第11話 鈴屋さんと二人の誓い!

 とある日、とある昼頃、俺は南無さんの自宅に赴いていた。

 ここ数日は鈴屋さんとクエストをこなしつつ、南無さんの風呂づくりも手伝っていた。

 俺は設計図と底板制作を担当、釜土と煙突はその筋の職人に頼み、南無さんは鉄鍋作りだ。

 南無さんが制作する鉄鍋が一番大変なのだが、なにせ自身の風呂場が掛かっているのだから熱意が違う。

 排水用の穴を作ることが一番難しかったようだけど、どんなに熱弁をふるわれても俺にはさっぱりだった。

 それでも試行錯誤と失敗を繰り返し、やっとそれっぽいのができていた。

 まぁ俺はそれよりも、家より高い位置にある水路から、新たに風呂用の水路をひいてしまう大胆さに感心してしまう。

「アーク、いいよ~」

 南無さんの合図でせきを外すと、どばどばと水が流れ始めた。

 ものの数分で鉄鍋に水がたまった。

 さらにそれから火を入れる。

 とりあえず、うまくいきそうな感じだ。

「お疲れ~、待ってる間にこれでも食べてよ」

 南無さんが持ってきたのは看板商品のクルミパンだ。

「おぅ……ありがてぇ~」

 俺はそのパンをかじりながら、南無さんの絶対領域をそれとなく堪能していた。

 南無さんは女子風呂乱入事件以降、ほぼ毎日ツインテール女子の姿だった。まぁ…事件のほとぼりが冷めるまでは仕方のないことだろう。

 とりあえず俺は「南無さん」と区別をつけるために「南無子」と呼ぶことにしていた。パンと鉄鍛冶で生活をクリエイトする女子にぴったりの名前だと思う。

 しばらくすると鉄鍋から湯気が立ち始めた。

 俺は薪を減らしたりしつつ、火の調節をしていく。五右衛門風呂の利点は熱せられた鉄鍋と、残り火だけで湯はなかなか冷めないことにある。

 使い続ければ錆びもしないし、お湯も滑らかになる。ちょっとした温泉の効果もあり、女子にはたまらないだろう。

「そろそろかな…」

 南無子が指先を何度も入れて頃合いをはかる。

「いいんじゃないか?」

「よし……っと……………あのさ、アーク。やっぱりアレするの?」

「何を言ってるんだ、その方がリラックスして入れるだろう。俺のことは気にしなくていいから」

 南無子は納得いかないのか、う~んと腕を組みつつ、一度家の方にもどってしまう。

 そう、俺はいたってクールだ。

 少しでもお風呂を楽しんでもらおうと、全神経を注いで火の調節に専念する。

 そうこうしているうちにガチャリと扉が開かれる。

 視線の先には下………もとい、水着姿の南無子がいた。

 ……オーライ、いつも通りクールに行こうぜ……俺はこんなことで取り乱すお子様ではないはずだ。

「………う~~~寒いぃ~……雪でも降るんじゃないの…?」

 南無子は両腕をさすりながら、釜土のふちに上がる。

「……私……お湯に入れるんだ………ついに…お湯に……」

 その言葉の重みは誰にも理解できないだろう。

「……南無子…………長かったな…」

 南無子は頷くと、足先からゆっくりと五右衛門風呂に入っていく。

「鉄の部分はまだ少し熱いから、直接触れないように気をつけてな」

 俺は優しくそう言いながら、その感動の瞬間を見つめていた。

「~~~~~~~~~~~くぅ~~」

 南無子が声を漏らす。うっすら涙すら浮かべている。

 まさに万感の思いなのだろう。

「さい…こう~~~~~~~っ」

 俺もまた感動の瞬間だった。これまでの風呂づくり…決して楽ではなかった。

 それでもここまで喜んでもらえれば、クエストと風呂作りの二足の草鞋を履いた甲斐があったってもんだ。

「…あぁ……そうだな…………………最高の………………眺めです…」

 …と、思わず心の声を漏らした瞬間のことだった。

 ボコんっと俺の身体が土に飲み込まれて、地面から頭しか出ていない状態になってしまった。

「んなぁっ!?」

 驚きのあまりにクールからかけ離れた間抜けな声を上げる。

 …おぃ、俺は彼女の水着を眺めていただけなのに、なぜ土の中に?

「南無っち、お風呂できたんだ~おめでとう~」

 それは聞き覚えのあるとても澄んだ……例えるなら女神のような声だった。

 だが残念ながら土に埋まっていて女神の方に顔を向けられない。

 ……否、向けたくない……………やばい、今回のはすっごくやばい気がする………

「あ~、鈴ちゃん、来てくれたんだね〜。ありがとう。ほとんどアークのおかげだよ~」

 ……南無子さん……鈴屋さんを呼んでたんなら一言教えて欲しかった…

「毎日クエ後に手伝ってたみたいだね。まぁ南無っちのためだからそれはいいんだけど…………ちょっと個人的に色々聞きたいことあるから、あー君、借りていいかな?」

 南無子はお風呂がよほど気持ちいいのか「おけり~」と空気も読まずに返事をする。

 これはどうやら援軍は期待できなそうだ。

 俺は意を決して、俺の女神に話しかける。

「え~と……鈴屋さん?」

「なぁに、あー君」

 いつもの返事だ。

 大好きな返事だ。

 …なのになぜだろう、視界に入らないというだけですごく怖い…

「え~と、これは一体…」

「ノームさん、お疲れ様~そのまま埋めててね」

 なるほど、土の精霊の力か………なかなかの大技だ…

「……え~と、俺はこのままで?」

 近寄る足音が後頭部のあたりでとまる。

 そして背後に膝をつくような音がした。

「あー君」

「…………………ハイ……」

「南無っちはなんで下着なのかな?」

「……スズヤサン、アレハ水着デス」

 なぜか片言になってしまう。

「そうなの? 南無っち」

「ん~~~水着なんてこの世界にないじゃん~~だから下着を水着ってことにすればいいじゃんってアークが言うから~~~まぁいいか〜って〜」

 さらりと火にガソリンを注ぐのね、南無子さん…

「あー君、説明」

 うっ……これは逆らってはいけないやつだ。

「……えとね、水着も下着も布面積って同じじゃん? …ってことはさ、本人が“これは水着だ”って言い張れば、それはもう水着になんじゃないかな、と俺は常々思うわけ………って、いででで、いってぇ! なにこれ、土にすっごい締めつけられてる!」

「ノームさん、もうちょっと締めたげて」

 …ぐおぉぉぉぅ……………完全に拷問じゃないですか!

「あれ~でも鈴ちゃんもそうなんでしょ?」

「? ……なにが?」

「毎日鈴ちゃんと水着で混浴に入ってるからもう見慣れてるって。だから今さら気にしないでいいよ~ってアークが~」

「……………へぇぇ…………………………」

「………あのぅ………」

「……………………………………………………………………………………」

 …おわかりいただけただろうか………そしてこの無言である。

「…えーと、鈴屋さん?」

「あー君、見慣れてるんだ~」

「…いえ……あの、すみません………まだ見たこともないです………」

「…鈴ちゃんさぁ~もう許したげなよ~男の子なんだしさ~。私も何度も助けられてるし、なんかお礼はしたかったし~」

 おぉ、がんばれ五右衛門っ!

「…だって…あー君が悪いんだもん」

「…仲いいくせにさぁ〜………最近はいつも2人でマフラーしてお風呂から出てくるって碧の月亭でもっぱらの噂だよ~」

「…まじですか、南無子さん?」

 …またグレイだな………週刊誌かよ、あの野郎……あとで泣かしてやる

「………あのぅ、鈴屋さん、なんかほんと色々と何から謝ればいいのかなんですが……とりあえずマフラーはもう………あれ、俺が無理やりさせてるんだし……」

「やめないよ」

 意外な返事が即答で返ってきた。

「………えっと………」

「あー君が嫌じゃないならやめないし、私は別に隠す気もないよ。………それよりも、あー君」

「……………はい……」

「反省した?」

「…………ハイ…」

 そこで鈴屋さんが、俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。もはや鈴屋さんの犬である。

 でも一応は許してくれたのだろう…と、俺は土の中で一先ず胸を撫で下ろしていた。

「じゃあ鈴ちゃんも入った入った〜〜〜せっかく2人用サイズにしたんだからね〜」

「うん、じゃあ…お呼ばれしちゃおうかな〜さすがに寒いし」

 言ってお湯に浸かっていく音だけが聞こえる。

 ……んん? 鈴屋さん、入るまでが短すぎるんだけど…どういう格好なの?

「〜〜〜っ〜〜〜ん〜〜〜、すごい気持ちいい〜」

 でしょ!…と南無子。

「アークも馬鹿ね~変なこと考えてなければこっち見れたのに〜」

「……あのぅ………鈴屋さん…………もしかして水着なの?」

「ん〜〜〜この世界には、水着なんてないよ? あー君」

 うぉぉおぉぉっと俺は目一杯首を捻るが、ノームによる真綿で首を絞めるかのような絶妙な束縛が邪魔をして五右衛門風呂すら視界に入らない。

「…アーク………対象が鈴ちゃんになった途端すごい執念ね……ある意味、愛を感じるわ…」

「あー君、私に対するその熱意は正直嬉しいけど………ちょっと怖いよ」

 うるさい、ひと目でいいんだ、ちらりで……俺の首、もっと曲がれぇ!

 ボキッ!

 …あっ…………嫌な音が体内に響いた…

「………………あー君、大丈夫?」

「…………ダメミタイ……デェス」

 俺はそれから3日間、首を傾げたまま過ごすことになってしまった。



 それから2週間ほど過ぎた頃、俺は手を擦りながら見慣れた墓の前に立っていた。

 この日、港町レーナはえらく冷え込んでしまい、一夜にして10センチほど雪が積もっていた。こんなことは4年ぶりだそうだ。

 西洋風な墓が立ち並ぶこの場所も、見事なまでに真っ白な雪化粧をしていた。

 …ここは俺達の始まりの場所でもある。

 俺は、もしかしたら俺たち以外の転生者が現れるのではと考え、毎朝ここに足を運んでいた。

 しかし南無さん以外でプレイヤーと思われる人とは出会えていない。

 ここでの生活は満たされたものだったが、それと同時に不安もあった。

 この生活がいつまでも続く、そんな確証がないからだ。何せ、もともといた世界じゃないんだから、急に終りの日を迎えることがあってもおかしくはない。

 仲間たちもまだ来ない。さすがにそろそろ王都から来てくれてもいいはずだ。

 …そもそもこの世界は何だ。

 生活している人、すべてが普通に生きている。決してAIなどではない。

 街の形状もゲームの時と違い、よりリアルに変わっている。

 それでもゲーム内で南無さんが所持していたプライベートハウスは、こちらにも存在していた。

 自分の持っている装備や能力から考えてみても、やはりあのゲームと深い繫がりがあるのは明白だ。

 …そういえば仮想世界的なところに取り込まれている…ってパターンの話もあったな。

 まぁそれならそれで……これが空想の中の世界だとしても、そのまま夢の中で死んでもかまわないかもな、とすら思えていた。

「あー君、あー君…」

 振り向けば鈴屋さんが寒そうに手を擦っていた。

 冬装備など持っていないのだから仕方がない。俺も黒装束だけでは寒くて仕方がない。

 黙って右手で赤マフラーの端っこ掴み、ひょいと上げる。

 すると鈴屋さんは当たり前のように、身をかがめながら横に並ぶ。

 そのままマフラーを蒔いてあげると嬉しそうにしながらマフラーで口元を隠した。

 どうも隠し能力として「地形ダメージ無効」の効果もあったらしく、環境による暑さや寒さから守ってくれるようだ。おかげでこのマフラーをしていると暑い日は涼しく、今日みたいな寒い日は暖かくなり非常に快適なのだ。

「あー君、首はもう大丈夫?」

「……うん………理由が理由だけに、なんとも情けないお話で…お恥ずかしい……」

「…ほんと、馬鹿なんだから…………………それにしても、やっぱり誰もこないね」

 言葉とは裏腹に鈴屋さんはあまり深刻そうではない。

「……………鈴屋さんさ…………もしこのまま…」

「あー君」

 鈴屋さんが言葉の先を制し、冷たい左手で俺の右手を握ってくる。

「このままだとしても、あー君と一緒だよ」

「…じゃぁ…もし、もどったら?」

「……それは、あー君次第かなぁ〜。その時は上野動物園にでも連れってってよ」

「なぜ、上野なの」

 俺が苦笑する。

「だって、ボートとかもあるし…美術館とかも好きだし…」

「…ボートとか、また妙に定番かつ古風な…」

 いいでしょ、とすねた口調が聞こえた。

「わかった、もしいきなり戻るような事があったら上野公園を赤いマフラー付けて探し回るよ。鈴屋さんは…なんか目印ないの?」

「ん〜ん、教えない。私が赤いマフラーしたあー君を先に見つけるの」

 くすくすと笑う。表情が見えなくてもかわいい。

「……あー君はさ………………もし私が男だったらどうするの?」

「あぁ……そん時は“男かよ!”って叫んで、肩組んで飲みに行くかな」

「も〜……私、未成年だよ」

 あぁ、そうだった。

「じゃぁ、まぁ……飯でも食いに言って語らうさ。……てかさ、こうして手を握るのもロールだとしたら、もう俺には判断できないぜ。完全白旗だよ」

「ふふ〜私すごいでしょ?」

「ほんと、すごいよ。俺はほんと、日に日に混乱する一方だよ」

「うん…ごめんね。……あー君がさ、ネットの中だけのつながりだけなら有耶無耶のままでね…いつまでも仲良くしてたかったんだけど………今はちょっと違うから…そういうんじゃないって言うか……もっと大事だから」

 あぁ…でも大事にしてくれているのはすごく伝わっている。だから、鈴屋さんのペースでいいんだ。

「大丈夫…どちらにしたって俺は鈴屋さんの専属だからさ。ネカマだと教えられてたのに、みんなと同じように完全に飼いならされちゃったよ。…ほんと、凄すぎるぜ」

「他の人たちとあー君はぜんぜん違うよ?」

 手がきゅっと強く握られた。

「…うん…そうだな。…………もし鈴屋さんと他の誰かがマフラーを恋人巻きにしてさ……手なんか繋いでるシーンを見たら、俺、どこか旅へ出るかも…」

 ばぁーか、と声が聞こえた。

「ねぇ鈴屋さん」

「なぁに、あー君」

「……俺、ちょっと…本気でこの世界について調べてみるよ…」

「うん。私はあー君についてく」

 ほんの少しずつ、鈴屋さんと距離を縮めていたけど、心が近づくほど、この瞬間が大切になっていった。

 もどれるにしても、もどれないにしても…この時間を守るために俺は動かなきゃいけない。

 …大丈夫、俺と鈴屋さんなら何とかできるはずだ。

「期待してるぜ。きっと鈴屋さんのネカマプレイも必要になるはずだし」

「うん、あー君が妬かない程度にがんばるね」

 そのぬくもりが消えないように、2人で前に進むことを誓った。

 すべてが始まった、この墓の前で。

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