第21話 ロニ、脅される

「ロニ、よかった」


 何がいいものか。

 バールが冤罪で逮捕されてしまった。

 だいたい、リードは親友のはずのバールをどうして助けないのか理解できない。


「君がいなくなってから、ずっと心配していたんだ。無事でよかった」

「リード。どういうこと? どうしてバールが捕まるの?」

「君を連れ去った罪っていうのは、とても重いんだ」

「連れ去った? わたしはわたしの意思でバールについて行ったんだよ?」


 昔から思い込みが強くて自分勝手なところがあるリードだったけど、昔よりもずっと歪んでいる気がする。


「申し遅れました。私は『パルチザン』の参謀を務めるマーガナス・ゲオルジュ。国選冒険者です。〝聖女〟ロニ。改めてあなたには『パルチザン』に入っていただくことになりました」

「なりました、って決定事項みたいに言わないで。さっきので伝わってないのかな?」


 この慇懃無礼を絵にかいたような男はいけ好かない。

 日和見な薄っぺらい印象しか受けないこの男が、堂々と『パルチザン』の名を出すのも気に食わない。

 わたしの青春が詰まった『パルチザン』を好き勝手にしておいて、よくもこんな得意げな顔ができたものだ。


「それでは困ります。教会の皆さんも困ることでしょう」


 そら来た。

 本当に気に食わない。

 自分の説得で何とかできないと見ると、今度は所属の名前を出して揺さぶる。


 一から十まで気に食わない。

 ここまでパーフェクトに気分を逆なでにされたのは久しぶりだ。


「……いま、なんて言ったの?」

「はい?」

「教会の名と信仰と思想を、国選の人間が代弁したの? かな?」


 教会はいかなる権力も不可侵の領域だ。

 当然、俗世の様に教会内での権力闘争はあるには、ある。

 だが、それは俗世とは別にするべきもので、教会の権威は王国の権威ではない。


「い、いいえ……ただお困りだろうな、と」

「ふーん。貴族の国選冒険者が教会の代弁を許されてるなんて、知らなかった。そうね、きっとお困りでしょうから、わたしから教主様に文を出さないと」

「ですから、一般論として……ですね……」


 しどろもどろになるくらいなら、上から物を言わなければいいのに。

 黙ってしまった国選冒険者マーガナスの代わりに、今度はリードが出てくる。


「ロニ、どうしてなんだ。やっと一緒になれるんだよ?」

「リード。何度も言うけど、バールのいない『パルチザン』はもう『パルチザン』じゃないよ」

「バールは『パルチザン』に……〝勇者〟パーティに相応しい人物じゃなかった」

「それ、本気で言ってるの? リード」


 話には聞いていたが、実際に耳にするとやはり正気を疑う。

 元孤児で、冒険者になりたてだったわたしを迎えてくれた『パルチザン』は〝勇者〟パーティなどではなかった。

 笑いが絶えず、辛いことがあっても仲間同士で支え合う、まるで暖炉の前にいるかのような暖かで居心地のいいパーティだったはずだ。


 リードとて、自分の命を担保にしたバールに幾度となく救われているはずなのに、言うに事欠いて「相応しくない」ですって?

 むしろ、〝勇者〟に相応しいのはバールだ。

 いつだって人のために傷ついて、人のために無茶をして、最後には「その内一杯奢ってくれ」って締める。

 そうやって名誉も名声も過分に求めないバールだからこそ、わたしは惹かれたのだ。


「民衆が求めているのは、僕のような人間なんだ。あいつじゃ、粗野すぎる」


 もう〝勇者〟になったような口ぶりのリードに嫌悪感を覚える。

 これは権力と虚栄心にまみれた、汚れた人間のする目だ。

 大体、民衆って……ただの一冒険者がまるで施政者になったかのような態度。

 気に入らないし、気持ち悪い。


 リードってこんなのだったっけ?


「バールを待たないといけないし……わたし、帰る」

「待ってくれ。君が帰るべきは僕らのところだろ?」

「違う。わたしが帰るのは、バールのところだよ。だから、バールが帰ってくる家で待つ」


 言い切って、今度こそ踵を返す。

 埒が明かないとはまさにこのことだ。


「待ちなさい、ロニ・マーニー」

「もう話すことなんてない」

「そう勝手をされては困るのです」


 国選冒険者マーガナスが、わたしの背中に言葉を投げる。


「あなたの『パルチザン』加入は、王国と教会両方の要請で行われています。バールとあなたがどういうつもりであれ、それを反故にしたのは事実。あなたは立場的に叱責程度で済むかもしれませんが……バールはどうでしょうねぇ?」

「何が言いたいの?」

「収まるところに収まれば、最初から問題はなかったことにだってできるということですよ……」


 振り向いたわたしに、口元を歪める国選冒険者マーガナス


「よく考えることです。あなたの返事一つで事態は大きく動きますよ?」


 その言葉の意味が指すところを、理解する。

 要は、バールを人質にしてわたしを脅しているのだ。

 貴族じぶんの権力があれば、冒険者一人の命くらい簡単にどうこうできるといいたいのだろう。

 

 ……これが『パルチザン』?


 全然違う。

 こんなのは『パルチザン』じゃない。


「そうだ、ロニ。よく考えてくれ。君のいるべきは、〝勇者〟たる僕のそばだ。昔と変わらないさ、バールはいないけど、僕がいるじゃないか」


 何度説明してもバールがいないなら意味が無いってことを、全く理解していないリードにも腹が立つ。

 ……頭の弱さは昔以上かもしれない。最初から足りない頭は、さらに空っぽになってしまったらしい。


 でも、ここで返事をしないとバールの命が危ない。


 わたしの勝手でついてきた。

 バールに迷惑がかかるかもしれない、とは思っていたけど……どうしても、バールと一緒に冒険がしたかった。そばに居たかった。大好きだと伝えたかった。

 そして、バールはその全部を許して、受け入れてくれた。


 ──なんだ、願いはもう叶ってる。


「──……わかった」

「ロニ、良かった。わかってくれたか」


 走り寄って来たリードが、私の手を取る。

 怖気がはしるが、作り笑いをする。


「これから一緒に頑張ろう!」


 喜色満面ではしゃぐリードの顔を金梃でぶん殴ってやりたいと思いながら、わたしは静かにバールの無事を祈った。

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