Narcissistic wings

蒼風

0.傷跡

 昔どこかの誰かが無責任にいったんだ。


 君たちには無限の可能性がある。


 そう、君たちの背中にはどこにだって飛べる翼が生えているようなものだと。

 

 そんな無責任で、むしろ関心はスピーチを行う自分にこそあるような言葉は、当時の僕にとってはとっても魅力的だった。


 自分には無限の可能性がある。その言葉はまさに魔法のようだった。当時の僕は、そんな嬉しさを誰かに伝えたくて、家に帰ったらすぐ、母に伝えた。その言葉を聞いた母は最初僕の勢いを見て、あっけに取られていたけれど、やがていつもの笑顔で頭を撫で、


「いい言葉ね。そうよ。××には無限の可能性があるの。だけど、その可能性を可能性で終わらせないためにはね、××がいっぱい頑張る必要があるのよ。でも、そうしたらきっと、なんにでもなれるわ。××なら、きっと」


 きっと、なんにでもなれる。


 母のその言葉には偽りはなかったと思う。


 だけど、人っていうのは一定じゃない。一日一日。一か月一か月。一年一年。時を経るごとにその考え方っていうのは簡単に変化してしまうものなんだってことを、今の僕は知っている。


 あれはいつだっただろうか。そう。僕が中学生の頃だったと思う。その頃自分は漫画に夢中だった。毎日のように新しい漫画を買っては読む。他のことなんてどうでもいい。漫画さえ読めればいいんだ。そんな時期だった。学校の成績だっていつのまにか落ちていた。本音を言えば気にならないわけじゃない。けど、そんなことを気にしたってしょうがない。だって興味が無いんだから。


 だけど、漫画は興味があった。自分で描いてみたいとも思った。けれど、それにはやっぱり道具がいる。勉強をするんだったらその為の参考書だって必要だ。小遣いはあったけれど、それは漫画を買うために使っていたから余裕なんてない。だから僕は思い切ってそんな話を母にしてみたんだ。


 そうしたら、断られた。欲しいなら自分で買えと言われた。今思い返してみたら、本気じゃない、ただのお遊びだって思ったんだろう。けれどそれは大きな勘違い。あの時の僕は割と本気で漫画家になる夢を思い浮かべていたんだ。だって、そうだろう。僕らにはどこにだって飛べる翼があるんだから。だから僕はその翼で、漫画家という空を飛んでみたいって夢想したんだ。


 それなのに、飛べなかった。なんでか分からなかった。翼が生えてるんじゃないのか。どこにだって飛んでいけるんじゃないのか。あれはまやかしだったのか。


 それから僕はいくらかの時間を過ごして、気が付いたら、夢だとか希望だとか、そんなものを抱ける年齢じゃなくなっていた。


 だけど、僕は卑しくもまだ、自分には翼が生えてるんだって、そう信じて疑ってなかった。僕の回りにいた人たちはとっくに空を飛ぶことを諦めて、地に足を付けてあるいていた。


 それでもなお、僕は諦められなかった。だって、僕らの背中には翼が生えているんだから。けれどいくら想ったって翼は生えてこなかった。いつのまにか僕には可能性なんて無くなっていた。


 もう死のうか。いや、いっそのこと適当なやつを道連れにしてやった方が面白いか。あの日の僕もそうやって、空想の崖っぷちで「死んでやるぞ」と叫んでいた。ほんとはそんなこと出来っこないのに。けれど、そんな欲望がどこかに繋がったのかもしれない。そんなことを、今になって思うのだ。

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