第17話 バール、朝チュンする

「──……ル」


 ん?


「バール。起きて、朝だよ」

「ああ、おはよう、ロニ……」


 ロニの声で目を覚ます。

 しかし、まだ眠い。体がだるい……。


「……もう少し、寝る?」

「ああ、そうさせてもらおう……」

「もう、仕方ないなあ」


 ……?


「ロニ?」

「なに?」


 毛布の中から頭を出したロニが、金色のまなこで俺を見る。

 ぶわっと全身の毛が逆立った。


「……ッ!」


 滑らかな肩と鎖骨のラインが、昨夜の記憶を鮮明にさせる。


「あー……」

「どうしたの、バール」

「やっちまった……!」


 天を仰ぐ俺に、ロニがやんわりと抱き着いてくる。

 柔らかな感触が直接肌に触れる。


「やってしまいました」


 ふわりと笑ったロニの背中に腕を回す。

 そうするのが、自然だと思った。


「怒らないのか?」

「怒ってるよ?」


 拗ねたような顔をして、ロニが俺を見る。


「やっぱり初めてはもうちょっとロマンチックなほうが良かったし、回復魔法があるからって体力ぎりぎりだし、バールは言うこと聞いてくれないし……大変だったんだから」

「いや、そうじゃないだろ。俺は……!」


 ロニが不思議そうな顔をする。


「バールは、わたしのこと嫌い?」

「んなわけあるか」

「じゃあ、好き?」


 金色の瞳が悪戯に揺れる。

 試されているのか、それとも正しい答えを求められているのか。

 いずれにせよ、答えは一択だ。


「……好き、だ」

「神に誓う? <宣誓オース>かけていい?」


 それ、審問裁判とかで証言者にペナルティ吹っかける魔法だろ……。

 まったくもって信用がないらしい。


「神様はとにかく、ロニに誓う」


 さて、俺の答えはどうか。

 答え合わせのつもりで、ずっと逸らしていた目をロニに向ける。

 それに一瞬怯んだような仕草をしたロニが、顔を真っ赤にして目を逸らした。


「……じゃ、許す」


 抱き着く手にぎゅっと力を入れるロニが愛おしくて、思わず頭を撫でる。

 金色の髪はサラサラで触り心地がとてもいい。


 ずっと、こうして触れたかった。

 いろんな言い訳をして、過ぎた思い出だと言い聞かせて、記憶の底に沈めた青臭い初恋が、全部失ったあの日にひょっこりと現れ、今こうして俺の腕の中にある。

 これ以上の幸せは、そうない。


「浮気はダメだからね」

「ああ」


「えっちなお店もダメ」

「わかった」


「無茶も……しないこと」

「善処する」


 毛布の中で抱き合ったまま、そんな言葉をしばし交わして、昼前になってからようやく俺達は部屋を出た。

 ベッドを出てしまうと、何とも気まずい。

 ロニが淹れてくれた茶をぎくしゃくとしながらすすり、うっかりと口を火傷する。


「もう。バール、そんな意識しないで。こっちが恥ずかしいよ」

「そう言われてもな」


 困り顔のロニに苦笑しつつも、準備された朝食を口に運ぶ。


 軽く焼いたパンにあぶった肉厚のハム、それとゆで卵にトマト。

 野菜が足りないとロニは不満を漏らしたが、昨日は買い物にも行けなかったので仕方あるまい。


「今日は、お仕事休みだからね?」


 エプロン姿のロニが、食べ終わった食器を片しながら釘をさしてくる。

 照れ隠しであろう甲斐甲斐しさを発揮するロニに、ほっこりしながら俺は頷いた。


「わかってるさ。さすがに昨日の今日はきつい」

「よろしい」


 体はすっかり復調しているが、今日一日はゆっくりしたい。

 まだ、冒険者信用度スコアの件も片付いていないしな。


「それと……あれについて調べよう」


 ロニの視線の先にあるのは、俺の武器である金梃だ。

 すっかり鉄っぽい色合いに戻ってはいるが、昨日の戦闘中、あれに謎の文様が浮かび上がっているのはお互いに確認している。

 俺の【狂戦士】のジョブ変化に一枚かんでるのはほぼ間違いないだろう。


「こんな事なら、無理にでも武器を変えさせればよかった」

「そう言うな。あれで命を拾ったのも確かなんだ」


 あの時、俺の得物がそこらの安武器だったら、二人ともこの屋敷に帰ってくることはなかったはずだ。


「でも、聖職者として言わせてもらうと……あの武器は危ない気がする」

「わかってる。だが、武器は使いようだろ? 硬鱗の蛇竜ハードスケイルワーム相手に殴り合って力負けしないなんて、多分魔法の武器だぜ?」


 そんなものがどうして鍛冶屋のクズ武器入れに入っていたのかは謎だが。


「とにかく、こっちに持ってきて。『鑑定』するから」


 促されて、相棒の金梃を手に取った。

 ほどほどにずしりとした安心感のある重み。

 この相変わらずのフィット感は、持っただけで振り回したくなる。


「机の上でいいか?」

「うん。じゃあ、始めよう」


 テーブルに置かれた俺の金梃に、ロニの金色の視線が注がれた。

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