第4話 フラフラですが。

 

 何度も何度もハンマーを打ち付けて気づいた事がある。


 てっきり4メートルの高さ分しか効かないのかと思ったら、それが最低ラインだったようだ。

 これを失敗したら死んでも母親に追いかけられるかもしれん、そうふっと過った不安に更に気合いを入れたら6メートルくらいが吹っ飛んだ。


 母親に叱られた時はいつも父親がフォローしてくれた。まともな親孝行なんてまだ一つもしていない。帰ったら関節技の相手になってやろう。

 更に大きく吹っ飛んだ。


 友人たちとは馬鹿な事もしたりしたが、高校生にもなると目指すものがはっきりしてきた。それを応援すると伝えた時の照れた友人たちの顔を思う。

 また大きく吹っ飛んだ。


 100までは数えた。


 慕ってくれた後輩たちにももっと未来を。


 現実なら休憩もしないでこんなに動けるわけがない。他校との合同合宿の時より動いてるはずなのに、まだいけると分かる。


 どこかで誰かも、大事な誰かを大事に思っている。


 勇者なんて冗談じゃない。……だけど。


 その思いを守りたい。


「なーんて、ガラじゃないんだ、け、ど、なあっ!」


 ドゴンッッ!!


 今までで一番大きな音がした氷柱を見ると、ピキピキピキピキと縦に無数のひびが入った。

 危機を感じてハンマーを引き摺りながら氷柱から離れる。


 シャァァァァン!!


 目に見えていた範囲が小さい鈴をいくつも鳴らしたような音を立てて砕け散る。細かく細かく散った氷はキラキラと光を反射し、所々に地球の青と緑の色が映る。迂闊にも見とれた。


 しかし、綺麗なイルミネーションがただただ腹立たしい。


 ……ゥゥゥ……ズドォォォオンッ!!!


 また。落ちて来た氷柱が立ちはだかって、少しスッキリした。


 そして。


「っし……てっぺん見えた」


 氷柱のてっぺんを睨みながら、スウェットの胸元を引き上げて顔の汗を拭った。


《コータ、大丈夫ですか?》


 月子の声は随分小さくなった。実をいうとハンマーの熱がぼんやりと手に伝わって来ているし、足裏のマメは潰れた。


「おう。月子こそ大丈夫か?」


 知らないふりで月子を探ると案の定、《大丈夫です!》と言った。

 時間がない。

 月子の疲れもそうだが、ハンマーの赤みが収まって来ている。


 ハンマーの熱が下がっているのに手には熱が伝わる。


 ……なかなかな状況だな、ちくしょう。


「月子、もうちょいだからな、踏ん張れよ」


 自身にも言い聞かせる。


 もしかしたら地球の方でも何か対策が始まったかもしれない。

 どっかの老師が今まさに月を破壊する技を繰り出しているかもしれない。


 だけど。『今』、何かできる一番近くにいるのは俺だ。


『最後まで気合いを抜くぬぁクルァアッ!!』


 世界一恐れる人の激が聞こえ、背筋が伸びた。


「ぉおっすっ!!」


 思いっきり返事をしないと練習場はともかく試合場でも何度もやられた。染み付いた習慣がおかしいやら頼もしいやら。


《コココータ!?どどどうしました!?》


 焦った月子の声がさっきより大きい。


「もう少しだから気合い入れただけ!目ぇ覚めたか?」


 いきなり叫んだ恥ずかしさを力ずくで誤魔化してハンマーを握る。


《お、起きてますよっ!》


 口だけ笑う。氷柱を見る。一歩踏み出す。


「そーかい。んじゃあミョルニルよ!お前も気合い入れろよっ!」


 いくら神代の道具でも道具である。返事なんか期待したわけじゃない。今ここにいるのは、倒すべき氷柱の他には月子と俺だけだ。ノッて盛り上げた方がハイになりやすい。不思議なもので馬鹿になると力も出る。


 ほらな。手は熱いが足も動くしハンマーも振り回せる。


 月子も助けたい。


 ―――是。


 突然の低い声にハンマーがすっぽ抜けた。やべえ!と思ったらハンマーはくるりと氷柱に向かって方向転換、そのまま激突。砕ける氷柱。

 そして逆さに自立するハンマー。


「お前も喋るのかよっ!?」


 ―――是。


「つーか自分で動けるんじゃねぇか! 早く言えっ!」


 ―――否。


「は? どういう事?」


 ハンマーに近づき柄を握る。成績は普通だからな、分かりやすく解説してくれ。


 ―――汝、我、持、至。


 成績は普通なんだっつーの! 半目になると、月子が《あの、もしかして》と助け船を出してくれた。月子にも聞こえてたのか。


《コータがずっと握っていたから意志が宿ったと言いたいのでは……?》


 はあ? 手袋をじっと見た。


《えっと、道具は道具でしかありませんが、長く使う事で持ち主に馴染みます。だから、ミョルニルはコータに馴染み、元々神の武器ではあるので、話すことができるようになったのでは……?》


 ―――是。


 《わあ!すごいですね!》と盛り上がる手袋・月子。得意気な雰囲気を出すハンマー・ミョルニル。

 ……うん、ファンタジーだったな、ソウイエバ。


「そういう理屈なら月子の方が影響してるだろ?直に触れてるんだからさ」


 ―――是。


《そうですか……? でも私は道具としてミョルニルを使用してるわけではないので、やはりコータではないかと思います》


 ―――是。


 ミョルニルの柄にデコピンをする。《きゃあ!》と月子が慌てた。デコがどこか分からんからセーフだセーフ。


「是、ばっか言ってんじゃねーよ。もうどっちでもいいし、どうでもいいわ。とにかく俺らがやる事は氷柱を壊し切る事だ」


 うっかり休憩してしまったが使用時間が回復したわけじゃない。


 だけど、つい笑ってしまった。

 仲間というには人外どころか革手袋とハンマーってどうよ?

 でも俺一人だったらここまで出来ない。

 てっぺんの見えた氷柱を睨む。氷柱は1センチ伸びるのにもだいぶ時間がかかるようになった。


 月子は一人じゃ出来なくて俺を呼んだ。

 俺と月子だけじゃ無理で、ミョルニルを引っ張った。


 ドゴンッ!!


 まただるま落としのように吹っ飛ばす。

 少しだけ叩き込まれた柔道と今やってる剣道の技術は何も役に立たないが、今までの根性が俺を支えてる。


 ドゴンッ!!


 もう少し。


 ドゴンッ!!


 手が熱い。見ると、手袋のひら部分に穴が開いていた。


「……月子、もう少しだからな」


 《……はい、……》


 声が小さい。だけど俺は月子には何も出来ない。ミョルニルを置いて手袋を左右取り替え、また持ち直す。さっきよりは熱くない。


 月子が助けてとボロ泣きしてた顔が浮かんだ。


 ドゴンッ!!


 氷柱を全て壊す。壊す壊す壊す。

 壊したその後、月子はどうするのだろう。

 また一人で月に残る。色合いは異常だし本当は人間じゃない。だけど……


 ドゴンッ!!


 ……可愛いんだよなぁ。


 ―――照。


「っ!?お前が照れんなっ!!超絶恥ずかしいわっ!!」


 ドガアンッッ!!


 またも手からすっぽ抜けたが今度はちゃんと氷柱に真っ直ぐ飛ばした。ハンマーと柄が交わってる所が当たったけど。ちょっと変な音がした気がするが知らん。


《ななななにがどうしたのです!?》


 ―――照……笑。


「ピコピコさせたろかあ!?」


 真っ赤になってるだろう顔で歯を食い縛ってガシリとミョルニルをまた握り、月子の質問を無視しながら構える。

 というか、このテレパシー状態はどうなっているのか。駄々漏れではないのがありがたい。


 まあ何だかんだ、月子を助けたいと思った時が一番力が出ている。彼女どころか好きな娘もいない男子高校生が目の前の美少女の為に頑張るなんて普通だフツー。ただ「君の為に頑張るよ」と言えないだけだ。


 ドゴンッ!!


 いよいよ目が霞み始め、呼吸もしんどくなってきた。正直足裏が痛くなきゃ意識がなくなっている。もう少し耐えろよ俺。


 ―――補。


 ありがとよ。こういう時に筋肉がどう動くか実感する。ひとつひとつ体を動かす。呼吸をして血を巡らせる。


 氷柱のてっぺんが近づく。

 ぼんやりした脳裏に色んな人の顔がぶわっと浮かぶ。

 大丈夫、まだやれる。

 最後に「寂しい思いはありまして」と言った月子の顔が。


 それを振り払うように、腹に力を入れた。


「彼女でもない女の子を抱きしめるなんてできないヘタレでも舐めんなあっ!!」


 ブゥンとミョルニルが振動し赤みが増した。


 ドゴンッッッ!!


 カシャャ……ンン……!


 最後に頼りない音を立てて氷柱は砕け散った。


 地球に辿り着けなかった哀しさの音と共に。


 ……悪いな。


 鈍い金色に変化したミョルニルと並んで倒れた。あー、しんどかったー!


 ―――遂。


「おう……お疲れ……」


 ひどい掠れ声だ。


「月子……これで……終わりか……?」


 終わった気になっていたが、月子に確認しないとと思い直す。

 返事がない。


「……月子?……生きてるか……?」


《はい……ありがとう、ございました……》


 また、ぐすぐすと鼻をすする音がし始めた。手袋を外して腹の上に置き両手を乗せる。女の子は無理だが革手袋なら抱きしめられる。……切ない。


「……ご褒美ないの?」


 また一人になる月子に上手く言葉を掛けられない。張りのない声も情けないが、そんな力ももう無い。


「地球が無事なのが最大目標だったけどさ、可愛い女の子からのほっぺにチューくらいは欲しいよな」


 小さく驚く月子。でも手袋に変化はない。

 それでもいい。月子には笑って欲しい。


《すみません……コータを地球に、戻す事しか、もう、できません……可愛い娘、用意できず……》


 今度は俺が噴いた。体中が痛い。俺が笑ってどうする。


「俺は月子にしてもらいたかったの」


 少しの間があいてから動揺激しい声がしたが、やっぱり手袋には何の動きもない。


 ふっ、と体が軽くなった。

 地球に戻るんだと直感した。


「月子。月子の事を覚えていたいから記憶は弄らないでくれ。月を見るたびに月子を思うよ」


 たかがそんな事で月子の慰めになるとは思えない。だけど何かをしたかった。手袋を撫でる。


「元気でな。ミョルニルも」


 お前、暇ならしばらく月子に付いててくれよ。


 ―――応。


 こいつマジむかつく!


《コータ……ありがとう……お元気で…》


 脳内補完された月子は、めっちゃ可愛い笑顔だった。






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