第18話 バール、神話級武器を得る

「むむむ……」


 ロニが唸る。

 【司祭】の『神眼鑑定』は、何もかもを見透かすことができると言われているが、それもやはり人の扱うスキルなので、成功や失敗が存在する。

 先日の俺の様に、『神眼鑑定』に対して全く抵抗しなければ、およそ全ての情報を見ることもできるが、魔物や物には無為の抵抗というものが存在する。

 強力な魔物や魔法のアイテムであれば、それは特に強くなり、時には鑑定者を精神的に蝕むこともあるという。


「……ぷはっ。バール、やっぱりこれ魔法の武器だったよ」


 しばらく集中していたロニが、額に汗を浮かべながら金梃から視線を外す。

 予想していた結果なので、驚きはしない。


「やっぱりか」

「しかも、これ……神話エピック級か遺物レガシー級みたい。『鑑定』に対する秘匿力が高すぎるもん」

「へ?」


 今度は驚いた。

 神話エピック級か遺物レガシー級の魔法道具アーティファクトというのは、ダンジョンや古代遺跡の奥底からごくまれに出土する、非常に貴重で強力な代物だ。

 けっして、鍛冶屋のクズ武器入れに入っていていいものではない。

 それが何だって俺の手元にあるんだ?


「あと……血盟契約されてて、バールにしか付与能力が使えないようになってる。っていうか。手放せないなんてまるで呪いの武器だね」


 【司祭】のロニがそう言うくらいだ、あまりいいものではないのだろう。


「それで? 銘と性能はわかったのか?」

「うん。全部は読み取れなかったけど……」


 ロニが広げた上等な紙になにやら羽ペンで書きつけていく。

 ああ、これ、鑑定用紙だ。正式なやつ。

 冒険者ギルドで頼むと銀貨を十枚も取られるやつだ……。


「能力から説明していくね。ええと、『攻撃力増強』、『自動修復』、『身体機能増強』、『毒無効』『血盟契約:バール』、『【狂戦士】化』それと『神秘性秘匿』。このスキルで読み取れなかった能力が三つくらいある」

「おいおい、能力が多すぎないか……? こんなの聞いたことないぞ」


 基本的に魔法道具アーティファクトというものは、貴重で高額だ。

 優れた職人──例えばドワーフの鍛冶師など──がいろいろの準備をして、時間をかけて作ることで、一つか二つの能力を付与するのがやっとで、付与された能力が複数ともなれば一生遊んで暮らせるような財産になることだってある。


神話エピック級か遺物レガシー級って言ったじゃない。王家の秘宝とか教会の神遺物クラスの魔法道具アーティファクトだよ、これ」

「目が回りそうだ……」


 そんな貴重なものを、ただの棒切れよろしく振り回し、「ははは、こいつは丈夫でいいな!」なんて笑ってたのだ。

 俺というやつはきっとバカに違いない。


「どうすればいい?」

「どうするも何も、血盟契約してる以上は売ったりできないし、手元に置いておくしかないね」


 ロニの言い方に、少しの違和感がある。

 おそらく、武器としてはもう使うなということだろう。


「ロニ、俺はこれからもコイツを使う」

「バール! 昨日どうなったかわかってるの?」


 眉を吊り上げるロニに思わず小さくなる俺。


「わかっている、わかってはいるが……これほどの魔法道具アーティファクトを使わない手はないだろう? 『狂化』しなきゃ大丈夫だ……と、思う」


 確信はないが。

 おそらく、この金梃そのものに悪意や邪なものはないと思う。

 あの破壊衝動や殺戮衝動は……


 俺という人間のタガを外せば、ああもなる。

 『狂化』が俺という人間の本性を、ただつまびらかにするだけの事だろう。

 戦いが始まれば、相手を殺し、壊さねばならない。

 お互いの生か死かを選択させられるのが、戦いというものだ。


 そして、その命のやり取りに……俺は喜びを見出していることを自覚している。


「何かあれば、次もロニに止めてもらうさ」

「もう、調子のいいこと。でも、バールが頑固なのは前からだし、仕方ないか」


 ロニがため息をつきながら苦笑する。

 我ながら迷惑をかけると思うが、どこか、この金梃コイツを今手放してはいけないという直感がある。

 俺のそういう直感は、およそ当たるのだ。


「ただし、慣らしをしてからね? まだ【狂戦士】についてだって、何にもわかっていないんだから」

「わかってるよ。『狂化』スキルについても調べて行かないとな」


 この金梃によって変化させられた俺のジョブ、【狂戦士】。

 未知のジョブであるこれは、おそらく……この金梃を運用するためにあるのだろう。

 自分を揮わせる装置としての使用者を得るために、この金梃が所持所のジョブを変化させるのだ。


 神話エピック級や遺物レガシー級ともなれば、意志や使命を持つ魔法道具アーティファクトもあるという。

 おそらく、これにもそういったものが備わっているのだろう。

 何を俺にさせるつもりなのかは、皆目見当はつかないが。


「いい? 絶対に無理しちゃだめよ?」

「了解した」

「ホントにホントよ?」

「へいへい」


 生返事をする俺をロニが背後から抱く。


「わたしを、一人にしないでよ?」

「ロニ……」

「絶対にだからね」


 ああ、もう俺は俺一人じゃないんだ。


 仲間と死して別れるということは、ままある。

 冒険者稼業とはそういうものだ。

 危険な仕事だし、そんな別れも納得できる。

 俺だって、いつそうなってもおかしくないと思っていた。


 だが、今は……今は、必ず生きて帰るべき理由がある。


「大丈夫だ。約束する」

「<宣誓オース>かけていい?」

「いいとも。絶対に一人にしない」


 ロニを抱き寄せて、その額に唇を寄せる。


「んふふふ」

「変な笑いをするなよ」

「バールとなるなんて、ヘンな感じ」


 幸せそうに笑ったロニが、すっくと立って扉を指す。


「さ、甘ったるいのはここまでにして、街にいこう? もう食糧庫がすっからかんだよ」

「そうだな。その、祝杯用の酒も買おう……いいやつを」


 俺が何を言っているか気が付いたロニが、少し頬を染めて頷く。


「ほら、はやくはやく」

「へいへい。……ところで、コイツの銘は?」


 腰に提げた金梃を指さして尋ねる。

 神話エピック級、遺物レガシー級の武器だ、きっと相応しい銘があるに違いない。


「──『魔神バアル金梃バール』ですって。名前だけ見ると、あなたバールにピッタリね」

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