第20話 バール、拘束される

 ざわつく冒険者ギルドの中に視線を向けると、騒ぎの中心となっているのが二階らしいとわかった。

 喧嘩っ早い冒険者が一階の酒場で乱闘を始めるなんてことは珍しくもないことだが、ギルドカウンターがある二階で騒ぎなんて珍しい。


「どうしたんだろね?」

「さあな」


 ちらちらと覗いていると、近くにいた顔なじみの冒険者が教えてくれた。


「東で有名なパーティ『パルチザン』が来ているらしいぜ」

「『パルチザン』が? なんだってこんなところに?」

「よく知らねぇけど、人探しらしい」


 ギクリとしてロニを見ると、同じくロニもギクリとした顔をしていた。


「よし、先にボッグさんのところに行こう」

「そだね。行こ」


 その場を離れようという時に、それは聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「だから、バールとロニ・マーニーがどこにいるかと聞いているんです!」


 ああ、二度と聞きたくなかったな……マーガナスの声は。

 しかし、ロニはともかくとしても、放逐キックした俺まで探すってのはどういうことだ。

 どちらにせよ、トラブルには違いない。さっさと退散しよう。


 そう踵を返したところで、これまた厄介な奴と目が合った。


「お二人とも、話を聞かせていただきましょうか」

「やぁ、メンディさん。俺達はこれから用があるので今度にしてくれ」

「そうはいきません」


 この頭でっかちめ!

 俺達の足を引っ張ることしかしないのか、このギルド公認調査官は。


「国選パーティの国選冒険者があなた方を探しているとなれば、それに協力するのも公務です。なんなら逮捕したってかまわないんですよ?」

「くそったれめ」


 そう言われれば悪態しかつくことができない。

 これで、このメンディという男はこの街でトップクラスの権力者なのだ。

 特に冒険者に対しては強い立場にある。


「さあ、こっちへどうぞ。これで騒ぎも収まるでしょう」


 嫌らしく口角を上げるメンディをぶん殴ってやりたいと思いながら、その後にロニと二人続く。

 ロニが不安げにしていたので、その手を握ってやると、ぎゅっと握り返してくる。

 その手を少し引きながら、俺はギルドの階段を上がっていった。


 *  *  * 


「ロニ!」


 階段を登りきったところで、赤髪の男──リードリオン──が、こちらに走り寄って来た。

 ロニがびくりとしたのが繋いだ手から伝わったので、軽く背後にかばう。


 それを見たリードの顔が、みるみる怒気に満ちていった。


「バール! 貴様!」

「なんだ? リード。辺境都市くんだりまで来て〝勇者〟活動はどうした?」


 何をそんなに怒っているのか知らないが、何をしてるんだこいつは。


「そんなことはどうだっていい! お前が犯罪者にまで身をやつすとは思ってなかったぞ!」

「人聞きが悪いことを言うな。俺はまっとうな仕事しかしていない」

「黙れ!」


 昔から思い込みの激しいところはあったが、何を勘違いしてるんだ? リードは。


「ロニ! 助けに来たんだ。さぁ、こっちに……」

「リード? 何言ってるの?」


 俺の背後から少しだけ身を乗り出して、ロニが詰め寄るリードを見る。


「お久しぶりです、【戦士】バール。あなたは自分のしたことをわかっていないのですか?」

「マーガナス。今度は俺を犯罪者に仕立て上げてどうしようってんだ?」

「まるで無実なような口ぶりですね? あなたがやったのは王国と教会に対する反逆行為ですよ?」

「はぁ? 俺がいつ反逆したっていうんだ」


 俺の言葉に、頭を振りながらため息をつくマーガナス。

 こいつが調子に乗るととるオーバーアクションは食傷気味なので、やめてほしい。


「いま、そこに〝聖女〟ロニ・マーニーがいるのが何よりの証拠です。よりにもよって〝聖女〟を誘拐するなんて……」


 〝聖女〟といえば教会が有する重要人物だ。

 国の式典や、大きな魔物災害などでは現地に派遣されることもあり、シンボルとしても重要視される。

 さて、ロニがそうだという話は聞いてないが。


「我が『パルチザン』に派遣されたロニ・マーニーを、禍根から誘拐した罪は重いですよ」

「誰だか知らないけど、『パルチザン』はバールの作ったパーティだよ? あなたのじゃない」

「な……ッ」


 ロニの言葉に狼狽するマーガナス。

 マーガナスこいつの事だ、〝聖女〟はお淑やかで口答えなどしないなんて幻想があったに違いない。

 〝聖女〟だなんだといっちゃいるが、この可愛らしい生臭司祭は冒険者なのだ。

 しかも、ちょっと我儘で頑固で感情的。残念ながら、お前の思い通りになるタマじゃあない。


「ロニ・マーニー! あなたには『パルチザン』への加入要請が……」

「うん。わたしは『パルチザン』だっていうから要請を受けたの」

「だったら……」

「バールがいない『パルチザン』なんて、『パルチザン』って認めない。そんなの同じ名前の別パーティだよ」


 ロニの強い口調にマーガナスが怯む。

 女性にこうも面と向かって否定されるのは、高位貴族のぼんぼんにはきついだろう。


「行こ、バール。こんな人たちにつき合うことない」

「あ、ああ……」

「待ちなさい。それでは問題の解決にならない」


 踵を返す俺達の行く手をメンディが阻む。


「バール、あなたを拘束します」

「メンディ。どういうつもりだ?」

「事情聴取ですよ。双方の言い分に食い違いが出ている。そして、あちらは国選パーティだ。どちらを信用するかは、わかりますね?」


 こっちはこっちで権力馬鹿だ。

 まったく、国に関わってる連中っていうのは、どいつもこいつも頭がいかれてる。


「『パルチザン』の皆さんも、それでいいですね?」

「当方としては〝聖女〟が救出できればそれでいい」


 気を取り直したマーガナスがそう返事すると、メンディは俺の手を取って、後ろ手に回した。


「では、こちらに。抵抗はしないでくださいよ。罪状が増えるだけですからね」

「くそが。そのうち痛い目見るぞ、お前」

「あったことないですけどね」


 口角を歪ませながらメンディが告げる。


「バール!」

「ロニ、家に帰ってろ。すぐに戻る」


 ロニに笑って見せてから、俺はメンディに押されてギルドの奥へと進んだ。

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