第9話 バール、森に入る
「さて、どれにするか」
「Fランクの駆け出しとしては、やっぱり採取系じゃないかな?」
トロアナのはずれにある小屋敷に拠点を構えて一週間。
生活拠点としての体裁を整えた俺達は、トロアナの冒険者ギルドで、依頼掲示板を見ながら二人で唸っていた。
なにせ、俺達の『
「周辺の現地調査もしたいし、採取系にして討伐は避けようか」
「そだね。討伐や護衛依頼を受けるにしても、土地勘がないと怖いし」
駆け出しとして再出発した今ならばわかる。
冒険者になりたての頃は、派手な依頼に目が行きがちだ。
たくさん活躍して、たくさん稼ぎ、『
間違ってはいないが、何も知らずに冒険に出るのはバカのすることだ。
ロケーションが違えば、取れる作戦も戦闘方法も変わってくる。
それ故に周辺の現地調査は、その地で仕事をする上で最低限必要なことなのだ。
「ルコラ草の採取依頼があるよ。あとは、
「両方受けよう」
掲示板の依頼票を剥がしてクエストカウンターへと足を向ける。
どちらも比較的ポピュラーなものなので、以前も採取依頼を請け負ったことがある。
ルコラ草は傷薬などに使う毒消し草の一種で、需要はいつだって高い。
およそ、年間を通してずっと採取依頼が出ている。
もう一つの
高級食材といっても、森に採取に行かねばならない手間がかかっているというだけで、特に珍しいものではない。
「『
「人口が一気に増えましたからね。特にルコラ草はあればあるだけ嬉しいので、たくさんとってきてください」
受付嬢のミコットが依頼票にハンコを押して、こちらに手渡す。
目標素材とこれをセットで提出すれば、依頼達成だ。
「お気をつけて。最近は森も危険なことが多いみたいですから」
「了解した」
小さく手を振るミコットに、ロニと二人で会釈して冒険者ギルドを出る。
「さて、初未踏破地域といくか」
「周辺の森は調査が結構進んでるみたいだけどね」
未踏破地域の入り口となる広大な森林地帯は、通称『トラヴィの森』と呼ばれている。
トラヴィというのは、変種のバジリスクの名称でこの森にしか生息しない固有種だ。
めったに出くわさないらしいが、注意はしておこう。
「奥の方には大型の魔物も生息してるみたいだよ」
「装備も心もとないし、浅いところを探索しよう」
「りょーかい。って、バール……まだそれ使うの?」
俺の背中に背負われた金梃にげんなりした視線を向けるロニ。
相棒になんて目をしてくれるんだ。
「バールが鈍器好きなのは知ってるけど、さすがに買い直したら? 斧とか」
「手斧は購入したが?」
「そうじゃなくて!
ロニが脱退した当時、俺が使っていたのはかなり大きな片刃の戦斧だった。
あれはあれで使いやすかったな。
「……こいつがダメになったら考える。手に馴染んだ得物を手放すのは壊れた時って決めてるんだ」
「もう、相変わらず貧乏性なんだねー」
笑われてしまったが、それは認める。
冒険者になった当時、多分に漏れず俺達には金がなかった。
リードは長剣を使うので、どうしても手入れに金がかかってしまう。
となれば、俺は手入れもあまりいらず、壊れても買い替えがそこそこ安価で済む槌や斧を使うことになるのは、仕方のないことだろう。
そして、それを壊れるまで使う癖がついてしまっている。
基本的に頑丈な鉄の塊であるそれらが使用不能なまでに壊れることは、あまりないのだが。
「あれが『トラヴィの森』か」
トロアナの防壁を抜けて、しばし進むとそこはすでに森の端だった。
この辺りはキャンプ地になっており、いくつかの冒険者パーティが入る準備を整えていたり、露店を出している商人もいる。
この光景、さすが辺境都市というべきか。
「ちょっと緊張するね」
「そのくらい慎重にいこう。俺達は駆け出しなんだからな」
首から下げた銅色の冒険者タグをつまんで笑うと、少し緊張がほぐれたのか、金色の髪を揺らしてロニも笑う。
こうして見ると、なるほど。〝勇者〟パーティに相応しいビジュアルだな。
もっとも、女として見るにはいささかボリュームがもの足りないが……。
「なんか失礼なこと考えてない? バール」
「いや、何も……?」
「本当かな? じゃあ、森に入る前に強化するよ」
「頼む」
<
俺達が足を踏み入れた森の浅いところは、ある程度整備が進んでいて、監視哨が設置された場所までは道だってある。
だが、ここがすでに魔物の生息域だということを忘れてはいけない。
それに、俺達は今日初めてこの場所に来たのだから、警戒しすぎるということもないだろう。
監視哨への道に沿って森を進み、時々脇にそれては依頼品を採集する。
ほどなくして達成には十分な数は揃ったが、せっかくなので調査がてら足を進めていく。
「バール、あれ……!」
「ああ、いるな」
ここまで、
梟の頭を持った、ところどころに羽毛がある熊。大きさは灰色熊と同じくらい。
「
「だね。どうする?」
「……殺るか。もしかしたら討伐依頼が出てるかもしれないし、素材も売れる」
背中から金梃を引き抜いて、ロニを下がらせる。
駆け出し冒険者が相手をするような
……それに、もう気付かれてるしな。
「キィィイイイ!」
甲高い方向をあげて、
梟の頭をつけてはいるが、生態は熊そのもの。
注意するべき動きも、同じだ。
「フンッ!」
突進を避けて、すれ違いざまに金梃を後頭部へと振り下ろす。
ゴキリ、と鈍い音が響いて、
熊と違って頭の骨がもろいんだよな、
「でぇぇっい!」
続いて、両手で握りなおした金梃を横薙ぎに振るって、力任せに
派手に木に激突したそれは、小さく悲鳴を上げると動かなくなった。
「よし、討伐完了だ」
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