第2話 白と黒の世界
大きなパソコン画面には白と黒の世界が広がっている。
(レントゲン写真って初めて見た。こんな感じに映るんだ)
体の輪郭がぼんやりと浮き出ている中で、骨だけが硬質な白に塗り固められている光景は不思議なまでに完璧で、どこか神秘的な美しさを感じさせた。なにかに惹かれるように薫が肩の関節部分から背骨、なだらかに弧を描く肋骨を視線で辿っていくと、下半身の部分に辿りついた時、ふと違和感を覚えた。なだらかなラインが不自然なほど綺麗に割れている。
「この子は運がいいねー。骨盤と
淡々と獣医師が説明する
「ここの骨が折れてて、ここが脱臼してる部分になります」
獣医師の説明を
「猫ってさ、骨折は自然に治るから放っておいていいって言う説あるんだけど、僕的には反対かなー」
「放置って痛くはないんですか?」
「どうだろうね。僕は骨折したことないから分かんないけど、折れた骨が神経を圧迫したら痛いだろうね」
淡々と、けれどほのぼのとした雰囲気を
「まあ、放置して変に骨がくっつくと歩行が困難になったり、排泄ができなくなったりするから手術はしたほうがいいよ」
「……分かりました。その方向でお願いします」
「ただね。事故にあって時間が経ってるから脱水と低体温気味なんだよね。入院してもらうけど万が一がないとは言い切れない。そのことは理解して」
「死ぬってことですか?」
「それはあの子の気力次第。どうなるかは生き物だから僕らも分かんないよ」
肩を持ち上げながら獣医師は笑う。緊迫した状況だというのに妙に落ち着いていているので薫は驚いた。
そんな薫の表情を見てか、看護師に脇腹を肘で突かれた獣医師は「ごめんごめん」と気の抜けた謝罪をする。
「この人、清水くんってさ、優しそうな見た目しているけど怖いんだ」
顔を近づけた獣医師は、こそっと耳打ちする。距離的に看護師——清水に聞こえているはずなのに。
清水は
眼の前で繰り広げられる漫才に、薫の不安は増していく。
「すみません。腕だけはいい先生ですので安心してください」
その言葉にひそむ毒に気付かないふりをする。
「あの、手術ってすぐにはできないんですか? あんなに苦しそうなのに」
「事故ってさ、怖いんだよ。あっ、東堂さんって車やバイクとか運転する?」
「いいえ、免許持っていないので」
「珍しいね。ここ車社会なのに」
「取りに行く時間がなかったもので……」
「ふぅん。今からでも取りに行け——」
どんどん話は脱線していく。どうしようと困っていると清水が獣医師——羽賀の名前を呼んで止めてくれた。
「……事故にあって数日経ってから首や体が痛くなったって話、聞いたことない?」
「あ、それならあります」
「動物も同じでね。数日経ってから内臓から出血したり、打撲っていうのかな? 新しく分かることがあるんだよ」
それに、と羽賀は画像を見ながら続ける。
「これを見る限り、骨折と脱臼は深刻に考えなくていい。問題なのはさっきも言ったけど脱水と低体温。脱水は点滴で、低体温はホットカーペット入れて温めているよ。後で様子を見せるね」
「じゃあ、手術は数日経ってからってことですか?」
「そー。とりあえず、体力を回復させてから手術。んで、手術してしばらく入院生活。退院したらレーザー治療に切り替えるから二、三日に一回は通院して貰うよ。ギプスが外れるまで一ヶ月弱かなぁ」
「一ヶ月も……」
「仕事休めないの?」
「あ、いいえ。仕事はまだ決まっていないので時間は作れます」
「え、なんで? その歳で無職って珍しいね」
なんでと聞かれても両親が幼い頃に亡くなり、親代わりとなってくれた祖父母の介護があったから。
——とは、初対面の相手に言えるはずもなく、薫が眉根を寄せてどう答えるか迷っていると清水が羽賀の白衣を引っ張った。
「患者さんのプライベートに踏み込まない!」
「気になるんだしよくない?」
「駄目です!」
ほら、いいから説明を! と言われ、羽賀は不服そうな表情を浮かべた。
「しばらくは病院生活。以上」
簡潔である。先程の説明でこれからの流れは理解しているが投げやりな説明に薫はまたもや不安になる。
(任せてもいいのかな……。今から別の病院は、たぶんやってないよね)
いい大人が、子供が拗ねたような言動をする。それも初対面の患者である自分の前で。
(動物のお医者さんも人間みたく
いいや、と薫は不安を吹き飛ばそうとする。診察時間外、飛び入りという形で診てもらえたのだから感謝はしても、不服に思ってはいけない。
まずは羽賀の機嫌を良くしなければ、と口を開いた。
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