第7話 バール、辺境都市に立つ

 冒険都市フィニスから旅立って、約一ヵ月。

 いくつかの街に立ち寄りながら街道を北西に進んだ俺達は、ようやく『辺境都市トロアナ』 へと到着していた。


「長旅、お疲れさまでした」

「いいや、俺達こそ助かったよ」


 ここまでの旅路を共にしたブジリと握手を交わす。

 彼はここで荷を下ろしたら、またフィニスに向かって手紙を運ぶのだという。

 危険で過酷な仕事だ。

 願わくば、帰りの護衛に優秀な冒険者がつけばいいと思う。


 トロアナまでの道中、魔物モンスターとの遭遇はそう多くなかったが、それでもやはり何度かは戦うことになった。

 当然、俺はこの不格好な金梃を振り回してそれと戦ったわけだが……思いの外、この得物は『あたり』だった。

 この金梃は相当に頑丈で、突撃羊チャージシープの分厚い頭蓋を叩いても曲がったりしないし、先端の尖ったL字は大甲虫ボールビートルの装甲も突き破ることができた。

 鍛冶屋の弟子か誰かが面白半分に作った物だろうが、なかなかどうして工具にしておくのはもったいない性能だ。


 ロニは「さすがに武器としてはどうなの」と微妙な顔をして、途中の都市で武器の買い替えを提案してきたが、俺はすっかりこの金梃を気に入ってしまった。

 手に馴染む得物ぶきというのは、なかなか出会えないのだ。


「では、こちら依頼完了票です。報酬も少し色を付けておきましたので、新たな門出の足しにでもしてください」

「いいのか?」


 ブルドアの奴が言っていたが、この依頼クエストはCランク相当。

 示された報酬も当然Cランク相当で、かつ長期依頼ゆえにかなり高額だ。


「ゼムゲン支店長からそう言付かってます。二か月後にまたトロアナへ来ますので、フィニスに手紙を届ける際は是非『メルクリウス運送』をよろしくお願いしますよ」


 ちゃっかりと営業をして、ブジリがニコリと笑う。


「ああ。そうだな……」


 二ヵ月もあれば、俺も落ち着くかもしれない。

 フィニスで世話になった人たちに、こちらの名物でも添えて便りを出すとしよう。


「では、また会いましょう。バールさん。ロニさんも」

「うん。あ、頼みがあるんだけど……私がこっちに来てるのって黙っててくれる?」

「もちろん。当商会は荷物・・を運んだだけですので、依頼人についても荷物についても漏らすことはありませんよ」


 なるほど。

 ロニのやつ、依頼を受けたとか言っていたが、自分を『荷物』としてねじ込んだんだな。


 軽く笑って去っていくブジリに手を振って、俺達は「さて」と新たな街の様子を見る。

 雑然としていて、フィニスに比べたら発展途上な部分は多いが、活気はこちらが上だ。

 開拓真っ最中ということもあるだろうが、冒険者やそれに類する人口が多いからかもしれない。


 この『辺境都市トロアナ』は、王国の北西部に位置するスレクト地方の端に出来た新興の都市だ。

 と、いうのも、ここから先は調査と研究が今まさに行われている未知の世界──未踏破地域なのである。


 今まではただの危険な森林地帯として入植もされずに放置されていたが、王都の文書保管室からある記録が見つかった。

 その古い記録によると、ここにはかつて『ガデス』というとても栄えた大都市があり、その地下には深く巨大なダンジョンが広がっていたと記されている。

 その証拠として、調査が始まって以降、トロアナのそばには大小の迷宮ダンジョンの入り口が発見されており、魔物モンスターもそこから溢れ出ていることがわかった。


 つまり、王国の歴史上、スレクト地方をたびたび襲った大暴走スタンピードはこの未踏破地域から発生したものだと結論付けられたのだ。

 こうして、辺境領主であるバーグナー伯爵主導の元、調査研究と魔物モンスターの間引きを兼ねて作られた前線基地が都市へと発展したのが、この『辺境都市トロアナ』というわけだ。


 新興であるが故に未発展ではあるが、どこか開拓の活気にあふれたこの都市の囲気はなんだかワクワクする。

 ……俺が生粋の田舎者だという証左かもしれないが。


「見て、バール。屋台がいっぱい出てるよ」

「ああ、すごい数だ。見たことがない料理もあるな」


 さすがに王国の南東地域から、真反対の北西地域へと移動すれば料理も変わる。

 空腹に負けて屋台で買い食いをしつつ、俺とロニは大通りを行く。

 初めての場所に来た時の冒険者が最初にするのは、やはり冒険者ギルドへのあいさつだ。


「お、あれか?」


 冒険者が行きかう大通りをしばらく行くと、小さな噴水のある広場に行きつき……その先に大きな石づくりの大きな建物が見えた。

 入り口の上にかかる看板には『冒険者ギルド トロアナ支部』の文字。

 どうやら、間違いなさそうだ。


「大きいね。フィニスよりも大きいかも?」

大暴走スタンピード対策だろう。未踏破地域に一番近い冒険者ギルドだしな」


 いざ大暴走スタンダードとなれば、この頑丈な石造りの建物が、指令所兼避難所になるのだろう。

 眺めていても仕方ないので、早速冒険者ギルドの扉をくぐる。

 酒と油の匂いがする一階は、フィニスと同じ。朝だというのに、すでにどんちゃんと騒いでいる若い一団や、朝食らしいシンプルな皿を食む重装備の冒険者などが入り混じって、なかなか混沌としているが、俺にとってはむしろ安心する見慣れた風景ではある。


「登録に行こう」

「うん」


 ここまでの道中話しあったのだが、結局、俺はロニとパーティを組むことにした。

 お互いにソロで仕事を引き受けたり、別パーティに加入するという手もあったが……ロニが「今度こそバールのパーティを作ればいいじゃない」と熱心に勧めるものだから、それに折れて承諾してしまった。


「本当に作るのか?」

「わたしはバールのパーティに入りたいの。また仲間を増やせばいいじゃない」

「うーん、しばらくはロニと二人でいいよ……。ちょっとばかり人間不信なんだ」

「いいよ? じゃあ、わたしは相棒バディってことね」


 俺の後ろ向きなぼやきに、なぜか嬉しそうな顔をしたロニを怪訝に思いながら、二階の受付カウンターへ向かう。

 フィニスとは配置が違うものの、目当ての受付はすぐに見つかった。


「こんにちは。……ご登録ですか?」

「ああ、二人だ。新規で頼む」


 これも、道中で話し合った結果だ。

 厄払いというか、心機一転というか。

 どうせFランクなのであれば、ケチの付いた元Aランクの冒険者タグは捨てて、新規の駆け出しとして一からやり直すと二人決めたのだ。


「新規で……?」


 カウンターの受付嬢が不審げに俺達を見る。

 受付で毎日のように冒険者を見てくれば、素人かどうかはわかる。

 俺とロニの立ち振る舞いはどうしたって、新規登録に来たずぶの素人には見えないだろう。


「何か?」

「いいえ。……ではこちらの用紙に必要事項を記入して、手数料の銀貨一枚をお支払いください。手数料に関しては貸し付けも可能です」


 銀貨一枚は持たざる者にとって、それなりの金額だ。

 冒険者になろうという者の中には、そういった金すら持たないものがいる。

 それ故に、冒険者ギルドは手数料の貸し付けもしている。当然、支払いを滞らせれば冒険者信用度スコアに傷がつくので、いずれ廃業する羽目になるが。


「これ書くのも、久しぶり。心機一転、だね」


 ロニがご機嫌な様子で用紙を記入していく。

 俺はいまだに文字が不得意なので四苦八苦しながらなんとか書き込み、二人そろってカウンターへ銀貨と共に差し出す。


「ジョブ診断はどうなさいますか?」

「もう済ませているので結構だ」

「わかりました。それでは説明をさせていただきますね……」


 新米冒険者らしく受付の説明を聞き、俺達はめでたくFランクの冒険者として再登録した。

 俺の場合はFランクまで落ちていたので問題ないが、ロニは少々もったいない気がする。


「本当によかったのか?」


 ロニの冒険者としての冒険者信用度スコアはかなり高かったはずだ。

 抜けた時点でCランクではあったはず。


「いいの! わたしだって、バールと今日から生まれ変わったつもりで頑張るんだから」

「そうか。じゃあ、よろしく頼むよ、ロニ」

「まかせて! バール」


 笑顔のロニと二人つれだって、今度は直接契約の『冒険者信用度スコア』を加算するために、別のカウンターへと向かった。

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