第4話 鈴屋さんとゴブリン退治!
その夜は冒険者ギルドに立ち寄ってから、そのまま宿に入った。
俺はと言うと、自分のスキルがどんなものか確認するために外に出ていた。
もう昼間のような失態は繰り返せない。
ダガーの使い方から戦闘のスキル、盗賊のスキル、ニンジャのスキルと、特によく使っていたものから確認していく。中にはうまく発動しているのどうかわからないものもあったけど、概ね何となく理解できてきた。
うまく言えないが、身体が覚えているという表現が正しい気がする。
一年ぶりのスノボーとかと同じだ。最初は感覚を忘れていても、いざやり始めると体を通して自然と思い出すような…あんな感じだ。
宿に戻るとラウンジのところに鈴屋さんがいた。
器用に水色の髪を結っていてラフな格好をしている。
まぁ俺でなくとも見惚れるだろうよ。その徹底されたロールプレイには感服するぜ。
髪の結い方なんて知っているあたり、もしかして「ネカマ」ではなく「おかま」じゃないのだろうかと思えるほどの知識量だ。
「あー君、部屋にいなかったでしょ。どこにいってたの?」
ちょっとしたツンデレ要素の感じる台詞だが、こんなことで一喜一憂していたら鈴屋さんの術中にはまっているようなものだ。これにやられる男子プレイヤーを何人見てきたことか。中身は男なんだぜと言いたくて仕方なかったもんさ。
「うん、まぁちょっと練習してきた。盗賊とニンジャのスキルって戦闘以外のやつが無駄に多いからなぁ」
そう言って鈴屋さんの前に座る。
「……で、鈴屋さん、どうしたの?」
「うん、一応話を整理しとこうと思って…」
鈴屋さんはそう切り出すと、今日起きたことを一つひとつ確認していった。
プレイしてたゲーム内で死んで、死にもどったらここにいたこと。
ここがあのゲーム内なのか、それに似た世界なのか、とにかく転生的なものをしたこと。
見た目や種族がキャラメイクのままで、スキルもどうやら使えること。
「お金は…死にもどりしたから半分になってたけど、もともと遺跡に潜る予定だったから全額ギルドに預けて行ってたし、さっき行ったらちゃんとあったし…それはよかったよね」
「ついでに俺の名前が“ああああ”だってのも判明したけどね…」
それは自業自得でしょと言われる。
「でね、あー君は今後どうするつもりなの?」
「…………そうだなぁ………ふつうに考えたら戻る方法を探す…とかかな?」
「…だよね、そもそもあのゲームって最終目的とかないじゃない?」
「まぁ、MMORPGってそんなもんだしな。……ここで一生終えるなら終えるでかまわないんだけど、何がどうしてどうなったのかは知りたいかなぁ」
「じゃあ当面はそれを目的に冒険するってことでいいの?」
とりあえず頷いて見せる。
「そうなるとやっぱり王都に向かうか、ここにとどまるかだけど…」
遺跡で全滅した時の仲間たちを思い出す。あいつらもこの世界に来ているのなら王都に死に戻りしたはずだ。
「しばらくここで待った方がいいんじゃないかな? あっちの方が戦力はあるんだし、来てくれると信じて…」
まぁ確かに盗賊と精霊魔法使いだけで王都に向かうよりも、重戦士と神官と魔法使いのあいつらが来た方が安全ってもんだ。それくらいには気が利くだろう。
そもそもこっちには鈴屋さんもいるんだし。
「オーケー、そうしよう。じゃあ明日は勘を掴むためにもゴブリン退治とかしてみる? つっても2人じゃ危ないから誰か雇うか……募集でもするか…」
「それなら大丈夫だよ」
鈴屋さんがほほ笑む。
「さっきね、クエストボードの前に立って困った顔してたら、若そうな冒険者の人たちが手伝おうかって言ってくれたから」
さすが鈴屋さん、仕事早すぎ。
「でもここでは死に戻りできるかどうかはわからないから、無理はしないでよね、あー君」
うっ…とたじろぐ。
たしかにニンジャになってからの俺は、調子にのって最前線に飛び出し、結果タゲ取りをしてしまい、おっちぬというパターンが増えていた。
俺は小さく、気をつけますとうなだれて答えた。
次の日、クエストを受注するとレーナの町をでて、ゴブリンの被害が出ているという近くの山まで来ていた。
メンバーは俺、鈴屋さん、
バランは2メートルくらいあろうかという巨漢で、フルプレート、ラージシールド、バトルアックスとバリバリの前衛盾役だ。
グレイとか言うのはすかした男で、ロングソードとスモールシールド、それからスケイルメイルを着ているオーソドックスな戦士。
どっちも鈴屋さんを囲って武勇伝を語り続けている。
俺ならあんな駆け出しに毛が生えた冒険者の武勇伝なんて聞いてられないんだけど、鈴屋さんは笑顔で聞いてる。
時折、俺へとむける視線に疲れが見えて少し気の毒だ。
そう言えば鈴屋さんは、そうやって経験者をこき使っていたよなぁ…と思い出してしまう。
しばらくして小川沿いの村が見えてきた。あそこがクエスト開始地点だろう。
…ってことは、もうその辺にゴブリンがいるはずだけど……こいつらなんで索敵しないんだ?
「…お~い、ゴブリンが出るって言ってたとこ、そろそろじゃね?」
鈴屋さんとの話に夢中のルーキーに業を煮やして、呆れながら声をかける。
すると少しむっとした視線をグレイが向けてきた。
「おいおい、駆け出しの盗賊に言われなくてもちゃんとわかってるっての」
盗賊とその最上位職のニンジャの見わけもつけられないルーキーがなにほざいてやがる。
「そうそう、我らに任せとけば大丈夫だ。スズヤさんは安心していてくれい!」
バランが、がはははと笑う。
この展開はゲームの時もよくあったが、やっぱり無性に腹が立つ。
鈴屋さんの前では大体みんなこうなるんだ。で、いつも横にいる俺は邪魔者なんだろうよ。
まぁすすんで盾になってくれるんだからいいけどさ。
……と、心の中で悪態をついていると上流の方角から複数の足音が聞こえてきた。
「おーい、たぶんきたぞ。上流の方から」
一応声を掛けるが、グレイは面白くなさそうに睨んでくる。もはや仲間ではないな、これは。
「おい、グレイ、本当に来てる!」
ようやくゴブリンを確認したのか、バランがバトルアックスと盾を構えはじめる。
「おぉ、軽く捻ってやるぜ。スズヤさんは特等席で見ててくれ!」
グレイも剣を抜いて構えた。
てか、サモナーに最前線で見ろとか正気かよっ!?
たまらずダガーを抜いて前線に向かおうとするが、バランの巨体が邪魔で前に抜けられない。
「くそっ、これじゃ練習にもならな…って、だめだ! 鈴屋さん、下がれっ!」
視線の先に見えたのは、弓を持ったゴブリン3体に、こん棒を持ったホブゴブリン1体だった。
ルーキーは気づいていないのか?
あのホブはタンクで、弓のゴブリンは麻痺持ちだ。
何とかしてそれを伝えようとしたが、ゴブリンの弓攻撃が雨のように続き、俺は真っ先に昏倒してしまった。
……あー君………あー君………
名前を呼ばれた気がした。
「……あ………鈴屋…さん?」
「アーク、おい、目を覚ましたか、アーク」
目を開くとバランが抱き起してくれた。どうやら簡単な治療をしてくれたようだ。
頭痛がひどい。何が起きたんだっけか……………あ…そうだゴブリンに…
「すまねぇ、アーク。スズヤさんがさらわれちまった…」
今度はグレイだった。苦虫を嚙み潰したような表情で吐いた言葉を理解するのに数秒かかった。
そして事の重大さをようやく理解する。
「……はぁ?」
「だから、身体がしびれている間にスズヤさんが…」
「はぁ? …なに言ってんの、お前ら。じゃあなんでここにいんの、何で追わないの?」
怒りで我を忘れてしまいそうだった。
「いやだって…上流に向かって行ったってことは巣があるんだろ? 今こっぴどくやられたばっかりだし……ここはいったんレーナにもどって援軍を……」
…呆れて言葉を失う。
鈴屋さんは男だ。でも今は…皮が女なのだ。
それでゴブリンに連れられて行くことが何を意味するのか…ファンタジー小説で知っている、えげつない話が目の前で起こるという事実に背筋が凍る。俺が鈴屋さんなら、泣き叫ぶレベルだ。
「おい…俺は何分倒れてた?」
「えっと…5分くらいかな」
…なら間に合う…
リュックから赤いマフラーを取り出して、それを手早く巻き口元を隠す。
前に鈴屋さんからもらったものだ。
イベント上位入賞者報酬で、名前は「赤影のマフラー」だ。ゲーム内なら素早さアップ《ヘイスト》のバフと、低確率で二回行動ができるニンジャ専用の超レア装備だった。
あまりに恥ずかしくてつけていなかったのだけど、今はそんな事すら考えられなかった。
「お、おい、アーク。やめとけって、シーフのお前じゃ…」
「うっせぇよ。初めから俺がしっかりしてればよかったんだよ。鈴屋さんは今、すっげぇ不安なはずだ。なにせ今は絶世の美少女なんだからよ。俺だったら尊厳を守るために舌をかみ切るかもしれねぇよ。だから…」
テレポートダガーを抜くとおもむろに構える。
「今すぐに助けに向かうのは当然ってもんだろが!」
言って上流の方向にダガーを投げつけた。
「トリガー!」
叫んだ瞬間に十数メートル先に転移していた。
しかしそこで止まっては意味がない。体を翻しながら握られたダガーを再度投げて叫ぶ。
「トリガーー!」
ダガーを地面に落とすことなく連続して投げては転移する、テレポートダガー特有の移動技術だ。
そこに「赤影のマフラー」の二回行動が発動すると、数秒の間に100メートル以上先に移動できてしまう。
戦争イベントでは、これで敵陣深くに切り込んで、弓兵や魔法使いを殲滅して離脱するというニンジャプレイをよくしたもんだ。
「…すげぇ、なんだあれ」
はるか後方でグレイの声が聞こえたが完全無視だ。
連続トリガーをし続けてるうちに、ゴブリンの群れが視界に入ってきた。
…よかった、巣にはまだ入っていない……………鈴屋さんは………いた、ホブが担いでる。
こちらの存在に気づいたのは鈴屋さんだった。
まだ痺れがとけていないのだろう。顔面蒼白のまま助けを求めるように痺れる手を伸ばしていた。
ゴブリンたちに対して無性に腹が立っていく。
「ごめん、遅れた! いま片づけるから!」
ずざっと立ち止まりもう一度ダガーを構える。
ゴブリンたちもそれに気づき、鈴屋さんを後ろにおろして先ほどの陣形をとる。
「芸のない奴らめ…」
ホブが近寄ってくるがそれは無視し、弓ゴブの動きを注視した。
矢をかけ、そして…放つ…と同時にダガーを投げつけて叫んだ。
「トリガー!」
次の瞬間、放たれた矢を見送っている呑気なゴブの首元に俺は転移していた。
投げたダガーはすでにその1匹を屠っている。
そのままダガーを抜き放ち、こちらに気づいた隣のゴブリンの喉元を突き刺す。
少し離れた位置にいる3匹目がそれに気づいたが、もう遅い。俺のダガーはすでにそいつの喉元めがけて投げられていた。
たぶんこれらはニンジャの
あっという間にゴブを殲滅し、ホブの方に目をやる。
「…リターン…」
右手にダガーが戻ってくる。あぁ、この戦い方…懐かしく感じる。
標的を見失ったホブがやっとこちらの存在に気づいたようだ。
理解できない展開によほど苛立ちを覚えているのだろう。耳障りな咆哮とともにこちらに向かって走り始めていた。
だが苛立ちにおいて今の俺より上とは思えない。
俺は無造作にやつの頭上へダガーを投げて「トリガー」と小さく呟いた。
次の瞬間、赤いマフラーをはためかせ奴の頭上に転移する。
そしてそのままホブの首筋めがけてダガーを突き落とした時に、戦闘は終わっていた。
「…ごめんね、鈴屋さん」
口元にあるマフラーをくいっとおろして鈴屋さんのもとに駆けよる。
「あー君…」
痺れもちょうど解けたようだ。鈴屋さんは涙目で小刻みに震えていた。
…そりゃ怖かったろうよ…
「…怖かったよね、鈴屋さん。……まったく…こんなことならネカマプレイなんてしないでまっとうに男キャラつくってればよかったのに…」
「…うん、そうだね。ごめんなさい…」
いやそんなしおらしく言われても…
「…ごめん、そもそも俺がしっかりしていればいいだけの話だった。とにかく追いついてよかったよ」
「………うん……………ありがとう……」
会話が続かない。
とりあえず鈴屋さんが落ち着くまで横に座る。
「あー君………ニンジャみたいだったね…」
「………まぁ…ニンジャだし……」
「…そうじゃなくて……真っ赤なマフラーはためかせてかっこよかったから…………そのマフラー…私があげたやつだよね?」
マフラーをくいくいと引っ張られる。
「…あぁ、あの何周年だかのイベント上位入賞報酬のだよ。あのイベント、俺は全然だったけど、鈴屋さんが頑張ってゲットしてくれたんだよな…」
「それも…私の力というよりは、いろんな人が寝ないで手伝ってくれていたからだけど…」
「…いいのいいの、それが俺たちのプレイスタイルだからね…まさかここでこんなにも役立つなんてなぁ。ストライダー何たらみたいで、恥ずかしくてなかなかつける気も起きなかったけど…持ってきてよかった~」
そう言えばレーナにはニンジャがいないな。もしかして上位職とかないのか?
グレイたちも知らないようだったし…
「…どう? …落ち着いた?」
鈴屋さんが頷くのを確認し立ち上がる。
「じゃあさっきのルーキーのとこにもどろう。ついでに今日の飯代ぐらい奢らせようぜ」
鈴屋さんはまだこわばった表情をしていたが、それでも可憐な笑顔で頷いて見せていた。
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