第5話 バール、旅立つ
「おまたせ、バール」
「おう」
「その返事、バールっぽい!」
煎り豆を肴にちびちびとやっていたエールが半分ほどになった頃、ようやくロニが現れた。
冒険者ギルドから直接来たのだろうか、純白の司祭服のままだ。
「ここも随分ぶり。また来れて嬉しい」
「久しぶりだよ、俺も」
最近はめっきり来なくなった。
というか、ロニが抜けてからは足が遠のいてしまった。
ここは、そんな思い出の店だ。
「フィニスに戻って来たんだな、ロニ」
「うん。願ったり叶ったりの要請があったからね」
果実酒の入ったジョッキをあおって、一息に中身を飲み切るロニ。
生臭【司祭】め、相変わらずだな。
「要請?」
「うん。『パルチザン』への参加要請! リードがいよいよ〝勇者〟になるんだって? それで教会も随伴させる人員を出すことになってね。それで私に白羽の矢が立ったってわけ」
「ああ、そうか……」
なるほど。
マーガナスめ、モルクを脱退させてどうするつもりかと思ったが、そういう腹づもりだったのか。
国選〝勇者〟となれば、半ば国の代表みたいなものだ。
王と権力を二分すると言っても過言ではない教会も、『パルチザン』に人を送り込まねばバランスがとれないってわけか。
マーガナスの思い通りに、『勇者パーティ』の構築が進んでいるということだな。
「わたしとしては、またバールと冒険できるのが個人的にうれしいんだけどね」
「それなんだが……俺は『パルチザン』を抜けた」
「はぇ?」
果実酒のおかわりがなみなみ入ったコップをゴトンと落とすロニ。
こぼれた果実酒が、白い司祭服に赤い染みを作る。
「おい、ロニ。何やってんだ」
「何やってんだはこっちの台詞だよ!」
高級そうな司祭服には、リカバリー不能な大きさの染みができてしまっているが、それを気にした様子もなく俺に詰め寄るロニ。
「抜けた? 抜けたってどういうこと?」
「そのままの意味だ。正確には
「……くわしく、話して?」
酒のせいか、やや目が座った印象のロニが身を乗り出してくる。
まあ、ロニにも『パルチザン』の現状や、マーガナスの事を話しておいた方がいいだろう。
俺が
ロニに三杯目の果実酒を継ぎつつ、事の次第を説明する。
こういうのは苦手だが、出来るだけ客観的に簡潔に事実だけを話していく。
「……ってわけなんだ」
「……」
俺の話を、七杯目の果実酒をあおりながら聞くロニ。
昔もかなり飲んでいたが、ペースが早過ぎないだろうか。
「飲みすぎじゃないか?」
「飲まないと聞いてられないよ、こんな話」
一息に果実酒をあおって即座にお替りを注文するロニの顔は、もう真っ赤だ。
褐色の肌なのでわかりにくいが、随分と酔っぱらっているように見える。
「……リードは何も言わなかったワケ?」
「リードも賛成だとさ。俺がいると、勇者としての品格に関わるって言われたよ」
「なによ、それ。バールがいなきゃ『パルチザン』じゃないよ」
ポツリともらしたロニの言葉が、グサリと刺さった。
「『パルチザン』はもう、俺の……俺たちの知ってる場所じゃなくなっちまった。国選勇者パーティになったんだ」
「それで? バールはどうするの?」
「さっきの騒ぎを見たろ? 金もなけりゃ、ランクもF。おまけにギルドのあの調子だ。フィニスじゃもう仕事にありつけそうにないんで、トロアナに行く。駆け出しのつもりで、新天地で出直すさ」
小さくため息をついて、濃いめの
「ふーん……。それでさっきの依頼ってワケね」
「ああ。この護衛依頼なら馬車に乗れるし、食事代も宿代もでる。
「メルクリウス運送の仕事なのね。そういえば時々、護衛依頼もやったっけ……」
ロニは俺の差し出した依頼書をまじまじと見ながら、昔の事を思い出しているようだ。
あの頃の俺達は、青臭い希望に満ちていた。
思い出して恥ずかしくも思うが、今の俺には眩しい記憶でもある。
「そういうわけだから……ま、リードをよろしく頼むよ」
「昔っから、ホントに、もう……!」
大きなため息をつくロニに俺は苦笑する。
そして、盃を一気に干した俺はかつてと同じお別れの言葉をロニに投げた。
「巡り合わせがよかったら、いつかまた冒険しよう」
* * *
翌朝。
日がまだ登りきらない早朝。
俺は北の大門のそばで、メルクリウス運送の馬車が来るのを待っていた。
革鎧に鉄棍……もとい、金梃を背負った俺は一体何に見えるのだろうか。
門番たちからの視線が、やや痛い。
「バールさん、お待たせしました」
約束の時間に少し遅れてメルクリウス運送の商会員、ブジリが幌付きの馬車に乗ってやってきた。
長らくメルクリウス運送の商会員をやっている初老の男性で、俺とも顔見知りだ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。バールさんがついてきてくれるってんで、安心ですよ。さ、馬車に乗ってくれ」
そう荷台を指すブジリに促されて、荷台に飛び乗ると先客がいた。
目深にローブを被った小柄な影……
俺の他にも護衛を頼んでいたらしい。
「道中、よろしく頼む」
そう声をかけると、目深にローブを被った人影はが小さくうなずくのがわかった。
人見知りするタイプなのかもしれない。
「おーい、でるぞぉー」
「はい、どうぞ」
俺の返事でブジリが馬車を動かす。
ゴトゴトと揺れる馬車の中、俺は何かあったときすぐに飛び出せる後部に腰を落ち着けた。
そこから徐々に遠ざかっていくフィニスを見ると、何とも言えない気持ちになる。
俺の青春がここに在った。
村を飛び出し、十四歳で冒険者を志してから五年。
もう、フィニスはすっかり俺の第二の故郷になっていた。
これからもずっとここで仕事をしていくのだと、そう漠然と信じていたのだ。
「はぁ……」
「やっぱり、寂しい?」
俺が何となしについた溜息に、同行者が問いかける。
「まあな。 ……ん?」
なんだか、聞いた声だぞ。
つい、最近に。
「おい、まさか……」
「ふふふ、今頃気が付いたか! そう、ロニちゃんです!」
「何やってんだ、お前……!?」
「何って、私も護衛依頼受けたんだよ?」
あっけらかんと、ロニが言う。
「『パルチザン』加入の要請はどうした?」
「さあ? まだ加入登録してないし。ノーカンだよね」
「ノーカンなわけあるか! 教会の仕事なんだろ?」
「昨日、私は冒険者として復帰したんだよ?」
チッチッチと、指を振りながらロニが悪戯っぽく笑う。
「冒険者は自由でないと。……ね?」
そう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。
ぐうの音も出なくなった俺に、ロニは勝利宣言でもするがごとく、太陽のような満面の笑みを見せた。
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