第11話 バール、狂化する

「行けるわけないでしょ」


 杖を構えたロニが、横に並ぶ。


「おい、ロニ! 本当に危険なんだ」

「だめ。それに時間稼ぎなら、回復魔法が使えるわたしがいないとね?」


 そうこうするうちに、しびれを切らした硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの鋭い突起を持った尾が俺達に向かって振り下ろされる。

 大きな質量をもつそれを、金梃で打ち払い何とか防ぐ。


「くっ……!」


 右手が痺れる。

 鋼鉄と同等以上の硬度を持つ鱗に覆われた硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームを相手するに、さすがに金梃ではまずいかもしれない。

 いくらこいつが丈夫とはいえ、些か不足を感じないでもない。


 チラリと破損状況を確認するが、相も変わらずこの金梃は丈夫なようだ。

 こんな使い方をしたのに、歪みもない。


「シャアァァッ!」


 初撃を防がれた苛立ちか、硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームが鎌首をもたげて、威嚇してくる。

 この直後にくるのは……やはりか!


「ぶ……ッ飛べ!」


 頭上から高速で繰り出された噛みつき攻撃をぎりぎりで避けて、その横っ面に渾身の一撃を叩きこむ。

 先端のL字部分が硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの鱗を貫き、突き刺さる。

 そのまま力任せに引き抜くと、鱗の何枚かが出血をもなって剥がれ落ちた。

 硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームに通用するなんて、この金梃は意外と成功作なのではないだろうか。


「シィ! キシャァァッ!」

「ぐ? ……っは」


 油断をしたつもりはないが、硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの方が一枚上手だったようだ。

 防御魔法が割れる独特の音が耳に入ったかと思うと、俺は大きく吹き飛ばされていた。



 いつの間にか繰り出された硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの尾が、俺の肩から腹を深く裂いていた。

 深手ではあるが、意識を飛ばされなかっただけましとしよう。


「バール!」


 ロニの回復魔法がすぐさま俺を包むが、膝をついたまま立ち上がれない。

 くそったれ……コイツの前に立つなら、おやっさんが付与強化した全身鎧フルプレートが必要だな。

 生憎それも、接収されてしまったが。


 滴った血が、金梃あいぼうを濡らしている。


(なんだ……?)


 握った部分から、何かが腕に這い上がって……体に根を張るような感覚がある。

 それは脈動し、まるで俺の体の一部になっていくような違和感。

 同時に、それは俺を昂らせる。


「ははは……!」


 熱い。

 体が燃えるように熱い。

 動悸が早くなって、飢えと渇きが同時に来たような奇妙な感覚に襲われる。


 ああ、体が軽い。

 でも、気分は悪いな……。


『壊したい』

『殺したい』

『奪いたい』

『壊したい』

『殺したい』

『奪いたい』

『全部全部全部全部……壊したい』

『全部全部全部全部……殺したい』

『全部全部全部全部……奪いたい』



 俺か、あるいは俺ではない誰かの思考が残響する中、立ち上がる。

 衝動が湧き上がって、俺が俺のコントロールから離れていく。

 この衝動に身を任せて、全部、全部、全部……壊して! 殺して! 奪いたい!


「バ、バール……?」


 湧き上がる衝動に飲み込まれる最中、ロニの声が聞こえた。

 ああ、そうだ……ロニを守らなくては。

 絶対に、守らなくては。


 ──何から?


「……硬鱗の蛇竜ハードスケイルワーム


 ──どうやって?


「壊してッ! 殺してッ! 奪ってッ! すり潰してッ! 撒き散らしてッ……!!」


 俺の中で渦巻く混沌とした衝動が、一つになって昂揚へと変わっていく。


「オオォォッ!」


 俺から吐き出される息が咆哮となり、森を揺らした。

 やけに重たく感じる金梃を引きずって硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームに対峙する。

 硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームが俺を引き裂かんとゆらゆらと頭を揺らす。


「バール、ダメだよ! 逃げよう!」

「じっと、してろ」


 ……そうだ、じっとしていろ。

 絶対に、守ってやる。


 大口を開けて迫る硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームに、正面から金梃を振るう。

 甲高い激突音が響き、硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの頭が陥没しながら地面にめり込んだ。

 それに向かって、何度も金梃を振り下ろした。

 破砕音が響き、砕き折れる感触が手に伝わってくる。


「……ッ」


 ぐったりとしたそれを無言で蹴り上げ、浮き上がった頭部を無造作に横薙ぎに殴りつける。

 が……硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームは、まだ生きている。

 丈夫な奴だ。殺しがいのある。


 無意識に、理解する。

 金梃とは、本来殴るモノではない。


 ──そう、『引き抜くもの』だ。


 何を引き抜く?

 決まってる、楔だ。

 深く深く打ち込まれ、引き抜けなくなった楔を引き抜くための道具だ。


 楔とは?


 ──『命』だ。


 そう意識した瞬間、握った金梃から何か這い出るような気配がし、それが硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームのどこかに纏わりついた。

 本能で感じ取ったそれは、妙に生々しい熱を持った何か。


 ああ、これが……『命』か。


 この強靭で狂暴な生物が持つ、この世界に在るための楔。

 存在するという意図。生きるという意思。

 それを俺は、この金梃を通して鷲掴みにしている。


「……」


 金梃を引いて、それを抜き出そうとする。

 ほんの少しの抵抗があったが……『てこの原理』を思い浮かべるとそれはあっさりと、するりと抜けた。


 のたうつ様に抵抗を続けていた硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームは急に静かになって、どさりと地に臥す。


「ああ……」


 その瞬間に俺が感じたのは、圧倒的優越感と、快楽だ。

 破壊衝動と殺戮衝動を満たしたという愉悦が体を支配した。

 だが、それと同時に渇望が湧き上がってくる。


 ──もっと壊したい。

  ──もっと殺したい。

   ──もっと奪いたい。


「……ロニ、逃げろ……すぐにだ。俺から離れるんだ」


 残る理性が黒く塗りつぶされていくのを感じながら、俺は何とか口を動かした。

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