第5話 鈴屋さん、打ち上げする!
無事クエストを完了し、レーナの町にある碧の月亭へもどると、すっかり日も暮れていた。
碧の月亭は1階が酒場、2階が宿屋という冒険者の拠点だ。
ゲーム内でのここはロビー扱いとなっており、クエストの受注やパーティメンバーの募集で処理落ちしかねないほど人が集まる。
さすがに現実ではそこまでの広さはないけど、それでも喧噪がこの店の人気を物語っていた。
外には赤い月が見えていた。
…今は赤い月の周期なのか…ってことはゲーム内だと戦争イベ(大規模PK戦)やってんのかな。
カウンターからエール酒を受け取ると、自分の席に戻る。
円卓のようなテーブルには両手でカップを持つ鈴屋さん(かわいいネカマ)、グレイ(チャラ男)、バラン(めんどくさい人)が待っていた。
…色物すぎる…………いやね、王都にいるかもしれない固定パーティもかなり濃いメンツだったけどさ……
俺が一番まともに見えるってのは奢りだろうか。
「お、きたきた、アークさん!」
グレイがカップを掲げる。
2人はゴブリン戦以後、俺をさん付けして呼んでいた。
どうやらここには上級職の存在が無いようで、ニンジャ特有の戦い方や、ゲーム内でも羨望の的だった超レアなアイテムの力を目の当たりにしたせいだろう。
…ちなみに…“アーク”ってのは、鈴屋さんが俺を“あー君”と呼んでいるのを誤認して言っているようだ。
まぁ“ああああ”よりはいいかと思い訂正などしない。
「アークさん、お疲れ様っす!」
「おぉ…アーク殿、ささ、こちらへ!」
あぁ、こういの何回かゲーム内でもあったなぁ。
みんな鈴屋さん目当てで俺なんて眼中にないから、思いのほか俺が活躍すると態度が急変するんだよね。
それでもしっかり鈴屋さんの両脇に座っているあたり、本能からくるスケベ精神は健在のようだ。
当の鈴屋さんはと言うと、すこしだけ困ったかのような表情で笑顔を見せていた。
それからはあまり実りのない談笑をしつつ、この世界の情報を少しづつ聞き出すという作業となった。
まぁ今後もどこかで利用できるかもしれないし、その辺のロビー活動は鈴屋さんの得意分野だ。お任せしとこう。
俺は適当なところで風に当たってくると言って、アサシンゲーを彷彿とさせる動きで碧の月亭の屋根の上へと移動する。
まだ2日目だというのに、この身体能力にも感動しなくなっていた。
これもゴブども相手に、本気のバトルをしたせいだろう。
エール酒を横に置き月を眺めていると、2階の窓あたりから鈴屋さんの呼ぶ声が聞こえた。
ひょこっと顔を出して「どうしたの?」と聞いてみる。
「あっ………あー君いた。…ねぇ、私もそっち行きたい」
いいよと返事をし、屋根をハングしたままくるりと体を回転させて鈴屋さんの前でぶら下がる。
そして反動をつけて部屋の中に飛び入った。
「んじゃ、失礼して…」
鈴屋さんの腰に手をまわし、窓の外に向けてダガーを投げる。
「トリガー」
瞬時に外に転移し、さらに上に向けてダガーを投げまた転移、もう一度投げるとそこはもう屋根の上だ。
「さすがだね、あー君。すっかり使いこなしてるよ…」
おぅともさ、と自慢げに決め顔でドヤってみた。
鈴屋さんが両手で持つマグカップの中の飲み物もこぼしていないのだから、それくらいいだろう。
「あいつらは?」
「うん…もう眠いからって言って出てきちゃった。今日はもう、あー君と話したかったし…」
やだ、かわいい。ほんとは俺もカモられてるんじゃないかと思ってしまう。
「…ほんとに月が真っ赤だね。ゲームでも結構綺麗だったけど、やっぱり本物は違うなぁ…」
あったかそうなマグカップをちびりとしながら言う。
何を飲んでいるんだろうと覗き込んでみると、中身はどうやらホットミルクのようだった。
「なぁに?」
文句あるの?と言いたげに唇を尖らせる。(ちくしょう、かわいい)
「鈴屋さん、お酒飲めないの?」
「…未成年だし……あー君は普通に飲んでるね」
「あぁ…俺んち田舎だからさ、小学校の時から晩酌に突き合わされてて、たしなむ程度には飲めるようになったんだよ。あんまり好んで飲むってことはないけど……せっかくの酒場だしね」
ふぅん…と鈴屋さん。
「…そっか、やっぱり年上だったんだ」
「…話題の合い方で同じくらいだと思ってたけど、ちょっと上かもね。あぁでもさ……ここってキャラメイクのまま転生してんじゃん。すげぇおっさんが若返ってたり、女になってたりとかしてるかもしれないんだ………それはそれで凄いな…」
「一応言っておくけど、私は16歳だからね」
「…あ…あぁ、俺は20……って言っても仕方ないけどさ。もうこっちが本当になってしまうかもしれないわけだし…」
そこで初めて鈴屋さんの置かれている境遇に気づく。
彼はこのまま一生を彼女として過ごさなくてはいけないのか?と。
「その……さ……鈴屋さん。このまま女でいなきゃいけないって………嫌じゃないの?」
鈴屋さんがきょとんとした目で返す。
やがて、あぁ~と気づいたように頷き始めた。
「そうね~。もうそれならロールプレイじゃなくて、女の子として生きるしかないのかなぁ。あんまり深く考えてなかったけど………」
鈴屋さんが頬に手を当てて首をかしげる。
「その時はあー君にもらってもらうしかないね?」
おふっ、その上目遣いはやばい。思わず心臓が高鳴ってしまった。
「…冗談よしてよ。俺までカモる気?」
むっとする鈴屋さんに続ける。
「まぁ腐れ縁だし……そもそもこの状況を知っている同士だからね。このまま鈴屋さんを一人で放置するなんてできるわけないから、安心して…」
言いながらなぜか恥ずかしく感じてしまいマフラーで口元を隠す。
鈴屋さんはと言うと、よろしくお願いしますと律義に頭を下げて、赤い月に照らされながらとびきり可憐な笑顔をみせてくれていた。
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