第2話 ファンタジーですか。

 

 この場所で自称月を騙っても問題はそこじゃない。


「もう一度言いますが、地球と月は双子星なのです」


 このファンタジー設定だ。


「……信じてませんね?」


 信じてないも何も、そもそも判断基準が迷子中である。月面に二人で向かい合って正座をしてることも深く考えてはいけない。


「時間が無いのでとりあえず説明しますね」


 聞きたくないというのは無しなんだな…………しますね、って首をかしげた仕草と笑顔が可愛い……しっかりしろ俺!


「双子星ではありますが、地球人が『地球』『月』と呼ぶまで特に名前はありませんでしたので、そのまま使いますね」


 ……地球人……


「地球と月は同じ質量ではありましたが、お互いの引力に影響されない程度には離れて太陽を周回してました。その頃は今の地球のように、どちらの星にも生物があり社会を作り生活をしていました。が、突然原因不明の異変が地球に起きまして、地球上の生物と文化は月に移住しました。その際に地球は現在の月の様に小さくなり、表面には何も無い星になりました。質量も軽くなり、軌道上から逸れるところ、月は地球を衛星としました」


 いやもう、どこをつっこんだらいいやら。


「長い間、そうして地球の回復を待ちました」


 え、回復? 星って最後には爆発するんじゃなかったっけ? 小さくなったからしない?


「太陽系でも私たちは特別なんです」


 あ、はい。口元に人差し指をあててウィンクとかしないでもらえますか。


「地球も月も生き物が好きなんです。だから月は、地球がまた惑星として存在できるようになれば返すと地球の生物を預かったのです。しかし、その日を迎えるまでの間に月では生物たちが争ってばかりいました。全生物の全滅を避けるために地球と月は強硬手段を取りました。地球にはノアの方舟として当時の事が残っていますが、あれは、月から地球への移住のことです」


 ノアの方舟? どっかの大洪水の時に全種類の動物を一組ずつ乗せた船だっけ? なんとなくしか分からないな……スケールがおかしく……うん、まあいい。


「争いをなくす為でもありましたが、それぞれ一組の雌雄だけを船に乗せたのは地球が回復しきっていなかったからです。ですから月のエネルギーも一緒に送りました。ところが地球には月のエネルギーがほぼ渡ってしまい、立場が入れ替わってしまいました」


 そして現在にいたる、と。

 自称月の美少女は少し俯いた。


「生物は全くいなくなってしまいましたが、近くで地球を見ているのも楽しいので、私は『月』でいいのです。ですが……」


 自称月の美少女はさらに俯き、手を握りしめた。


「やはり、寂しい思いはありまして、地球と同等になれないのなら、同化しようとし始めてしまいました」


「同化?」


「はい……」


 自称月の美少女は俯いたまま。嫌な予想が立つ。


「それって、月が地球にぶつかるって事?」


「おおまかにはそうです」


「……ということは?」


「地球が割れます」


「一大事じゃん!?」


 思わず叫ぶと、自称月の美少女はがばりと顔を上げた。その目にはまた涙がいっぱいになっていた。


「そうなのです! でも私ひとりではどうにもできないのです! 例えるなら私は『月』の理性です、『月』は今本能に囚われています。正常に戻すには地球の力が必要なのです!」


 自称月の美少女の勢いに押されたが、ハッとした。


「地球の力って、生け贄? 俺生け贄!?『助けて』ってそういう事か!?」


 ただの高校生に地球に衝突しようとしてる月をどうにかする力なんてあるわけがない。思わず立ち上がってしまったが、逃げる先の無い状況を思い出す。なんてこった!


「地球に返せ!」


 叫んだ瞬間、自称月の美少女の目から光が消えた。だがそんな事に構ってられるか!生け贄なんか冗談じゃない!


「分かりました……あなたを地球にお戻ししますね……」


 思わぬ返事に息が詰まった。何て言った?

 自称月の美少女は大きく息を吐くと少しすっきりしたような顔で俺と目を合わせた。涙はまだ流れている。


「時間がないとはいえ、急な事を申し訳ありませんでした」


 自称月の美少女は正座を整えて両手をつき、綺麗に頭を下げた。そしてそのまま涙声で続けた。


「ここでの、事は、き、記憶から、抹消、され、ますの、で、ひっく、どうぞ、お、おっ、ふっ……お元気でっ」


 顔は下を向いたままで少し体を起こすと、自称月の美少女は右手のひらを俺に向けて上げた。

 細い指。いや、体つきだって細い。声が高いしゆったりした服で男か女か本当のところは分からない。できれば女であって欲しい……


 緑と青の目の真っ白い(たぶん)少女。

 出会ってから泣いてばかりだ。


「ふえっ!?」


 自称月の美少女の驚いた声に自分も驚く。

 なんで俺は片膝ついて彼女の上げていた手首を掴んだ?


「……くそっ」


 訳の分からない事だらけだ。この状況も。彼女の手首を掴んだ理由も。


「本当に帰っていいんだな?」


 俺の確認に彼女は丸くしていた目からさらに涙を溢れさせた。


「だってこれは! 助けてくれようとする! 意志がなければ! 意味がないのですーっ!」


 幼児みたいにわんわんと泣き出した。

 彼女もいた事がない男子高校生にはちょっと厳しい状況になってしまった。もっと小さいなら抱っこしてあやすが、微妙である。実にビミョーだ……


 しょうがないので頭を撫でる。よしよし。あ、ちょっと落ち着いたか?

 場の空気を変える為に当たり前の質問をしてみた。


「……何で俺?」


「ずっ、ずうっ、と、こっ、断られ、つづ、けて、だ、誰も、嫌だっ、て……やっと、あなたが、私、の、声に、応えて、くれて……でも、もう、次の、方を、探す、時間は……」


 ぼたぼたと音がしそうな勢いで彼女の涙が流れる。それでも懸命に教えてくれる。


「地球人、には、誰しも、その力がありますが、私の声、が、聞こえる、人が、より、強く、発揮、できます……でも、皆さん、怖いって、嫌って……」


 泣き過ぎたのか、ヒューヒュー言い出した。こうなると喋るのも辛い。

 どうやら俺の他にも誰かがここに来たようだが、何もせずに地球に戻ったらしい。その力ってのが何なのか想像もつかないが、女の子が鼻水垂らしてまで泣いている。

 よっぽどじゃねぇ?と思い直す程度には影響力があった。


 てか、泣いた子を放って置いたのがバレたら母親にシメられるんじゃね…………あり得なくなくね…………?


 前門の命がけ、後門の怒れる元柔道強化選手現師範…………そんなの進むしか無いだろーっ!!

 と、腹をくくった。何のために部活を剣道にしたか!あのしごきから逃げるためだ!命がけくらいなんだ!


「分かった。何をすればいい?」


 ポカン。……ひでぇ顔。美少女台無し。まあ俺のせいでもあるけど。


「え、だって」


「うん、話の途中で悪かった。で?時間が無いんだろ。何をすればいいんだ?」


 お詫びの代わりにスウェットの袖口で顔を拭ってやる。汚れたところは袖捲り。こんなのスポーツ少年団でいくらでもしてきた。擦られて顔が赤くなった後輩たちを何人も見てきた。同じ同じ。


「いいの、ですか……?」


「困るのはお互いさまだろ。命がけなのは地球に戻ったって変わらないし、あんまり痛いのは勘弁だけどな」


 そうおどけてみれば、少し考えた風の彼女はおずおずと「ちょっと痛いかも……」と言った。


 女と医者の言うちょっとはあてにならない。



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