第7話 幼馴染はお見通し


『めっちゃいいじゃん!』


 電話越しに聞こえるハイテンションな声に薫は苦笑した。幼稚園からの親友である神谷かみや悠美ゆうみは、薫が相談したいことがあると言った最初は声を抑えて真剣に聞いてくれたが、相談内容が動物病院で働くか否かだと知ると興奮ぎみに声を高くした。まるで自分のことのように喜んでくれるので、薫は無意識に頬を緩ませる。


『薫、就活つまずいていたしちょうどいいんじゃない? 猫ちゃんの治療費とか安くなるなんて、あたしなら即お願いしますって言うわ』

「やっぱそうだよね。治療費三十万が五万になるし、一緒に連れて出勤してもいいってなるし、就職先も決まるし。うまくいきすぎて少し怖いけど」

『ちょいキャラが濃いめな人達ばかりだけど、薫の話聞いている限り、めっちゃいい人達っぽいね。今さ、病院の口コミ見てるんだけど面白いよ。薫は見た?』

「見てない」

『すごいよ。評価同士で殴り合ってる』

「えーどういうこと?」


 そう言われると見てみたいがタブレットもパソコンもないため、見ることができない。通話が終わったらスマホで検索してみようと決めた。


『低評価は〝先生に酷いこと言われた〟とか〝人数が少ないから待ち時間が長い〟とか。それに対して高評価は〝先生達は犬猫思いだからひどい飼い方をすると口が悪くなる〟って、あとは〝診察が丁寧だから時間がかかるのは当たり前〟だとか』

「極端だね」

『これ見てる限り、本当に患者さん達から好かれてるっぽいね』

「うん。病院に通うわんちゃん達からも好かれているよ」

『で、薫はなにが不安なわけ?』


 言葉に詰まる。通話越しで、薫の表情を見れるわけがないのにさとい幼馴染には全てお見通しだったらしい。今までのハイテンションが嘘のように声は平坦だ。


「私、働いたことないから」

『バイトしてるじゃん。』

「あと、動物の知識もないし」

『受付ならそこまで必要じゃないんじゃないの? 看護師で採用とかならいるだろうけど』


 もしかして、と神谷は声を落とす。


『またネットで調べて勝手に不安がってるんでしょ』


 図星である。神谷の言う通り、動物病院に働くうえでの体験談や法律を軽くネットで検索した。その結果、経験者の言葉や難病のペットを抱えた飼い主達の意見があふれかえっており、その内容から大変だと尻込みしていた。神谷の言う通り、受付だけなら必要最低限の知識があればいいのだろう。

 けれど、動物病院は命を助ける場所だ。ただ猫を拾っただけの知識もない、社会経験もない、特筆すべき事柄が皆無な自分が働けるとは思えない。


「失敗したらと思うと怖くてさ。あと、スタッフ割を利かしてもらって、やっぱ辞めます、は出来ないでしょ」

『そこらへんは大丈夫じゃない?』

「なんで言い切れるの」

『だって、薫、変に根性あるもん。先生達が言う通り、職場の空気を体験されてもらったら? あんただってけっこう前向きっぽいし、断る理由ないじゃん』


 また図星を指された。色々と理由をあげていたがこの短期間、羽賀や清水達と会話をするたびに大切な家族を救う職業について興味をわきはじめたのは事実だ。ただの受付でも、その補助ができたらな、とも思っていた。


「……もしさ」

『うん』

「もし、失敗したら慰めて」

『マイナス思考やめなって』

「次に猫ちゃんの面会行った時、先生達に言ってみる」

『頑張れ! 私も猫ちゃんに会いたいからさ、今度時間合わせて行こうよ。写真であの可愛さなら実物はめっちゃ可愛いに決まってるし』

「もちろん。慣れたら触らせてくれるらしいよ」

『らしいって』


 神谷が笑う声が聞こえたので薫は「私は触らせてもらえないの」と付け加えた。


「先生や看護師さん達は撫でれるけど、私は警戒されちゃって」

『なら会う時、またたび被っていくわ』


 猫にまたたびを与えると泥酔したように甘えてくるのは知識として知っているため、薫は吹き出した。冗談のように聞こえるが、神谷は有言実行する女だ。腕ぐらいにはつけて行きそうだと思った。

 それからしばらく、二人は会話を楽しんだ。またたび成分が含まれた入浴剤や爪とぎにふりかけるまたたび粉と、出る話題は全て猫関係だった。

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