第23話 バール、一杯奢られる
徐々に昇る朝日に照らされながら、俺は北に見えるトロアナに向かって歩く。
俺を捕えようとした連中は、全員大地の養分となった。
最初から汚れていた服は、帰り血で汚れてもうドロドロだ。
しかし……素手で武装した相手を完全に制圧するなんて、いよいよ俺も人間離れしてきたな。
まぁ、これはおそらく、『
アレそのものを手に持っていなくとも、どこか深いところでつながっている感覚がある。
あの金梃は自らを振るう装置として俺を選んだのだから、広義で言えば俺も『
「……ロニ、すぐにいく」
空腹と疲労、睡眠不足の体を引きずって、街道に出る。
すぐにでも突っ込んでいって、何もかも壊したいという衝動が体から溢れてくるが、『
この格好のままトロアナに入ったら騒ぎになるだろうし、どこにメンディの手下が潜んでいるか、わかったものではない。
そいつらをいちいち血祭りにあげていては、時間がいくらあっても足りない。
時間をかけて全員すり潰しても構わないが、いまはロニが優先だ。
……何とか騒ぎにならずに街に入る方法を考えなくては。
歩きながら考えていると、後ろから複数の馬車の音が聞こえてきた。
この格好で見つかるのはまずいかと思ったが……まずくなれば殺せばいいと、心が勝手に判断した。
少しだけ行き過ぎた馬車が止まって、誰かがほろの中から顔をのぞかせた。
「おい!」
「クライス?」
止まった馬車から出てきたのは、ベールノル湖畔集落に遠征していたクライスだった。
鎧のあちこちには、へこみやひっかき傷が残り、クエストが厳しい戦いであったことを物語っている。
「……おまっ、やっぱりバールか! どうした、その怪我は?」
「全部返り血だ。問題ない」
「問題大ありだろ、新鮮な血の匂いをさせやがって。おい! 誰か、水と手ぬぐいもってこい!」
どやどやと馬車から下りてきた『モルガン冒険社』の者たちが、俺の周りに集まって、水やら手ぬぐいやらを手早く準備して俺に渡してくれる。
「何があった? こんなところで一体どうしたんだ?」
「『パルチザン』がトロアナに来て、メンディのヤツに嵌められた」
回らない頭で端的に答える。
クライスには酒の席で『パルチザン』の件を愚痴も交えて伝えているので、これだけでも伝わるだろう。
「ロニが目的だったらしい。あいつら……俺を捕えて、ロニを脅す材料にしやがった」
俺の言葉に、クライスが目を見開いて、顔をしかめる。
「なんだと……! それで? どうしてここに?」
「俺を捕らえてた連中が、俺を殺してロニの前に放り投げるといったから、ぶっ殺して出てきた。なぁ、クライス、お前らと会った日から、何日たってる?」
「七日だ」
ということは、もう七日間もロニを一人にしてるのか。
もう七日間もロニを辛い目に合わせていることになる。
湧き上がる怒りが、俺の心を塗りつぶしていく。
「絶対に殺す……!」
「落ち着け、バール。殺気を押さえろ。馬が怯えちまう。どっちにしろ、お前はウチの馬車に乗っていけ、靴だってはいてないじゃないか」
「しかし……」
「バール、ここで
俺の肩に手を置いてクライスが、にやりと笑う。
さて、貸しなんてあったか。
「覚えてないならいい。だが、オレはお前にここで借りを返すぜ。わかったらさっさと乗れ。おい、バールにサイズの合うブーツと服を出してくれ」
メンバーに指示を出すクライスに促されるまま、『アルバトロス』の馬車に乗り込む。
「よし、このまま街に入って、冒険者ギルドに横付けしろ。バールが見つからないように、しっかり守れよ。ただし、暴れ出したら放っておけ。止めれば怪我じゃ済まんぞ」
「社長はどうするんです?」
「オレは馬で先行して街に入る。適当な難癖をつけてメンディの奴を引きずりだしておくからバールを安全にギルドまで連れてきてくれ」
にやりと口角を上げたクライスが、俺に目配せする。
「クライス……!」
「前も言ったがメンディは文官だ。普段は冒険者ギルドの奥で机にかじりついててアポイントを取らないと姿もなかなか見せねぇ。だが、今回の大型クエスト……あんなもんをウチに丸投げしやがったんだ。オレがいけば顔を出さざるをえねぇだろ」
そこまで考えてなかった。
冒険者ギルドごとぶっ壊してやろうと思っていたくらいだし。
「メンディを押さえて、情報を吐かせる。『パルチザン』とのつながりも洗いざらいな。……すぐに殺すなよ?」
「自信がない」
「ロニちゃんを助けるためだ。我慢しろ」
そう言われて、俺は少し目をつぶった。
息を整えて、殺戮衝動を抑え込む努力をする。。
「わかった。少しだけ待つ。だが、絶対に殺す」
「おお、こわ。じゃあお前ら、バールを頼んだぞ」
「はい、社長!」
クライスの乗った馬が駆けて行くのを見送りながら、俺は動き出した馬車の中で体を拭き、服を借りる。
服もブーツも、あつらえたようにピッタリだ。
まぁ、この後どうせ血で汚すことになるのだが。
「バールさん。得物ないでしょう? 丸腰じゃなん何なんで、適当に見繕てください」
「いや、大丈夫だ。得物は……ある」
存在を感じるのだ。
あれは、俺が呼ぶのを待っている。
だが、まだだ。
あれを手にすれば、きっと止まらなくなる。
そうなれば、ロニを危険にさらすかもしれない。
衝動を押さえながら考え事をするうちに、馬車はトロアナへと近づいていく。
さすが、『モルガン冒険社』というべきか、紋章を掲げたこの馬車は特に検分されることもなく、門を通過した。
「門を通りました。一応、このマントをどうぞ。社長がメンディをおびき出してくれてたらいいんですけどね」
フード付きのマントを受け取って目深にかぶる。
馬車から見える景色が徐々に中心地へと近づいていく。
馬屋付きの宿が多い門のそばから、商店や露店が立ち並ぶ景色に変わり、小さな噴水が見えてきた。
冒険者ギルドは、目と鼻の先だ。
馬車が速度を落とし、冒険者ギルドの真横に停まる。
「……行ってくる」
「社長によろしくお伝えください」
そう言って軽く手を振る『アルバトロス』のメンバーに黙ってうなずき、俺は馬車を下りた。
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