第19話 バール、朝デートする

 さて、俺とロニに関係に変化があってから、一ヶ月が過ぎた。

 特別な関係にあるパートナーがいるというのは、人生初めてでなかなか戸惑ったが、今では少し慣れてきて、生活そのものが楽しい。


「ねぇ、バール。今日、夕飯どうしようか?」

「昨日の大角鹿の肉でシチューにするか。蕪でも入れて」

「賛成。じゃあミルクとパンがいるね。あとはー……」


 休養日ともあって、身軽なワンピース姿のロニが市場のあっちこっちへと俺を引っ張る。

 拠点にしている小屋敷は、市場から遠いのである程度まとめて買いこまなくてはいけない。

 ここのところで、ちょっとした野菜を庭の畑に植えたりもしたが、収穫できるのはもうしばらくかかるだろう。


 冒険者のランクもDにあがった。

 一ヶ月で二度のランクアップはなかなかないことだが、俺達の働きがそれだけ認められているというのはうれしい。

 何より、自由だ。

 こうして「今日は休みだ!」といきなり朝に決めて、恋人ロニと朝市に繰り出すことだってできる。


「ん? あれは……」


 市場をうろついていると、保存食の露店の前に見知った顔の男がいた。


「お、バールじゃねぇか」

「クライス。これから仕事か?」

「おう。朝からいちゃいちゃと……見せつけてくれるな、おい」

「ハーレムの主に言われたくないな。それで、何かあったのか?」


 この朝市には似つかわしくない完全武装。

 視界には、同様の重武装をした『モルガン冒険社』のメンバーが何人もいる。

 『アルバトロス』本隊が出てるというのは、少しばかり物々しい事態だ。


「トラヴィの森から這い出した魔物モンスター達が、南のベールノル湖畔集落に向かってるらしい。人数が欲しいって要請があってウチが総出で行くことになった」

「なんだって?」


 ベールノル湖畔集落はトロアナから二日ほどの距離にある集落だ。

 温泉も湧いていて、この街にとってはちょっとした保養地的な場所である。


「規模は? 大暴走スタンピードか?」

「いや、そこまでじゃねーみたいだ。まだ、大型クエスト扱いだしな」


 ひそひそとやっていると、買い物かごを抱えたロニが戻って来た。


「クライスさん。おはよう」

「ロニちゃん、おはよう。バールとの生活はどうだ」


 クライス、そういうことを聞くんじゃないよ。


「まあまあ、かな? バールに何か用事?」

「いんや、見かけたんで挨拶だけだ。じゃあな、バール」

「ああ、気をつけて」


 荷車に大量の保存食をのせた『アルバトロス』の面々が去るのを見送って、俺も買い物を再開する。

 少しばかり引っかかるが、クライスなら上手くやるだろう。


「何かあったのかな?」

「ベールノルに魔物モンスターが向かっているらしい。大暴走スタンピードではないらしいが」

「最近、多いね」

「ああ、落ち着かないな」


 この間は、東のウーウィックだった。

 こちらはたまたま訓練に着ていた王国騎士団が対応して事なきを得たらしいが、最近、魔物モンスターが未踏破地域から外へと向かうことが多い。


「まあ、『アルバトロス』本隊が出てるんだ。大丈夫だろ」

「そうなの?」

「ああ。『アルバトロス』は『パルチザン』と同じAランクのパーティだし、『モルガン冒険社』の登録パーティだって強い連中ばかりだ。Dランクの俺達が心配することじゃないさ」


 逆に、そんなハイランカーが出張るようなレベルの問題が起きてるってことだが。


「それよりも蕪はあったか?」

「なかったので、丸人参に変更です」


 ロニの鞄には、ごろりとしたでかい人参が入っている。

 普通の人参に比べれば大味ではあるが、これはこれでうまいんだよな。


「他にいるものはーっと……」


 ロニと腕を組んで市場を歩く。

 最初こそお互いに気恥しかったが、今は少し慣れた。


「薪は?」

「まだある。この間、大量に森で拾って来たからな」


 トラヴィの森は、普通の人間があまり入ってこないので、薪になる木材は豊富だ。

 薪は毎日使うものだが、買うとそれなりの値段がするので節約のために時々拾いに行っている。


「じゃ、食材も買い込んだしそろそろ帰ろっか」

「おう」


 荷物をまとめて背負い袋に放り込み、大通りを行く。

 トロアナの朝は、なかなかにぎやかだ。

 何せ、この時間は冒険者の多くがギルドに向かう。それに合わせて朝食を提供する屋台や、冒険雑貨を売る露店が店を開けるので、あっという間に騒がしくなる。

 このうるささといったら、ニワトリの方が押し黙るほどだ。


 しかし、それも束の間、小屋敷の方へしばし歩けばすぐに聞こえなくなる。

 同じ都市内だというのにこの辺りは静かなもので、少しばかりの不便さを除けば、俺達はこの小屋敷周辺を気に入っていた。


「この後はどうする?」


 買い込んだ食材をすっかり食糧庫に収納したロニが、お茶を淹れながら問う。

 それを受け取って、俺は少し考えた。


「まだ昼前だし、俺はもう一度街に戻るよ。ギルドとボッグさんのところに行きたい」

「じゃあ、わたしもついて行こうかな。お昼は『踊るアヒル亭』で食べよ?」

「名案だ」


 ボッグさんは、フィニスで世話になった鍛冶屋の親父の弟だ。

 トロアナで一番の鍛冶師といっていい存在で、この町の冒険者は誰もが彼の作品を欲しがる。

 そして、ドワーフ工房の例にもれず、一見さんお断りの営業体制である。

 俺の場合は、紹介状があったので問題なかったが。


「鎧、そろそろできるのかな?」

「どうだろう。もう少しだって言ってたけど」


 そう、いま彼には鎧を頼んでいるのだ。

 さすがに革鎧では心もとないと考えた俺は、仕留めた硬鱗の蛇竜ハードスケイルワーム梟熊アウルベアの素材を持ち込んで鎧を一着注文した。

 それがそろそろ出来上がる予定になっているので、顔を出しておきたい。


 ちなみに武器は相変わらずの金梃──『魔神バアル金梃バール』だ。


 あの日以降、すっかりなりを潜めて普通の武器……普通って何だろうな?

 まぁ、とにかく、あれ以降は特に問題なく戦えている。

 あの異常な力は、確認されていないので、最近は使っていても気にならなくなった。


「じゃあ、行こう。今日は何食べようかな」

「いつ行ってもカラアゲ定食一択だろ、ロニは」

「む。いいじゃない、美味しんだから」


 口をとがらせるロニに苦笑しながら、小屋敷を出た。

 背中には念のため、『魔神バアル金梃バール』を背負う。

 荒っぽい連中も多いし、丸腰では軽くみられる。


 もっとも、金梃が武器に見えるかどうかは怪しいところだが。

 先ほど戻った道を、ロニと手を繋いでゆっくりと歩き戻る。

 ボッグの工房は冒険者ギルドにほど近い場所にあるので、小屋敷からは少し遠い。


「なんだろ、あれ」


 喧騒が大きくなり、巨大な冒険者ギルドの建物が間近となった頃、ようやく俺達は周囲の異変にようやく気付いた。

 普段から混み合っている冒険者ギルドだが、人だかりができている。

 何かトラブルだろうか?


 ロニと目配せし合って、冒険者ギルドに近づく。

 この時、すぐに引き返せばよかったと俺は後悔することになる。

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