第8話 バール、新居を探す
「……ない?」
「はい。申し訳ありません。現在、どこの冒険者寄宿所もいっぱいで、宿もご紹介できるところは……」
俺達のパーティの担当となった受付嬢のミコットが申し訳なさそうに頭を下げて、そう答えた。
無事『
駆け出しの冒険者というのは基本的に金がない。
特にこういった振興の街に一旗揚げようという連中は、そういった者たちが多い傾向にある。
そこで、冒険者ギルドでは『冒険者寄宿所』という冒険者専用の居住区を準備している。
狭い上に共用部分も多いが、生活基盤が安定するまでの一定期間、部屋を安価で貸してくれるというわけだ。
しかし、現在このトロアナでは、予想をはるかに超えた冒険者が押し寄せており、そこがパンクしているらしい。
「まいったな」
寄宿所が使えないのは些か懐に響く。
『メルクリウス商会』の報酬もあるにはあるが、これを使いきってしまえば、いよいよ立ちいかなくなってしまう。
「じゃあ、売家はないかな? 広くなくてもいいし、中心部から遠くてもいいよ。できれば金貨三十枚くらいで。借家でもいいよ」
「ええと、お探ししてみますね」
悩んでいると、ロニがカウンターに身を乗り出して、ミコットの持つファイルを指さす。
新任らしいミコットがたどたどしくも必死にファイルをめくるのを横目に見つつ、ちらりとロニに視線をやる。
さて、どういうつもりなんだろうか。
「なぁ、ロニ。何で売家なんだ?」
「どうせしばらくいるつもりだし、いっそパーティ拠点を確保しちゃおうよ」
「おいおい、そんな金額であるわけないだろ……」
『メルクリウス商会』から受け取った報酬は二人で金貨四十枚。
金貨三十枚なら払えないことはないが、いくらなんでもそんな安い物件があるとは思えない。
額面としては、およそ一般家庭の一年分の収入なので決して安くはないが、家を手に入れる資金としては心もとなさすぎる。
「一件、ありました」
「やったね。神よ感謝します~」
こういう時だけ【司祭】ぶるのはやめようか、ロニ。
「北外縁部に、以前、薬師の方が住んでいらっしゃった小屋敷があります。そこなら金貨二十枚で入居できますよ。ただ……」
「ただ?」
「
文字通りの事故物件ってわけか。
「外縁部とはいえ都市内だろ? 呪われた場所が存在していいのか?」
「何度か司祭や僧侶の方が依頼でお払いに行ったそうなんですけど……」
相当上位のアンデッドでも住み着いているのだろうか?
ああ、そうなると魔法の武器が欲しいが……。
「ま、行くだけ行ってみるか」
「わたしがいるんだから大丈夫よ」
ミコットに軽く礼を言って、自信満々なロニと共に示された場所に向かう。
大通りの先、外縁部の城壁のすぐそばにその小屋敷はあった。
街の中心部から大きく離れ、周囲には民家もほとんどない。
立地的にも人気がなさそうなのは頷ける。
ただ、近くには小さな池もあるし、荒れてはいるが畑のようなものもある。
元の住民が薬師だというので、薬草などを栽培していたのかもしれない。
そして、目当ての小屋敷だが……。
「これは雰囲気あるね~」
「ここに住もうってやつの気が知れないな」
「わたし達なんですけどね!」
二人顔を見合わせて「ハハハ」と乾いた笑いをしてみるが、雰囲気は明るくならなかった。
その位あからさまに、小屋敷はそれっぽいオーラをはなっている。
丸みを帯びた青い屋根や、楕円形の窓はカントリー風味溢れて可愛らしさを感じるのに、漂う気配は、完全に呪われた家のそれだ。
「どうだ?」
「うん。いるね」
ロニは司祭であるから、こういった穢れの気配には敏感だ。
まぁ、この雰囲気なら鈍感な俺でもわかりそうだが。
「では、お仕事お仕事、と」
ロニが聖印を手に祈りをささげると、金色の燐光がその体から溢れて、ロニの輪郭を淡く輝かせていく。
「天におわします、聖なる主よ──以下略」
それ、略していいのか?
まぁ、生臭司祭のやることにいちいち目くじらを立ててもいられないが。
「<ターン・アンデッド>」
ロニの足元からふわりと燐光が広がり、それが周辺を包み込む。
時々、小屋敷の中でピカピカと一際輝いているのは、中にいるアンデッドの類が昇天している証だろう。
相変わらずロニの『聖魔法』は強力だな……!
昔よりずっと強くなったのではないだろうか?
光が収まったとき、小屋敷も含めて周囲からはきれいさっぱりおどろおどろしい気配は消え去っていた。
これまでの術者がへっぽこだったのか、ロニがすごいのか……。
「はい、終わり。ね、簡単でしょ?」
「ロニだけじゃないか?」
「そうかな?」
意味深に笑ったロニが意気揚々と小屋敷に向かって歩いていく。
すっかり雰囲気を変えた小屋敷にもう危険はないと思うが、自信満々すぎだろう。
「待て待て、扉は俺が開ける。あれだけの淀みがあったんだ、別の
扉に手をかけようとするロニを制止し、注意深くゆっくりと扉を開く。
入ってすぐは、ちょっとしたリビングフロアになっているようだ。
積もった埃がふわりと舞う。
「呪いは……大丈夫そうだ」
「でしょ? ロニちゃんの完璧な仕事に平伏しなさい?」
「ヘイヘイ。しかし、これは……」
なんとも、掃除が大変そうだ。
建物自体に大きく荒れた様子はないが、長らく放置されていたらしい室内は埃と蜘蛛の巣にまみれている。
「さて、内見も終わったし……冒険者ギルドに契約金を払いに行こっか」
「そうだな。帰りに掃除用具を買ってこないとだな」
「そだね。市場の場所も確認しないとだし、丁度いいかも?」
扉を閉めて、来た道を引き返しながら、これから必要なものと懐具合を計算する。
家具や寝具、食器類も必要だし、さて……いくらかかるだろう。
……ん?
「なぁ、ロニ。あの家って、一緒に住むのか?」
「え、そだよ? 拠点なんだから」
「一緒に?」
「一緒に。え、わたしと一緒はやなの?」
そうじゃないが、いいのだろうか。
お互いその気はないとはいえ、男女ではあるのだし……何かの拍子に間違いでも起こったら気まずい。
特に、ロニは酒癖が悪いし。
「『パルチザン』だって拠点は一緒だったじゃない。今更気にするとこ?」
「……それもそうか」
ロニが気にしていないなら、俺が気をつければいいか。
トロアナには花街もあるみたいだし、生理的なそれはそちらで金を払えば問題ないだろう。
「ほら、バール。行こ」
「はいよ」
この軽率な判断が、あとあとどのような結果をもたらすのか……この時の俺はまだ知らなかった。
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