める声が背後から発せられた。


「待てッ!」


 振り返ると、そこには『パルチザン』の面々

 一人は知らない顔で、ヴィジルの姿が見当たらないが。


「……そう言えば、忘れてた」


 ロニが戻ったことで、すっかりこいつらの事を失念していた。

 面々を見たロニが、顔色を悪くさせる。


「大丈夫だ、ロニ」

「うん。わかってる」


 ロニを抱き上げる俺を見たリードが、『魔法剣ゲイルライザー』を抜いて激昂する。


「バール! またロニをかどわかすつもりか!」

「つくづく愚かな……。君が今していることは国家への反逆ですよ?」


 リードの隣に立つマーガナスも、忌々し気な視線をこちらに向ける。

 予定通りにいかなかったのが、気に障ったのだろう。


「俺の首を〝勇者〟の実績に変えようってやつが何を抜かす。見張りの男とメンディが洗いざらい吐いたぞ」


 俺の言葉に表情を変えるマーガナス。

 世間知らずだから、こんなカマかけに引っかかるんだ、馬鹿め。


「何を言い出すかと思えば……。リード、やはり彼は狂っている」

「ああ、間違いない。僕のロニを連れ去ってどうするつもりだ!」

「お前のじゃないだろ……ッ!」


 思わず、怒気が溢れる。


「ま、どちらにせよ舞台は整いました。君のの愚かさ加減には感謝しますよ」

「なんだと……!」

「ここで君を討ち、〝聖女〟を取り戻す。それで予定通りです。いきますよ、ダールモン」

「はっ!」


 杖を構えるマーガナスと、それに合わせて剣を抜き、盾を構える見知らぬ男。

 あいつが俺の代わりに入ったっていう【魔法戦士】か……?


「ロニを必ず取り戻す! 彼女は、僕のモノだ!」

「おい、リード。それもう一回言ったら、ぶっ殺すからな」


 ロニをそろりと下ろして、『魔神バアル金梃バール』を肩に担ぐ。


「何度でも言ってやる! ロニは、僕だけのモノだ!」

「──よし、死ね」

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