第24話 バール、痛い目に合わせる

 朝の喧騒溢れる冒険者ギルドに入った俺は、フードを目深にかぶったまま壁際にある階段へとまっすぐと足を向ける。

 冒険者でも依頼人でも、顔を隠したいという連中は一定数いるので、俺がそんな恰好をしていても、誰も気に留めない。

  階下から二階を見上げ、俺は階段を一歩、また一歩と登っていった。


 登るたびに一週間前のあの日が思い出される。

 メンディクソやろうに逮捕をちらつかされて、俺はこの階段をロニと登ったのだ。

 そして、登りきったところで……俺は拘束され、ロニはリードたちの手に落ちた。


 一歩ごとに、怒りが増し、殺意が溢れるのがわかる。

 俺が一段登るごとに、喧騒が一つ、二つと徐々に消えていく。

 半分ほど登ったところで、いよいよ一階の酒場からは物音ひとつしなくなった。

 そんなことに構わず、俺は歩を進める。


「……メンディは、いたか?」


 二階にいるクライスに、そう声をかける。


「そこに」


 小さく指さす先、完全武装した護衛に守られたメンディが蒼い顔でこちらを見ていた。

 俺が飛びかかろうとするのを、半歩踏み出してクライスが制する。


 メンディに向かって、クライスが吼える。


「メンディ! 何をしたかわかってるのか?!」

「わ、私が何をしたというのだ!」


 足を震えさせたメンディが、白を切る。


「ギルド公認調査官ともあろう人間が、罪もない人間を私的逮捕して監禁するなど!」

「そ、その男は指名手配犯だ! 〝聖女〟誘拐の罪で裁かれねばならない!」

「証拠はあるのか?」


 クライスの言葉にたじろいだ様子を見せるメンディ。


「そ、それは……国選パーティのマーガナス卿がそう……」


 やはりマーガナスか。

 あの腐った貴族野郎……!


「国選の貴族だぞ? 従うしかないじゃないか!」


 開き直ったように半笑いを見せるメンディに、怒りが高まる。


「冒険者をそれから守るのがお前の仕事だろう! 金か? 出世か? 一体何でお前はオレの仲間を売った? 言ってみろ!」


「──もういい、クライス」


 俺の言葉に、「わかってくれたか」と一瞬だけメンディが顔色を良くしたが、その顔色は再び悪くなることになった。


「何でもいいさ。殺すのに変わりない」

「ヒッ……」


 腰を抜かしたメンディを守る様に、護衛が壁を作る。


「どけ。いや、シンプルにいこう。──邪魔すれば殺す」

「丸腰のやつに何ができる!」


 一歩踏み込んだ俺に、護衛一人が斬り込んでくる。

 だが、どこからか飛来した何かがそいつに直撃し……そいつは、吹き抜けになっている一階まで吹き飛んでいった。


 空中でくるくると回転したそれは、すとんと俺の手に収まる。

 呼びもしないないのに、来てしまったか。だが、いいタイミングだ。


「……わかってるじゃないか。──出番だ」


 『魔神バアル金梃バール』を手に、もう一歩踏み出す。


「二度目の警告だ。どけ」

「き、きぇぇぇえッ!」


 奇声を上げながら斬りかかってきたもう一人の護衛を、金梃を軽く振って吹き飛ばす。

 特に加減をするつもりもなかったが、金梃の直撃を受けたそいつはきりもみ回転しながら、ギルドの壁に吹き飛ぶ。

 さっきの奴はともかく、コイツはダメだな。致命傷過ぎる。


「メンディ、借りを返しに来たぞ?」

「ヒッ……! 近寄るな!」


 両手を振って後退るメンディに近づいていく。


「痛い目にあったことないんだろう? とびきり痛くしてやるから歯ぁ食いしばれ」

「ヒッ……ヒィッ……助けてくれ、助けてくれ! 助けてくれ!!」

「ダメだ」


 尻もちをついて尚、後退るメンディにゆっくりと近づく。


「なんで、私がこんな目に……! 私は命令されただけなんだ……! 殺されるようなことはないもしていない……」

「俺の命を狙ったろ?」


 俺の言葉に、ふるふると首を振るメンディ。

 壊れたおもちゃみたいでコミカルだな。徹底的に壊そうか?


「し、知らない! 私は……! お前をマーガナス卿に引き渡しただけで……」

「地下牢に閉じ込めて、俺の事を随分と痛めつけてくれたじゃないか」

「そ、それは……! だが、殺そうとなんて、ただ自白させろと……殺すなんて聞いていないんだ!」


 泣き叫びながら、俺の足にすがろうとするメンディ。


「<宣誓オース>付きで証言できるのか、メンディ」


 俺の横に立った、クライスがメンディを見下ろして、羊皮紙をひらひらさせる。

 ああ、裁判で使う<宣誓オース>のスクロールか、これ。


「する、するから……! たすっ、たすけて……!」


 震えたメンディの股間が見る見るうちに濡れ、床に臭いを発する液体が広がる。

 クライスがちらりと俺に目配せしたので、俺は俺で『魔神バアル金梃バール』のご機嫌を取る。

 今まさに、メンディの頭を弾き飛ばしたいと、コイツがうずうずとした衝動を送ってくるのだ。


「……『パルチザン』はどこだ?」

「ホ、ホテル・マドレーヌ」


 聞くまでもなかった。

 この辺境都市にきてVIPが泊るような場所はあそこくらいだしな。


「殺すのを、少しだけ待ってやる」


 『魔神バアル金梃バール』の金梃で頭をこつんと叩く。

 首ごとベコンと頭が沈み込んだが、死んではいないだろう。


「クライス、俺は行く」

「好きにしろ。後始末はオレがしてやる。こいつに洗いざらい吐かせてな」


 クライスに頷いて、すっかり静かになってしまった冒険者ギルドを後にした

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