第3話 無理ゲーですが。
裸足のままペタペタと歩きながら案内された先には、ドデカイ氷柱があった。月面と宇宙しかないので比べる物が無いが、俺が10人手を繋いで並んだとしても見える範囲すら囲めないだろう。
ビルか!? つーかテッペン見えねぇ!
そんな俺を嘲笑うかのように、キラキラと幻想的に光ってるのがまた腹立たしい。
「この氷柱を壊して欲しいのです」
壊す!? ビルを!? 無理だろ~……
俺よりも母ちゃんを連れて来た方が良くねぇ? でも柔道じゃなぁ……父ちゃんのマーシャルアーツもなぁ……
巨大な氷柱を前にして途方にくれていると隣に自称月の美少女が並んだ。立っても俺の肩より低い。子供だよ子ども、うん。
「これが地球に向かって伸びています。地球の引力圏内に届くとこの氷柱が引っ張られ、月もそれについて行きます」
そしてドカンね……
「こんな氷柱がなくても引き合うと思った」
「はい。衛星として動いている間は大丈夫だったのですが、位置を固定されてしまうと地球の影響を受けます……氷柱ができたのはきっと、以前生き物たちの移住をする時にも使った方法だからでしょう」
少し眉を寄せて氷柱の先の地球を見てるだろう自称月……面倒くさ。
「ところでさ、あんた男?女?」
「え?」
「今さらだけど、名前が『月』じゃあ呼びにくい。男なら問答無用で太郎と呼ぶが、女なら月子だな。希望の名前があるならそれで呼ぶよ」
ポカンとした後にすぐわたわたし出した。
「あ、あ!どどどう呼んでくださっても構いません!」
「じゃあタロ「月子で!」
ピンクな真顔につい笑ってしまった。そっか女か。
月子の勢いがツボって口から手を離せないでいたら、少し睨まれた。頬が膨らんでいて全く恐くない。
「むぅ……では勇者様のお名前も教えてください!」
「ぶふぅ!?勇者!?」
「え、なんですかその反応は!地球を救う勇者様ですよ!尊いのですよ!」
「尊いとか言うなよ!引くわ!」
「なぜですか!ヒーローですよ!」
「やめろ!鳥肌が!」
「お名前を教えてくださらなければあなたを勇「孝汰!コータな!コータ!」
こっちが本気で腕を擦っている間、月子は「コータ、コータ」と何度も呟く。そして両手を揃えたその指先だけで口元を隠し、ふふふと笑った。
「コータ様ですね」
ちょっと発音がカタコトなのも可愛いが、まだこそばゆくて腕を擦る。
「様もやめてくれよ。恥ずかしくて無理」
そうですか?と不思議そうに首をかしげる。
「コータ、が、来てくれて良かったです。そんな場合ではないですが、楽しいです」
月子の可愛らしい笑顔に内心照れつつも少しの罪悪感。
さっきまで泣かせてたし……頑張ろ。
「そーかい。んじゃ何か道具はある? これを壊すのに素手じゃあ無理だな」
照れ隠しも含めてどんなもんかと氷柱に触れようとしたら、月子にグッと引き止められた。
「触らないでください!取り込まれます!」
あ、やわらかい。じゃなくて!
「先に言っておいて!? いや、よく知りもしないで動いた俺が悪いか。助けてくれてありがとな月子」
改めて余計な事はしないようにしようと誓いながら右腕にくっついた月子を見下ろすと、大きめな目をさらに開いていてこっちがビビった。そしてまたわたわたとしながら離れる。ありゃ。
「い、いえ、説明不足でした、すみません。氷柱を壊す道具はこちらです」
そうして月子は月面に手のひらをつけ、何かを握った仕草をした。ゆっくりと引っ張り上げると月面から平たい棒のような物が出てくる。「よいしょ」と最後は力んだ月子が持つのは、月子の身長と同じ長さの持ち手をした金色のハンマーだった。
「金のピコピコハンマーかよ!?」
「ぴ!?ピコピコハンマーではありませんよ!ミョルニルですよミョルニル!北欧神話にありますでしょう!?」
「神話なんて知らねぇよ!ゲームでならそんな武器があった気がするけど……あれ、ピコピコハンマーじゃないな」
よくよく見れば何やら細かく彫られていて、美術館にあってもおかしくなさそうな物だった。
「ミョルニルですってば……ピコピコ鳴りませんからね」
ピコピコ鳴るとか詳しいよな。
いやでも月子くらいの大きさなのに持ち上げられるのかコレ。
……ん? 微妙に赤い?
「あ!これも素手では触れないでください。地球の中心にしまってあったものを召喚したので熱せられていますから。しかしこの熱が氷柱をさらに弱らせてくれます。召喚できるものは私にはこれだけなのです……すみません」
「中心て、マグマの中!? え!月子は持って大丈夫なのかよ!?」
「あ、はい。月なので」
……何でも『月』で片付けるなよ……もういいや。
「私が手袋になりますので、それを着けてミョルニルを持ってください」
そう言うと直ぐに月子は白くて厚手の革手袋に変わった。変わるの!?マジ!か!よ!?
……うん、もういい。時間がないって言ってたし、ちゃっちゃと済ませよう。
その革手袋を手にはめると若干ひんやりとした。そしてミョルニョルだかニャルニャルだかを手にする。熱くない。
う、重い。
だが振り回せなくはない。
手袋も滑らないでいい具合にフィットする。
「んじゃ、やってやるぜ!」
テレビで見たハンマー投げの助走のように、遠心力を利用する。たぶん振りかぶるよりその方が威力がある。
反時計回りに2回転し、ハンマーの頭が月面と水平になったところで氷柱に叩きつけた。
「おりゃあああっ!!」
ゴッ!!!
ゴッ!!!
パリン!! パリンパリン……
……ズドオン!!!
「…………いやいやいやいや…………」
※解説
ゴッ!!! (ハンマーが氷柱にぶつかる)
ゴッ!!! (ハンマーがぶつかった箇所を中心に月面から約4メートルの高さまでの氷柱がスポーンと向こうに飛び出す)
バリン!! パリンパリン…… (飛び出た氷柱砕け散って消える)
ズドオン!!! (浮いてた分の氷柱が落ちてきた)
…………そりゃあ、一撃で終わるとは思っていなかったが。
「だるま落としかよっ!」
《そんな感じでお願いします!》
「うわっ!? 月子喋れんの!?」
ハンマーから両手を離し、手袋に向かってつっこんだ。
《テレパシーです! さあコータ!一気に壊さないとまた伸びて行きます。どんどん行きましょう!》
テレパシー?確かに手袋から声がするわけじゃなかった。その変な感じにドッキリじゃないかと後ろを振り返る。夜空と月面だけしかなかった。
「どんどんて……まあ、おっかない敵が出る訳でないし、ちょっと手が痺れるくらいか。……っし!どんどん行くぜぇっ!」
そうして、ぐるぐるとハンマーを振り回した。
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