第381話 そして、三門へ(3)
このような誰も住んでいない廃寺では、月の明かりだけが頼りとなる。
いっそうのこと、ダマスカス刀に火炎属性付与の術式「不知火」でも使おうかと考えてしまう。
「そういえば試験で妾に見せたあの技、夜には便利じゃのう」
どうやら凛も、同じことを考えていたらしい。
「あの見知らぬ技の数々……どこで習得したのか、そろそろ教えてくれてもよかろう?」
「んん〜まぁなぁ」
凛が廃寺から少し離れた大きな岩の上で、ちょこんと正座をする。
見た目はともかく、そのちょっとした所作に無駄がなく、どこか成熟した美しさを感じさせる。
「ほれ」
凛はそれだけ言うと、ポンポンと岩の表面に手を叩く。
隣に座れってことだろう。
なぜ隣にと言いたいところだが、これからコソコソ話をするわけだし、正しい選択だ。
「たしか刀華殿の話では、主は愛する女性を探しに、遥か遠く海を越えてやってきたのじゃったな?」
「んまぁ、そんなとこ」
「記憶がないと言うのは?」
「それは……」
「その方が色々と言い逃れができて、都合が良いからじゃろう?」
下から見上げてくる目が、月に照らされて冷たく光る。
鎌をかけているというよりも、見透かされている感じがする。
「凛さんは……」
「凛、でよい。おそらくは主の方が年上じゃ。本当の意味でな」
かましてくるな。
それはもう、自分は泡沫の夢じゃないと言っているようなものだと思うのだが。
「じゃあ、凛。今ここで、どこまで話せる?」
ふむ、と凛が小さな顎をつまんで一考する。
なんかやっぱり、レーナにいた頃の南無子とのやりとりを思い出すな。
「どこまでと言われてものぅ。ここが安全なのかは、妾にはわからんからのぅ。それに、そういったことは主の方が知ってそうじゃがのぅ? 温泉では、何かしたのじゃろう?」
「いやあれは俺というか、俺の仲間が何かしたというか……仲間の方が、色々と知っているというか」
「なんじゃ、主。妾を誘っておいて、何も話せんってことか?」
「いや……こう……今みたいに、ぼやかしながら探り合うとか?」
ふむ……と、またも顎に手を当てる凛。
クールで聡明な幼女ってぇのは、変に魅力的だ。
だがしかし俺の尊厳のために何度も言うが、俺にそんな趣味はない。
「つまり今も見られておる、と?」
「まぁ、多分そんなとこ」
これで、通じているのだろうか。
実のところ話がすれ違っていても、気づかずに会話だけが進んでしまいそうだ。
「凛はたしか、白露のことを同胞とか言ってたよな?」
「うむ、間違いない。ただアレは妾よりも臆病で慎重じゃ。根っからの、引き篭もりなんじゃろうな」
「そいつぁ〜なんか、耳が痛いねぇ」
うぅん……なんとなくズレては、いなそうか?
だが、まだ慎重に話を進めねばだ。
これで俺が現実の話をべらべらと話して、けっきょく凛は泡沫の夢でした〜ってなったら、大変なことになる。
それこそ、セブンとハチ子の関係になってしまうわけだ。
まぁ結果的にセブンの見立ては、間違っていなかったのだが。
「美しい月じゃのぅ。まぁ妾は、真の月など見たことないのじゃがの」
月を見たことがない?
「なんだよ。凛も引もりか? たしか、どっかに生で見えるところがあるはずだろ?」
凛が大きく息を飲み、目を見開く。
それは驚いているようでもあり、歓喜しているようでもあった。
「そうか、そうか。主は生で見れるのじゃな?」
「なんだよ。アレって船の中からでも見れる場所があるんじゃなかったのか?」
「船……やはりそうであったか」
凛が、たまらず笑みをこぼす。
一方の俺は、どういうことか全く理解できないでいた。
「言ったはずじゃ。妾と白露は陽の光を知らぬ同胞じゃと」
「陽の光……どういう?」
「それをここで言っていいのか分からぬから、探り合うしかないのじゃろう?」
やはり凛は、何か含みを持たせて笑うのだ。
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