第4話 バール、再会する

 ──『ネルキド経由トロアナ行の手紙馬車の護衛』。


 それが、メルクリウス運送の商会員ゼムゲンが俺に依頼した仕事の内容だ。

 輸送される荷物は一般物資ではなく、書類や手紙などの信書の運送。

 その特性上、護衛は腕と信用がある冒険者が好ましい……という理由で、仕事をねじ込んでもらった。


 今の俺には、涙が出るほどありがたい話だ。


 俺はその依頼書を手に、ひと悶着あった冒険者ギルドに戻ってきていた。

 業腹だが申請しておけば冒険者信用度スコアに反映される。

 少しでも取り戻しておかないと、保険にも入れなくなるからな。


「直契の申請登録お願いします」


 もう担当でないキャルを指名するのもおかしな話なので、普通に受付カウンターに用紙と冒険者タグを提出する。


「確認しますね」


 あまり馴染みのないギルドの受付嬢が、俺の差し出した直接契約の申請用紙と冒険者タグを見て席を立つ。

 さて? 普通に登録してくれればいいんだが……。

 別に席を立つ必要はないだろう?

 普通、ハンコをポンと押して終わりのはずだ。


 しばし待っても、戻ってこない。

 うーん……。


「バール君。君というやつは話を聞いていたのかね?」


 ようやく戻って来た受付嬢は、何故か副ギルド長ブルドアを伴っていた。

 何でお前がしゃしゃり出てくる?


「この依頼は重要性や機密性を鑑みればCランク相当のクエストだ。Fランクの君に受領印を押すわけにはいかないね」

「いやいや、用紙をよく見ろ。直契だぞ? 冒険者信用度スコアもランクもないだろう」

「直接契約なら仕事をしていいと、誰が言ったのだ!」

「おい……ギルドが直契を制限するのか?」


 ブルドアを正面から睨みつける。

 幾らなんでも、さすがにここは譲れない。


 これは冒険者全体に対する大きなルール違反だ。

 冒険者は多かれ少なかれ、誰でも直接契約の仕事をする。

 事の大小や重要度に関わりなく、だ。


 それは冒険者に認められた権利であり、その仕事の達成に対する評価を行う義務がギルドにはある。

 ……と、冒険者の基本的な権利を定めた『冒険者憲章』には書いてあるはずだ。


 冒険者ギルドはあくまで依頼人と冒険者の仲介をするだけ。

 直接契約は冒険者本人が依頼された仕事──いわば指名依頼だ。

 それを冒険者ギルドが制限するなんて、本末転倒もいいところである。


「……とにかく、認められない。この依頼は、私が責任をもってCランク相当の冒険者に割り振る。依頼書を出したまえ」

「は? 何言ってるんだ。俺の名前が記載された直契だって言ってるだろう?」

「先方には私が説明しておく。さあ、早くしたまえ」

「そうはいくかッ」


 王国最大の冒険都市であるフィニスの冒険者ギルドは、どうにかしてしまったんだろうか?

 冒険者が受けてきた直接契約の依頼を横からかすめ取るなんて聞いたことないぞ。

 職権乱用というのも烏滸がましい行いだ。


「あれ? バール?」


 ブルドアと睨み合う俺に、何処かで聞いたような声がかけられた。

 振り向くと、褐色の肌に白い司祭服がよく似合う少女が、くりくりとした金色の目を俺に向けて笑っている。


「バールだよね? 久しぶり!」

「ロニ? ロニ・マーニー?」


 嬉しそうに駆け寄ってくる少女に驚く。

 目と同じ金色の髪は少し伸びたか、小さくアップにまとめられている。


 かつて俺がリードと共に『パルチザン』を立ち上げたころ、最初にパーティに加わってくれた【司祭】の少女、ロニ。いわば、俺達の最初の仲間だ。

 三年前、何やら事情があって『パルチザン』を脱退したのだが……フィニスに戻って来たのか。


「わ、やっぱりバールだ。それで、なにギルドで喧嘩してるの?」

「いや、それがよ……」

「ロニ様! お待ちしておりました!」


 俺がロニに答える前に、ブルドアがロニの前に進み出る。


「大したことではございませんよ。ささ、こちらへどうぞ」

「はーい。じゃあ、バール。後でね」


 そう手を振ったロニが、すれ違いざま俺に小さく耳打ちする。


「『あの店』で待っててよ。終わったら飲もう」

「あ、ああ……」


 ブルドアに別室へと案内されるロニが、振り返って屈託ない笑顔を見せる。

 それにうなずいた俺は、再度カウンターへと向かった。


 中座したが、目的を忘れたわけではない。


「じゃあ、直契の申請登録を」

「あ、あの、受けられません」


 受付嬢が震えた声を出す。


「理由は?」

「そのFランクでは……なんと言いますか」

「はっきり、大きな声で言ってくれないか? 直契は全ての冒険者に認められた権利だ。ランクや冒険者信用度スコアは関係ない。それとも、今後は直契も含めて全ての仕事をギルドが管理するということか?」


 やや声高に質問する。

 周囲の冒険者に聞こえるように、だ。

 これは、彼等にとっても他人事ではない。

 これがまかり通ってしまえば、今後実入りのいい直接契約の仕事を他の冒険者に横流しされるという前例を作ることになるのだ。


 視線が、こちらに集まっている。


「冒険者である俺が依頼者に直接会い、直接交渉し、直接契約して得た仕事だ。ギルドはそれをどんな理由でかすめ取ろうって言うんだ?」

「それは、その……ブルドア副ギルド長が……」

「その裁量権は副ギルド長のブルドアにあるというんだな? あいつの言葉は冒険者憲章よりも重いという理解でいいか?」


 返事を待つ。

 しかし、沈黙は続くばかりだ。


「どうなんだ? 答えてくれ。それかブルドアの奴を呼んできて、ここにいる全員の前で説明させろ」

「バールさん。こっちに」


 沈黙を破ったのは、奥から現れたキャルだ。


「キャル。どうなってるんだ……? どうなってしまったんだ、ギルドは。冒険者の直契まで横取りしようなんて、どうかしてる」

「そう、思います。ですから、こうします」


 震える受付嬢の手から俺の申請書をつまみ上げ、キャルはそこに受領印をぽんと押した。


「はい、どうぞ」

「いいのか?」

「ええ、冒険者の権利ですから。『冒険者は自由でなくちゃいけない』ですよね?」

「……ああ」


 申請書を受け取って、俺はキャルに小さく頭を下げる。

 彼女にも世話になりっぱなしだ。


「お元気で、バールさん。一つ貸しです。次会ったら、一杯奢り……ですよ?」

「はは……冒険者の流儀が染みついてきたな。約束するよ」


 もうこの都市フィニスに戻ることはないかもしれない。

 いや、冒険者はいつだってそうだ。冒険に出れば、生きて帰る保障などどこにもない。

 だから、約束はこうやってする。


 こう言えば、天の国でも借りを返せるからだ。

 俺だって、この人生が終わった後に奢ってもらう予定の酒が三杯ほどある。

 どれも、思い出話を肴にいい酒が飲めるに違いない。


 キャルと別れの握手を交わして、俺は一階の酒場兼食堂へと降りた。


 宵の入りという時間帯もあって、一階は活気にあふれている。

 喧騒というよりも騒音といった具合の冒険者ギルド一階をするすると抜けて、大通りへ。

 そのまましばらく歩いて、居住区となる小さな辻へと入る。


 細い辻を何度か曲がると、その突き当りに、こじんまりとした小さな酒場がポツンと看板を出していた。

 かつて俺とリード、それにロニの三人で小さなクエストを受けた小さな店。

 その名も『小人のささやき亭』だ。

 

 ロニが『あの店』と言えば、ここだろう。

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